第6話 もっと押しかけろ!


 わたしのために用意された偽りのフォルスお誕生日パーティの夜食会、メニューは誕生日ケーキ(?)と採れたての新鮮なお野菜でした。消滅集落を救うべつの企画でスマイリーMのみなさんがいちから苗を植え、最後まで自分たちで収穫したものだそうです。そんな貴重な品をわざわざ調理してくださるなんて限りなくありがたいことですし、これに関してはさげた頭があがりません。

 食事中ちょっと収録のための茶番劇に付き合わされてから、撮影班はそのあと撤収して本当にプライベートの時間がはじまります。ここからはカメラに撮影されることもなく、ゲームの順位で学校に行かされるなんてこともありません。アイドルとしての仕事もおやすみでみなさん純粋にくつろいでいます。

 入れかわりでお風呂に入って、ひとりずつパジャマを身に着けたわたしたちはパジャマパーティを結党しました。収録中とオフでみなさんの態度に変わりはなく、相変わらず低温やけどしそうな暖かさでわたしに接してくれるので、いきなり自室に閉じこもる塩対応はとりあえず自重しておきます。


「ねえマヤちゃん、お話しようよ!」とナナさん。


アイドルたちは和室にお布団を敷くことになり、いまはナナさん、キリエさん、アカリさんの3人に和室で囲まれています。アイコさんはリビングでマヨと一緒に見たいテレビを視聴している最中です。


「好きなひとっているの?!」


いきなりコイバナがはじまりました。


「ほら、恋っていいよね!」


仮初めにもナナさんはアイドルなんじゃないですか、と思いましたが、話題を跳ね返すためにここは話を振ることにします。


「ナナさんはしたことあるんですか? 恋愛」


わたしが尋ねると、まるで茹でダコみたいに(あるいは石川五右衛門みたいに)耳まで真っ赤にして赤面するナナさん。


「あたし恋とかまだわかんないしっ………!」


とそっぽを向きます。なんでその純情さで色恋沙汰の話題とか振ってきたんですか、と思いました。

 ……実はわたしは恋愛に興味がないわけではありません。人並みに恋だってしますし、人並みにおごります(注:√3=1.7320508...の語呂合わせ)。でもこんなところでそれを話したら次の日にはラジオの電波に乗っていたり、ネットのキャスで放送されるリスクが満載です。だから話しません。わたしの口には戸が立てられるのです。


「あれ、ナナさんって罰ゲームまだしてないですよね」


とわたし。キリエさんが「そうだった。ナナ、好きなひとがいるなら話しなさいよ!」と加勢しました。


「………っ!!」


それを受けてナナさんは脱兎のごとくその場から逃亡しました。敵前逃亡は軍法会議によって死罪が言い渡されます。


「追うわよアカリ!」


「らじゃ!」


すぐまさキリエさんとアカリさんによって追いかけられました。捕まりました。しにました。無意識にガイウス・カエサルのような簡素な表現をしてしまいましたが、実際はうしろから羽交い締めにされくすぐられているだけです。


「ぎゃー!」


それでもナナさんは最後まで好きな人物の名を割らなかったので、「コノ者ハ不忠ナル偽証者ニツキ紐ヲ解クコトヲ禁ズ」とかかれた札を貼られて柱に縛り付けられました。このマニアックなネタに思わず笑ってしまったことは言うまでもありません。


                    米


 時刻―午前零時。場所―マヤの自室。扉がゆっくりと開く。1階の和室ではナナ、アイコ、キリエ、そしてマヨが布団に並んで就寝している。アカリは室内の電灯が入っていないことを確認し、そっと扉を開けて個室に足を踏み入れた。

 マヤの姿は暗闇に見当たらない。ベッドの掛布団の隙間からブルーライトが漏れている。マヤの笑うように吐息を漏らす音が聞こえた。アカリは夜目をはたらかせ、抜き足差し足でベッドに忍び寄ってゆき


「わっ!」


とマヤの耳元でいきなり大声を出した。喫驚したマヤはひどく取り乱しながらも、超速でスマートフォンを掛布団の下に隠した。


「―――――っ!」


「わーい。びっくりした?」


アカリは舌を出した。マヤは声にならない悲鳴をあげて狼狽しながら


「……見ましたか?」


と。


「ううん。みなかったよ」


アカリがそう答えると、マヤはすこしぜぇはぁと喘鳴しながら恨めしそうに、まためんどくさそうに対峙した。おもむろに「で、何のようですか」と質問を投げた。


「あ、ごめん、驚かせちゃったね? ――ふふ、きちゃった」


アカリは小声で嬉しそうに囁いた。


「勝手に部屋に入ってこないでください」


「えー。だって……」


「はっきりいって最低です。無断で部屋に入ってくるのは」


マヤはさもなくといった反応どころかむしろアカリを拒絶する。それでアカリはむすっとした。


「ひどいよマヤちゃん、あたしのこと推してくれてるって……えーと、さる情報筋から」


「はいはいキリエさんからですね。でもこんなサプライズは沢山です。求めてません。本気でわたくしの心臓が滅びかけましたよ」


「そこは謝るて」


「なら帰ってください」


マヤは無情にもアカリを部屋から押し出そうとする。


「まって!」


アカリは真剣な顔になって発言した。


「マヤちゃん、隠しごとしてるでしょ」


「え? 描く仕事を?」


とぼけるマヤにアカリは詰め寄った。


「隠しごと! マヤちゃんってひきこもりさんだし、いつも部屋にいるんだよね。なのに『ゲームはやってない』って、あたしの誘いを断ったよね。ふだん部屋でゲームしてないなら、いったい何してるの?」


マヤは神妙な面持ちで答えた。


「……いつもじっと手を見ています」


「そんなの嘘だよ!」


「ごめんなさい。」


「憶えてる? このまえボランティアの収録があったとき、マヤちゃん『せっかくの休日を潰したくない』って断ったよね。最初。部屋にいるだけなら休日でも平日でも変わらないはずなのに。ほんとうは休日しか遊べない学生や社会人と一緒にゲームしてるからでしょ?」


「いえいえ平日の昼間ってネットでも本当にすることないですし、まだ休日のほうが全体的に楽しい感じがするだけで……」


しかしアカリは言葉を続けた。


「でもアカリとゲームするのだけ断ったんだ。って思ったら、なんかモヤモヤしてきて。だって時間いっぱいあるじゃん……ひきこもりさんだし。ゲームだってドミニオンすごく巧かったもん。マヤちゃんゲームできるよ。なのにあたしと一緒にするのは断ったんだぁ、って……」


いつのまにかアカリは口調が少し涙ぐんでいた。


「ねえ、あたしダメなの? マヤちゃんの近くに居てほしくない? だからすぐ部屋から追い出そうとするの?」


そうまくしたてられ、いやいやとマヤは弁疏した。


「わたくしはとても気難しいんです。大目に見てやってください。オンラインゲームはアカリさんのゲーム仲間たちとやっていてください。そのほうがずっと楽しいですし」


「いないよそんなの!」


アカリは涙声で喚いた。


「え?」


「だって、アイドルだから気軽にゲーム仲間なんて作れないし、キリエもナナもネットゲームなんてやってないし、アイコに至っては家ないし! できそうなのはマヤちゃんくらいだったのに! …うう…」


「その。ごめんなさい。事情に不明で」


マヤは心苦しげな声色で謝罪した。


「もういいよ。帰る。下のおふとん狭いけど……みんなのとこ行く……ぐすん」


「…………(無言で手を振る)」


「とめてよ!」


「え? あ、『いくなーわたしをおいていくなー』」


マヤは命令されてアカリを引き止めた。


「すごい棒だけど、許す」


とアカリはターンして、マヤのベッドの上にそのまま綽々と腰掛けたのだった。


                    米


 前回までのあらすじ。非常に複雑な経緯もありますが、一言で言えばアカリさんがわたしの部屋に押しかけてきました。困ります。わたし、困ってます。


「ねえマヤちゃん、まだ寝ないなら電気つけるよ?」


「ご自由に」


「やった!」


 正味この部屋に誰かを招き入れることは全く許容していません。年上であっても、大人であっても、もし入ってきたならこのハリセン(=エスカリボルグ)で張り倒して外に放り出そうと決意していました。でも、アカリさんはちょっと調子狂わせです。


「わー!? これ聖クルス学園の制服!? こっちもかわいい! 高校の制服がある!」


 アカリさんがわたしの部屋を物漁りします。デリカシーの欠片も見つけられない行為おこないのはずなのに、なぜか許せてしまう自分がいました。まるで同級生のようにアカリさんの背丈がちっこいからでしょうか? 否、本人のカリスマ性によるところが大きいでしょう。


「マヤちゃんこれどうやって集めたの?」


「貰ったんです。それにメルカリに売ってたりもします」


「あっ、結構高値で売れたりもするんでしょ! しってるよ。聖クルス学園って有名なお嬢様学校だもんね~」


聖クルス学園の制服はひときわ飾りやすいトルソに着せてありました。学園のイメージ観はだいたいストパニでオッケーです。マリア様でもよし。まりあほりっくでもよし。


「ね、これってマヤちゃんの趣味?」


「はい」


「へえ意外とおしゃれなんだ~。あっコスメもめちゃあるじゃん! このコレクションって……」


「全部親の金で買いました」


訊かれる前に答えました。わたしの部屋には1677万色に輝くゲーミングPCこそありませんが、一通りの衣服と化粧品は揃っているのです。

 アカリさんがぽつりと疑問を発しました。


「これ着て外に出かけたりとかはしないの?」


「アカリさん。いまカメラやマイクなんか入ってないですよね?」


わたしは念押ししました。


「え? カメラマンさん帰っちゃったし。あたしも持ってない。隠し撮りはないよ」


「……いちおう信じます。それこそ最近わたくしの一番恐れてることなんです。『どうせ持ってるなら使おうよ』とか言われて、まったく望んでいない”モテメイクして生まれ変わったアテクシ”、みたいな恰好させられて街中を闊歩しなければならなくなるのが」


「う……うん」


「だから絶対このことは秘密にしてくださいね。さもないといますぐ部屋から追い出しますので。あの地獄のように窮屈な雑魚寝スペースで眠ってもらいますから」


 和室は布団の面積が足りていませんでした。うちに3枚くらいしか布団がなかったためで、その上ナナさんは寝相がよくないそうです。


「わかった。秘密にするから、今夜はこの部屋にいさせてね」


アカリさんと秘密の約束を交わしました。





( 眠らせろ! へと続く)

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