第10話 ひきこもれ!


 あれからほぼ1ヶ月が経過しました。わたしはわけあって番組のエライひと――このひきこもり救済企画の糸を引いている人物――とチャットをつかって話し合っています。


P:番組の視聴率がぐんと伸びて、こっちでも驚いている。もしかするとこの企画でスマイリーMは跳ねたかもしれないな、って喜んだけど。どうやらよくよく反響をみると、きみが色々なことに健気に挑戦している姿がウケたらしい。初回放送からぐいっと伸びていくのはそういうこと、つまり新編の内容が良かったんだな。マヤのおかげだよ。


マヤ:そうですかー


P:ただ未放送分も含めてあらためて確認して気づいたけど、このままじゃ少しマンネリ調子になってしまうかもな。カラオケに行ったり人気カフェに行ったり、そういう展開もアイドルのかわいさをひきたてるためには良いんだが、いかんせんアイドルにあまり人気が集まってないんじゃ。カフェ回はお蔵入りかもしれないな……


マヤ:楽しかったですけどね。少し変わった展開がお望みなら、こんなのはどうです?


P:アイデアを出してくれるのかい!? 


マヤ:学校へ通いはじめます。ひきこもりをやめて。


P:いや、それはだめだよ(笑) シリーズ終わっちゃうって。……いま制作会社のディレクターと考えているのは、マヤの挫折だな。スマイリーMと仲良くなれたマヤちゃん、しかしふとしたことがきっかけで再び心を閉ざしてしまう。一緒に遊ぼうというスマイリーMの呼びかけにも答えない。どうしたことか? と心配に思った彼女らがむりやりに中を覗いてみると、なんとリストカット未遂!? 間一髪でカミソリの刃を弾き飛ばすスマイリーMたち! そこからはもう涙につぐ涙のお涙頂戴展開! 説得しては歌って、説得しては踊って……で一本行こう。

レッツゴー♪ ε=ε=ε=(( `д´)ノ GO!


マヤ:いいえ、リスカなんてしません。わたくしはもうひきこもりをやめて学校に行くんです。そしたらこんなめんどくさい番組出なくて済むんですから、はりきって最終回フィナーレを撮ってくださいよ。


P:ダメダメ。いま数字の話しただろう!? 

ヾ(#`・з・´)ノ彡プンプン



マヤ:欲張り過ぎはどうかと思いますよ。数字ってそんなにすがりつくようなものですか?


P:当たり前だ! いい評価なら続けたいし、悪い評価なら打ち切りたい。それはこの業界じゃ当たり前なんだよ。この企画をこんな形で……って形自体はいいが、とにかくこのタイミングで終わらせるなんて有り得ない。


マヤ:家族の者とどういうお話を通されているのか知りませんが、当初の予定分ってもう終わってるんですよね。アイコさんからこのまえ聞きましたよ。だったら、人気が出たからといってなし崩し的に続けるのではなく、あらためて話をする必要がありますよね。でもわたくしは番組やめて学校に行きたいと言っているのですから、家族はもうこっちの味方につきますよ。残念でしたね。


P:待ってくれ! 俺を助けるためだと思って、もう少しだけ撮影に付き合ってくれ! セカンドシーズンではしっかりギャラも出せる! 雀の涙ほどの制作費からかきあつめて、スマイリーMのぶんまで受け取ってもらう。だから撮影を終わらせるなんて許さないぞ!


*マヤさんがブロックしました


                    米


 ひきこもり日数連続記録をめざすわけでなし。仮に目指しても世界記録はたぶん何十年というスケールで達成するのはとても無理でしょう。わたしは学校へ行くことにしました。

 学校に行くという当初の目標を猫のように軽くこなして、アイドルたちと『ひきこもり少女を救え!』という企画とも、これでお別れする所存つもりです。「とかいって、いざ学校へ行こうとするとできないんだろ?」という下馬評は軽くいなします。考えてもみなさい。あの企画に付き合うよりふつうに学校へ行くほうがよっぽど簡単です(そもそもわたしは別に学校へ行けないわけでなく、家でのんのんと食う寝る遊んでいるだけなのです、学校では評価されない項目ですからね)。


 ちなみにわたしが先日ブロックした番組プロデューサーは父と大学時代の同期生という付き合いなのだそうです。K・O・O・Bの絆というやつですか。そんな風にしてこの茶番劇は始まったわけです。


ドタドタドタ……。


 そのとき急に階段を駆け上がってくる物音がしました。4人くらい。いつもの。実家のような安心感。芸人用語で言えば天丼です。音楽用語で言えば、オスティナート。


「マヤちゃん! はやまらないで!!!」


「考えなおして!」


それにしてもきょうはやけに緊迫感の高いアイコさんとナナさんの声が部屋に響きます。いったいどういうわけでしょう? きっと喫茶店とか、人気店とか、あるいは食い倒れに連れて行ってくれると期していたのに、わたしの心は混乱をきたしました。


「出てきてよ! そんなに思いつめてるなんて知らなかったよ!」


部屋のドアをブチ叩きながらアカリさんが申します。外からはドアを開けての合唱コールです。まるでわたしがふとしたことがきっかけで再び心を閉ざしてしまったかのような反応で……あっためたシナリオを強引に消化しようとしているだけということに気づきました。


「べつに落ち込んでなんていませんよ……」


そう釈明しましたが、小声すぎてドアを叩く雑音と叫びにかき消されてしまい、向こうまで通りません。仕方ないので門戸をひらくことにしました。


「あれ……」


ところが錠を下ろしているわけでもないのに扉はびくともしません。不思議なことがおこりました。原因がわからなかったわたしはなぜなぜ分析をします。

 内鍵はありません。外鍵もなし。扉を叩く力が邪魔をしているわけでも、わたしの力がよわよわすぎるわけでもありません。

 どうやら扉の外からドアストッパーか何かをかまされているようです。


「マヤちゃんリスカなんてしないでくださいーーー!」


と迫真で制止するキリエさん。部屋の中がどうなっていると想定しているのでしょうか? いったい、このまま強引な設定の撮影=茶番が終わるのを待っていてもよかったのですが、無性に腹を立てたわたしは横紙破りに部屋から出ることにしました。フラグを無視して進行度を進めるみたいな感じです。窓から出て、玄関から後ろに回り、わたしがいかに無事で無病息災で元気100倍かということをカメラの前で見せつけて、むこうの制作スタッフの思惑をぶち壊しにしてやるのです。Let's イマジンブレイカー。


カチャ。ガタッ。


窓にかけよって、半円状の錠を回し、窓枠のパネルを横に滑らせました。

ところが何かにつかえて動きません。


「……相当な手の込みようですね」


あちらのシナリオはこうです。1)心を閉ざしたひきこもり少女は自分から籠城作戦を決行し、外に出るつもりはなかった。2)リストカットに入る直前でアイドルたちが乱入して止める。 → 感動のドキュメント!!!



1)はともかく2)は絶対わたしの協力なしには成し遂げられないでしょう。

 それにしても、ナナさんをはじめとしたスマイリーMのみなさんはどこまで事情を知らされているのでしょうか。気になります。もしかしたらガチでわたしがヘラっていると誤解しているかもしれません。でももしかするとこれは演技かもしれません。でもでもほんとうに演技なら、ナナさんの所作がどこかしら不自然になるはずです(ナナさんは芝居が下手なため)。


「マヤちゃぁ゛~~~ん!!」


いまのところナナさんはこのただならぬ迫力です。勘ですけど、アイドルたち本人も今回のヤラセに了承済みとはとても思えないんですよね……。たぶん、本気でわたしが落ち込んでいるものと信じていそうです。

 あまり心配させたくもないので、そろそろ部屋から出してほしいところですけどね。



謎のナレーション

なんと! そのとき部屋の中から謎の白い煙が!!



 扉の下からもやもやとした煙が部屋に漂って充満してゆきました。これは誓って扉の外からやってくるものです。間違いなく中からではありません。扉の向こうで練炭でも焚きこんでいるのでしょうか。


 ――って殺す気ですか!? 冷静にいうと、これは単なるドライアイスの気体でした。練炭ではありません。一酸化炭素はないです。でもドライアイスの煙だっていっきに吸い込んだら窒息するくらいに危険ではないですか。

 それが部屋の中に続々とその煙が吹き込んできて、どんどん吹き溜まってゆくのです。とても心中心穏やかではいられません。


「し゛なないでぇマヤちゃぁ゛~~~ん!!」


もしかして推理小説みたいな殺され方をしようとしてませんか、わたし!?


「自殺なんて許しませんよ~~~~~!」


といきまくキリエさん。他殺ならいいんですか。

 わたしは扉を叩いたり押したりを試みますが、周囲の音が大きすぎてやっぱり状況に変化はありません。スマイリーMの呼びかけが元気すぎるのです。そのうち白い煙がどんどん上の方までたち登ってきて……



( 生き残れ! につづく)

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