第11話 生き残れ!

 煙にとりまかれました。1)部屋に閉じ込められ、2)外からは「引きこもるな」と言われ、なおかつ3)扉の隙間からドライアイスを焚かれる。人生においてこんな状況に陥ることがはたしてあったでしょうか? うんざりするような嗟嘆を飲みくだしながら、そっと両の瞼を閉じます。

 たしかに人心地もない状況ですが、ひきこもりにとって本来自室こそがもっとも寛げる場所。長年連れ添った自室にいるわたしの精神状態は昼下がりのコーヒーブレイクと何ら変わりない平穏なものです。

 いまのところ扉からも、反対側の窓からも脱出することは不可能。おのずと頼れるものは残された通信だけになります。

 警察に通報すれば何分で駆けつけてきてくれるかと逡巡した折しも、端末にコールが掛かってきました。ディレクターの扇さんからです。もしもしお世話になっております、と通り一遍のあいさつを挟んで(奇跡的な寛容)、のち尋ねました。


「これはどういうわけですか?」


と。扇ディレクターはわたしの怒気を感じ取ったのでしょうか。


「嗚呼、ほらサプライズみたいなものさ」


すかすように答えます。


「サプライズ?」


「いわゆるドッキリだよ。ほらビックリしたでしょ。ドアが開かないのは、ちょっと瞬間接着剤でね。だけどこのドッキリはきみじゃなくスマイリーMちゃんへの奴だから、ここからはむしろ協力して欲しいんだ」


 要するにわたしの状態は『まったく連絡が取れない、部屋の中がどうなっているかも分からない』と不安げに伝えられているようです。誤解したスマイリーMのみなさんたちが呼びかけるように。

 理由は、そういう緊迫した場面が撮りたかったから。まるでそれだけの為に今回このドッキリが催行されたのでした。


「あんまりじゃありませんか? そういうの。それとこの白い霧は?」


「これは劇の演出で使うスモークだから、雰囲気づくりだよ」


 わたしがドライアイスのものと思っていた霧はどうやらスモークマシンで発生させたもののようです。水蒸気が主成分という点においてはあまり違いありませんが、ドライアイス由来でないのなら窒息の心配はありません。


「……わかりました。で、みなさんにどうやってネタばらしするつもりなんですか」


「ああ、それはね……」


「その前に。――こういうドッキリってわたくしは何が楽しいのかつゆさら理解できません」


ふつうに嫌いです。こんなのただの嫌がらせなんですから。笑いに換える発想が理解できません。


「それはマヤちゃんが視聴者じゃないからだ」


扇ディレクターはお気楽なことを言い放ちます。


「たとえば安全なところから詐欺を見守る愉悦ですか?」


わたしがドッキリについてそう問いかけると、扇ディレクターははっきりとは首を振りませんでした。


「うーんドッキリの楽しさなんて、考えてみたこともなかったな。でもなんか騙される人っておもしろいし、それで番組の人気もとれるんだから」


なんだか微妙に無定見なスタンスに腹が立ってきました。けれど彼の続く言葉を耳にして、少しだけはっとさせられたのです。


「――……でね」


「わかりました」


その準備が整うまで少しだけ大人しくすることにします。


                    米


一方、同時刻。


ナレーション

 マヤの不穏な動きを知らされ駆けつけたスマイリーMたち。しかし扉の前で立ち往生してしまう。部屋の中はどうなっているのか。



「ダメだよ、開かない!」


ナナは必死にドアを回しながら、後ろに控えているほかのメンバーたちに知らせた。


「いったい何があったのでしょう……」とキリエ


「そもそも、この煙は何かな?」とアカリ。


「ちょっとあたしにアイデアがある。聞いてくれる?」とアイコ。そのアイデアとは……



                    米


 瞬間接着剤の剥がし方についてDuckDuckGoでググりました。アセトンを含んだマニキュアの除光液をかけると良いそうです。個人情報を引き渡すことなしに学びを得ました。今から着手するのは遅きに失した感もありますが、のちのちに渡って不便なのでこれはどの道やる必要がありそうです。


 ドアのあらゆる隙間に除光液を浸した黄色いハンカチをねじ込みます。えぐり込むように拭きます。特に効き目のある種類だったのか、意外にもドアはあっさりと開いてくれました。


 開扉してみると、もう2F廊下には誰もいません。さながら□□□□□□みたいなノリです。しかし打ち合わせの通りなら、反対側の窓からスマイリーMのみなさんが入ってくるはずでした。窓の鍵は開けておいて欲しいと指示されましたから。


 今頃つっぱり棒ははずされ、はしごかクレーンが架けられている段階でしょう。部屋が撮影されるにあたり都合の悪いものは予めクローゼットにしまっておきます。


 そう間をあけないうち、ついにガラス窓の近くで駆動音が鳴りました。はっきりとは確認しませんが、おそらく窓清掃に使われるような人の乗れるタイプのクレーンです。持ち前の行動力でレンタルしてきたのでしょうか?

 それがゆっくりと彼女たちを積載してせり上がってゆきます。



「わっー! ちょっと運転士さん!?」


パリン ピキピキ……


不幸にも勢い余ったのか、事故気味にクレーンの縁が窓ガラスに追突しました。そのまま軋むような異音が耳をつんざきます。


「危な……」


いうやいなや、ガラスが粉々に砕け散って窓枠がはずれ落ちました。幸いにしてゴンドラ?はその場でストップし、けが人はありません。撮影は中断され現場は騒然となるかとおもいきや、止まりません。スマイリーMのみなさんはみずからの身に及ぶ被害のことなどまったく気かけず、ただわたしの状態だけを憂慮していたのです。


 わたしは部屋がめちゃくちゃになってしまったことに顔を覆いたい気分でありつつも、彼女たちに元気な様子をちゃんと見せなければと踏みとどまりました。ドッキリという悪辣な企画に踊らされるアイドルたちが可愛そうでならなかったのです。


「「「マヤちゃん!!!」」」


「ナナさん、アイコさん、キリエさん、アカリさん……」


さながら億劫おくごうの時を経た再会にも見えました。硝子ガラスでぐしゃぐしゃになった部屋にきらめかしい彼女たちが降り立ち、こちらを気遣ってか一足飛びでなく、距離を測りながら少しずつにじり近づいてきます。後光を背に「大丈夫だよ、こわくないよ」とも囁くように。


「よかった。無事だったぁ……」


アカリさんは涙を浮かべていました。感受性が高く涙もろい体質といったらそれまでですが、心が美しなと感じました。

 心配させてはいけません。わたしは人工的プラスチックでぎこちない作り笑顔をつくろって、胸を張って言いました。


「ここで重大なお知らせがあります。わたし、学校へ行きます。もうひきこもったりなんてしません」


その宣言は、アイドルたちの目標がみごと達成されたことを知らしめるものです。努力と奮闘がみのり、ついに勝利がもたらされたのでした。一瞬はっとしたあと、スマイリーMのみなさんは明るい顔になり手を取り合って喜びました。

 と、ここでドッキリのネタばらし。わたしが落ち込んでいるのが嘘だったと明かします。最後に良いニュースを発表したことで、なんとか繕えた風にもなったはずです。古人にいわく、”終わりよければすべてよし”と。


「その言葉を待ってたよ」とナナさん。


「これまでいろいろ奮闘した甲斐あったって感じだね」とアイコさん。


「よく言ってくれました」とキリエさん。


「この企画が終わっても、ずっと友だちでいようね」とアカリさん。


「善処します」とわたし。


その場で抱き合っての幕引きとなりました。

 床に散らばったガラスの破片のように、身を寄せ合った繊細な4つのハートはとてもきらきらと輝いていたのです(少女漫画風モノローグ)。


                    米


 さて、悲しいくらい見切り発車のドッキリ収録が丸く収まった代償として、明日から学校へ行かなければいけません。合意は拘束する――パクタ・スント・セルウァンダです。めちゃくちゃ七面倒な仕儀になりましたよ。

 時間割にあわせて教科書をエナメルバッグに詰め込むなんて何年ぶりでしょう。戦後以来でしょうか。

 ガラスの張られていない個室の窓からは初冬の風が容赦なく吹き込みます。エアコンも意味はありません。改めてなんていうことをしてくれたのでしょう。目も当てられない自室のビフォーアフターに目を背け、わたしはマヨの部屋で眠ることにします。


「うん。きていいよむしろ歓迎してあげる」


 事情も事情と快諾されますが、こちらの心境は複雑です。わたしはあまり妹となつくのが好きではありません。


甘ヶ崎 真夜マヤ

甘ヶ崎 真夜マヨ


わたしたちは戸籍上同姓同名の姉妹です。正直改名も余裕で認められると思いますが、いまはきます。

 それが好かないところです。つまり、まるでマヨとわたしが同じと言わんばかりのようなところがです。

 わたしみたいな最低の超クソインキャ内気オタクと、妹みたいな玉のようにかわいい天使を同じ名前にするなんて命名者である父母のSAN値センスを疑います。

 妹にはゆめゆめわたしのような人間にはなって欲しくないのです。だから馴れあうのをよしとしません。ために今回だけが特別で、普段は妹にまったく助けを求めたりしません。馴れ合ったりもしません。たとえ、それが妹を少しばかり寂しがらせることになるとしてもです。


                    米


都内某所。某時刻。スマイリーMのマネージャーは事業部長にとある報告を上げていた。それは客観的なデータであり、しかしマネージャーの口吻は多分に感情的で直観的なものだった。

 マネージャーは未来のことについて語っていたのだ。


「……もうそれしか無いな」


事業部長は重苦しく、しかし同意した。


「解散だ。彼女たちが生き残るためには、それしか無い」


( 新編につづく)

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