第8話 勉強とスポーツをしろ!
ポーーーーン…………ンンン………。
玄関のチャイムが鳴りました。撮影の始まる合図です。きょうはなんとみなさん、スマイリーMの
わたしは昨夜寝ていません(寝てないアッピール)。しかるに3徹までなら経験があるので(徹耐性アッピール)、懸念は後半に控えているスポーツです。軽い運動程度なら大事には至らないでしょうけど、早めにペース配分を考えて午前から過ごしたほうが良さそうです。
米
パターン1
授業科目:歴史 担当:ナナさん
ナナ「えーと、ここでイギリス国内がね、ランカスター家とヨーク家のふたつにひとしく4等分されて、薔薇戦争が起こったの。そのあとテューダー朝ができるイギリスに王朝が開いて、この王朝の名前がテューダー朝ね。そのあとヘンリ7世がいて、このひとは……えっと、死んだ」
ナナさんは歴史上の人物が死んだこと以外に為したことにこそ歴史に残る価値があるというのをもっと意識したほうがよいと思います。それにしても眠いです。
(数分後)
「じゃ復習するよ! 宗教改革は?」
「えっ。宗教の……改革です」
「正解! 名誉革命は?」
「名誉の……革命です」
「うーん、正解!」
ナナさんはひらすらどこまでも永遠に褒めて伸ばす教育方針でした。ひょっとするとじぶんでも正解がよくわかっていない為かもしれませんが、かなり甘い説明でもオーケーにして通してくれました。よい教師といえます。全肯定は最高です。
パターン2
授業科目:国語 担当:アイコさん
アイコ「『下人には、勿論、何故老婆が死人の髪の毛を抜くかわからなかった。従って、合理的には、それを善悪のいずれに片づけてよいか知らなかった。しかし下人にとっては、この雨の夜に、この羅生門の上で、死人の髪の毛を抜くと云う事が、それだけで既に許すべからざる悪であった。』……」
教題はノーマル版の『羅生門』です。
「アイコさん、朗読お上手ですね」
「え、そう? セリフ読みは結構上達したのかな。ちょっと嬉しい」
「はい。ほんとうに登場人物が生き生きして臨場感があって」
「そっか。……マヤちゃんこの続き分かる?」
「知ってます。下人は老婆から盗みを働いて、夜の街に消えていくんですよね。で、『下人の行方は、誰も知らない。』……と終わります……ふわぁ」
「うん。じゃあ下人はどこへ消えたか分かる?」
「え、それは『チーズはどこへ消えた?』みたいな話じゃないんですか」
眠くて自分が何を言ってるかよく分かりません。元い、まったく理解できません。アイコさんはぽかんとした表情をしていました。
「うーん……あたしも答えは分からないけど、それは違うような……」
そう言われて、わたしは意見を軌道修正しました。
「……下人は死んだに決まってます。生きるために悪をなすことに納得したなら、悪である老婆に加勢して死骸から髪を引っこ抜けばよかったんです。それをあんなわざとらしく老婆を懲らしめて、安い正義感から抜け出せてないですね。しかも夜闇に消えていくなんておもいきり前途暗いじゃないですか」
アイコさんは反論しました。
「そっかな。あたしはたくましく生きた下人は偉くなって、最終的にどこかのお姫様と結ばれる……って思うな」
解釈の違いが発生しました。わたしはバッドエンド至上主義。アイコさんはハッピーエンド派です。わたしがアイコさんと羅生門の同人誌を共同制作するのは無理でしょうね。
パターン3
授業科目:英語 担当:キリエさん
キリエ「ごめんなさい。じつは私は英語なんて話せなくて……」
と打ち明けられました。
「あ、キリエさんってものすごく日本語が流暢ですもんね。日本で育ったんですか?」
「はい。それどころか英語の成績がすごく悪かったんです。お恥ずかしい……」
キリエさんがばつの悪そうにもじもじします。
「いえ大丈夫です。気にしませんって。きがねなく教えてください」
わたしは笑顔で了承しました。
「え? あの、だから教えられない……」
「でも中学生の英語ですよ。そんなのカモンカモンダンスウィズミーとかで全然充分ですって」
アイドルソングの歌詞とかにも英語は出てきますしね。
「だから無理なのーー! いやーーーーー!!」
でもキリエさんはごらんの拒否反応でした。……イメージで役を割り当てられてしまうってありますよね。お互い苦労します。パーソンズ社会理論では病人も社会的役割のひとつであるらしいですが、ならひきこもりも当然期待される役割があるのかもしれません。皮肉にもわたしはいくつかの点を強いて演じています。なるべく臆病そうに振る舞うことや、用事もなく外に出ないこと、悩みを抱えていることなど、そういう役割期待です。
話は戻って、それからギャン泣きするキリエさんを慰めて一緒に英語のお勉強をしました。
パターン4
授業科目:数学 担当:アカリさん
とうとう数学の時間がやってきてしまいました。数学の言葉は
アカリ「大丈夫。マヤちゃんにも興味を持ってもらえるような題材を選んだから!」
「……ふわぁ」
「はい(フリップを出す)…『SSRの排出率3%のガチャで天井300連、10連1500円として、未コンプSSRが30種類中n種類のときに何かひとつでも新しいSSRを引けるまでにかかる金額の期待値は……」
「………zz」
あまりにも救いようのない文章題が提示されたので惰眠を貪ったらアカリさんにほほを引っ張られました。
「いたいたいたた」
「眠いの?」
「……あい」
正直に白状しました。安西先生……寝落ちが、寝落ちがしたいです。
「だめー。アイドルはどんな睡眠不足でも、カメラの前でだけは悟らせちゃいけないよ! 普段どおりきちっとする!」
わたしはアイドルではありません。といってカメラの……ふわぁ……前であることは確かです。シャキッとしたいのはまた本心。ただし脳がついていきません。
「しょうがないにゃ。じゃあ10分だけ頑張ろ? そのあとこっそり寝かせてあげる」
アカリさんは神対応でした。この厚意に甘えて問題を解いたわたしが残り時間を机に伏して眠っていると、アカリさんからマジックで落書きのイタズラをされました。(『アカリちゃんLOVE』とほっぺに入れられ、妙に気合が入って現地入りするファンみたいななりになってしまいました……)。高い授業料ですこと。
米
総決算にテストを受けます。今日やったことも含めて基礎学力が身についているかどうかを測るためのものらしいです。これはなぜかその場にいる5人全員が横並びで受けることになりました。
ナナ「中学のテストか~なつ」
アイコ「なんであたしたちまで……」
キリエ「英語だけは……
アカリ「ナナちゃんには負けられないね」
アイドルたちは燃えていました。おバカアイドルと呼ばれることには誰もが抵抗のある多感な時期です。まして学校に行ってないひきこもりに負けるなんて、あってはならない事態でしょう。再起不能は
わたしとして色々と懸念はありますが、みなさんわたしよりも高い点数をとってくれるものと信じてふつうにテストを受験しました。科目は歴史、国語、英語、数学のちょっと変則的な4教科です。
その日のうちに結果発表。順位の書かれたスケッチブックを持った扇ディレクターから点数を知らされました。
結果は、歴史ではナナさんに負け、国語ではアイコさんに負けたものの、英語と数学ではちぎってトップでした。2211の大健闘です。
「ナナが歴史1位!?」
アイコさんは逆信頼を裏切られて目を丸くしました。ナナさんは
「さっき教えた範囲で出題されたから有利だったよ。ごめんね~~てへ」
としたり顔。
国語の成績がよかったアイコさんを秀才タイプとするなら、ナナさんはまさしく天才タイプ。出来の良い教科と悪い教科の落差が激しい感じの。
一方でキリエさんとアカリさんは………見る影もありません。どんな境遇に生まても、この国では義務教育だけはまともに受けられることになっているはずですから、中学生に負けたことにさして言い訳も利かないのが苦しいところです。
アカリさんは持ち前のキャラを活かして「アカリ子供だからちょっと難しかった~」とロリに戻りました。反則です。年上ですよね? とたずねることは多分禁句です。
キリエさんは勉強の神様――菅原道真? とかに愛されていないのでしょうか? ふつうにかわいそうでした。
「憐れまないでぇ……」
他ならぬキリエさん、ご本人からそうことづけられました。ごめんなさい。でも「初代おバカアイドル女王」のタスキはやっぱり流石にかわいそうだと思います。ライン越えというやつですが、突ドルはネット放送なのでBPO(放送倫理番組向上機構)なんて関係ありません。
「まー! まー! このあとスイミングだから! キリエも頑張れ!」
ナナさんは
「予定押してるのですぐ行きますねー」とスタッフさん。
押し流されるようにワゴンに載せられ無情にも、わたしはロケ地(温水プール)へとドナドナされてゆきました。
( 勉強とスポーツをしろ! へと続く)
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