第7話 眠らせろ!


「マヤちゃん眠らないの……?」


こやっているアカリさんがパジャマの袖を掴みます。ひとつのベッドでふたり眠るのは窮屈なので、わたしはスマホを片手に徹夜するつもりでした。といったらアカリさんが心配するので本当に夜遅くなってから眠る、みたいな雰囲気を醸し出しながらベッドの縁に座っています(うそつきです)。

 アカリさんが寝落ちすればもう関係ありません。あとは徹夜しようとこっちのものです。


「マヤちゃん……もっとこっち」


また引き寄せられました。はっきりと言いませんが、同じ布団に入ってくれないのをじれているようです。

 アカリさんは結構寂しがり屋なところがあると分析します。あれからアカリさんの生い立ちを多少詳しく調べたのですが、彼女の母親は女優だったそうです。アカリさんが生まれたとき、センテンススプリングの不倫報道で夫婦の仲は冷え切っていました。その後離婚しますが、アカリさんの育った環境は常に愛情に乏しいものだったことが分かります。しかるがゆえにアカリさんは寂しがり屋なのです。


 そういうところが危うげで、目を離せなかったのかもしれません。普段は気丈に振る舞っていて、じぶんの可愛さなら何をしても許されるという計算高い子供っぽさ、アンファンテリブルを武器にしていても、ほんとうは甘えん坊で敢え無げな芯のある青い果実。一緒に部屋で引き籠もってあげたくなるかわいさですね。


「はいはい。ねんねんころり~♪」


わたしはだましだましアカリさんを寝付かせます。布団の上から一定のリズムに合わせてさするだけです。アカリさんはご不満らしく、わたしの胴体に腕をまわして抱きついてきました。


「マヤちゃん。わたしのことすきぃ~?」


寝ぼけているような声でそんなことを聞いてきます。ほんとうに一生聞かれます。「好きですよ」と基本言っておきます。たまにヴァリエーションを変えたりもしました。ASMRの呼吸を知っている者としては簡単なことです。


「えへへ~」


とうとう。どうしてもと強引にせがまれて、わたしはいやいやとアカリさんと一緒の布団へ入りました。これが添い寝ちゃんですか。アカリさんは箍が外れたようにベタ甘えしてきます。


「うぅ~~ん」


 このかわいいを何に喩えよう、わたしは脳内で考え巡らせました。それにしたって誰かと一緒に寝るなんて何年ぶりでしょう。秘密のこっくりさんをした夜のこと以来でしょうか。しかも伴寝してくれるのがアイドルなんて。……でも、やっぱりこのベッドにふたりは狭すぎます。

 アカリさんの体温を感じていると眠れません。それに、そもそもそんなに眠くもありませんし。

 わたしはそっと、イェイツの夢もドン引きするぐらいにそっと布団から抜け出しました。アカリさんはもう半覚醒状態から完全な睡眠状態に移行していて気づきもしません。計画は完璧です。

 明かりのない部屋でわたしはしんしんとした夜を過ごしたのでした。


                    米


 ゆきゆきて朝になりました。まだ5時ですが、わたしは悠悠閑閑と階段を降りてゆきます。キッチンの戸棚から銀紙に包まれたビスケットとM&Mのミルクチョコレートを取り出して、冷蔵庫の所定の位置からペットボトルのミネラルウォーターを補充しました。まとめ買いしてあるこれら食料品は常用食です。

 もし、こういう言い方が許されるのなら、パンがなければお菓子を食べればいいじゃない。かえりがけそっと和室のほうを伺ってみると、5時だけあってまだみなさん眠っていました。

 うちの妹マヨも混ぜてもらっています。布団を持ちよって、気持ちよさそうな顔で。マヨはアイドルが好きなようすで、アイドル好きもするようで、早々にアプローチをかけてスマイリーMのみなさんから妹のように慕われていました。こうなると不登校の姉も面目が立ちます。このアイドルたちを家に招き寄せたのは、わたしがひきこもっているという事実なのですから。


「あれ、早いね」


アイコさんは横になっているだけでした。もう起きていました。「アカリがそっちに行ってる?」


「はい、部屋に」


わたしは答えました。


「ごめんね。迷惑じゃなかった?」


「いいえ全然。そもそもこっちに5人だと狭すぎますし、これくらいはホストとして当然のつとめですから」


「そっか。偉いね。今日もがんばろうね」


「今日?」


はて。わたしは山彦やまびこのようにアイコさんの台詞をリピートして、小首を小憎らしげに傾げました。はれ? と。


「あれ? 聞いてなかった? 今日も収録あるって」


初耳です。初物はつものなら縁起が良いですが、初耳となるとまったく話は違います。こちらのほうは不吉の類です。


「収録あるんですか??」


「あるよ。一緒に勉強したり、スポーツしたりする回の」


お誕生日回に続いてのまさかの2本撮りでした。勉強とスポーツが別回ならまさかの3本撮りかもしれません。こうしてまとめることで役者やスタッフや機材の移動コストが省けることになるので、賢い選択には違いないのです。


「開始は何時からでしょうか?」


わたしは尋ねました。


「9時からだね」


いちおう今から急げば2~3時間は寝られそうです。流石に完徹でスポーツをさせられるのは堪ったものではありません。なんというか、ひきこもりなのにこのような慌ただしいスケジュールに振り回される日々を送っているのは非常に心外なのですが、言葉通りの四面楚歌を歌われるくらいに孤立状態なわたしには大した理由もなく撮影を断ることはできません。

 教えてくださってどうもありがとうございま……伝えようするとアイコさんは目を瞑ってねこけていました。二度寝です。お幸せに。


                    米


 階段を上がって自室のベッドをめくります。 → アカリさんが熟睡していました。それはもう安心しきってすやすやに。考えてみれば当然の事実です。

 仕方ないのでぬいぐるみを枕に床で寝そべることにしました。これはあまり知られていない事ですが、ぬいぐるみは枕になるのです。ほかにも城を枕にしたりする例が報告されています。さて、これで少しはねt


「起きろーーーー!!!」


そのときナナさんがハイテンションで、16ビートで部屋のドアを強くうち付けてきました。


「ずるいぞーーーーアカリ! きゃつめだけマヤちゃんの部屋に入るなんて、抜け駆けもいいところーー!」


バンバンバンバンバンバンバンバン



はい、破産です。





( 勉強とスポーツをしろ!  に続く)



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る