第5話 押しかけろ!


 どうも。甘ヶ崎 真夜マヤです。毎度名乗らなければいけないくらい影の薄い語り手であると自分では思っています。わたしの好きなものはインターネットです。嫌いなものはおそとです。あとバケツ一杯分の氷水なんかが最近急に嫌いですね。


 わたしの家に攻城してくるアイドル、スマイリーMのみなさんについての続報です。

 『ひきこもりのマヤさん。あなたを救いたい』なんて、いきなり彼女たちがおしかけてきたのがすべての始まりでした。それから寄せ書きをおしきせられたり、音楽を撃ち込まれたり、このあいだはおそとへ連れ出されたりしました。ちなみにギャラは出ません。

 せめて願わくば、こうして作製された映像(『アイドルの突撃!チャレンジ街道』)が彼女たちのアイドルとしての知名度をあげるため少しでも貢献することをです。ちなみにわたしは顔出しNG&声出しNGで、声と姿はドュメンタリーっぽく加工され放送されます。ためにこのはずかしいひきこもりがわたしであることは各関係者を除いてわかりません(やったぁ)。


 それにしてもなぜ甘ヶ崎家に白羽の矢が立ったのでしょうか。真実はさきごろの偶然により判明したのです。柱の影から、母君と父君がダイニングでとり交わすさり気ないやりとりを家政婦は見ました。言い間違え。わたしは見ました。


『そうか、マヤは最近外でボランティアしたりしてるのか。わざわざ応募した甲斐があったな』とは父の言い分。


『アナタも撮影やおもてなしに協力してよ』


『忙しいんだよ……プロジェクトが進んでいけば、この先もっと忙しくなる。うちのことは頼んだ』


父はいつも家庭のことを委託しておきながらあまり監督しません。さておき、これであの厄災を招きよせたのが同じ家族の一員とわかったのです。今後とも家族から撮影ストップがかかって企画が中止になるなんてことはまず期待できないでしょう。

 でも仕方のないこと、甘んじて受け入れます。年頃の娘が突然学校に行かなくなって、心配するもどうすればよいか分からずに、外部に頼るというのは少し安易ですが、責められるべきことではありません。

 むしろわたしを責めたほうが早い。それはわかっています。でももっと直接的に言ってくれてもよかったとも思います。言ったところで聞きませんけど。


                    米


 ひと仕事終わりました……まあなかなかのクソ案件でしたね。さてと、このあいだ連絡先を交換したキリエさんからチャットでメッセージが届いていました。2行くらいの短文です。要約すると「一緒にエペやろ? ってアカリちゃんが誘ってるよ」というものでした。どうしますか? もしあなたの推しアイドルがあなたと一緒にゲームがしたいよ(はぁと)、というメッセージを内緒で送ってきたら。たぶんそれはこの世に現れる文字列の中で最高の類でしょう。

でもお断りのメッセージを送りました。


べつに『だが断る』の故事に習ったわけではありません。アカリちゃん(ロリっ子、したたか、ホラーきらい)は確かにわたしの推しアイドルではありますが、わたしは女性アイドル自体にそれほど興味関心がありません、熱心さからほど遠く、アカリちゃん推しもあくまでスマイリーMの中でだけです。

と、キリエさんからすぐにメッセージの再送信がありました。


「『とにかく一緒にゲームしようよ!』 って」


じつはわたしはゲームをすることがそれほど得意でも好きでもありませんし、時間を取られるのも億劫でした。それにどうせこれも企画の一環であることは薄々わかっています。……いままで企画でろくな目にあったためしがありません。そのことも諸々含めて、正直な気持ちを折返しで伝えました。


                    米


「むー!」


都内某所。事務所で手妻アカリは頬を膨らませていた。


「『ひきこもりがゲームやってない分けない』、じゃなかったの?」


アイコがソファに座るアカリの肩に手を置きながら声をかけた。


「アイコこそ、あたしが誘えばマヤちゃん絶対受けてくれるってゆったじゃん!」アカリは食ってかかる。


「そ、それはキリエから聞いたんだよ。『マヤちゃんはアカリのことを愛しているみたい』……とか」


「うそじゃん!」


マヤが察しの通り、今度はアカリの発案で、マヤとゲームをして交流を深める回を収録しようと上に掛け合っていた。


「ゲームが社会復帰につながるか?」とプロデューサーは最初難色を示したものの、たまには一緒に楽しそうに遊んでいる絵面も必要だろうという力説をされ、了承する方向に傾き始めた。


「まあこの番組はアイドルのきみたちが、自分でやりたいことを見つけていく自主性を重んじているからなぁ……」


”引きこもり少女を救え!”の初回はもう放送されて、視聴数は番組の歴史からしてもそこそこの水準だった。まだはっきりとはしないものの、成功の部類であることを関係者は仄めかしている。

 この調子で続ければ、エシックプロダクションのジュニアアイドル部門きっての売出し中アイドル”スマイリーM”は全国知名度にブレイクし、メジャーデビューや武道館ライブが控えているかもしれないと少女たちは信じていた。国民的アイドルになることが皆の目標であった。一年前それを長期目標にしてグループを立ち上げたのだ――数年を期限にして。

 しかしエシックプロダクションは現実的には弱小事務所であり、インターネットを活用したさまざまな試みに活路を見出すしかないのが実情である。


「むー!むー!」


アカリは立ちあがってアイコに近づいた。


「な、なに……」


「エペやってないとか人間じゃない!!!」


アカリの身長はアイコと比べてだいぶ差があったため、見上げるようにしながらアカリは叫んだ。


「そ、それは平家よりも人間の基準がおかしい……」


「とにかく! オンで一緒にゲームやってくれないならいっそマヤちゃん家に押しかけちゃうもん!」


「あ、それはいいかも」


                    米


 スマイリーMの4人が家にお泊まりしに来ることになりました。パジャマパーティを結成するそうです。少し気になるのは「マヤちゃんのお誕生日に」という名目になっていますが、わたしの誕生日は4月というところです(現在は9月)。もはやツッコミません。『芸術とは真実ではない。われわれに真実を悟らせてくれる嘘だ』(パブロ・ピカソ)


 正直、それくらいなら全然楽しみです。お誕生日会はまだ小学生のときよく友達に招待されて行きました。女友達の家へ外泊だってしたこともあります。ド深夜まで夜ふかしをして、秘密のこっくりさんをして、そのあと何が起こったかはあまり記憶がありません。


 「ほんとうは誕生日ではないことに関しては、辻褄を合わせればいいんですね。わかりました。ただし、わたくしの部屋の中にはカメラを入れないでくださいね」


そう申し合わせました。そのため当日の催しはすべて1階で行われます。もとから4人も入りきらない子供部屋ですから、未来の大アイドルたちはリビングで雑魚寝することになります。それが最適解です。勝手に部屋に入られるのはあまり好きではありません。


                    米


 当日、9月28日がわたしのお誕生日になりました。ソシャゲでもこの時期はあまり季節イベントがなく運営も苦慮しているという噂を聞きますから、誕生日というのは落とし所です。


「マヤちゃんお誕生日おめでとう!」


 とナナさん。そういえばそういう体裁ていならお誕生日プレゼントも貰えるのではないでしょうか。もしかして激品薄のPS5とか?(期待)


「今夜はやさいパーティだね!」


ナナさんがとんでもないことを発言しました。芸能界の荒廃進みすぎでは!?


「季節のいろんな野菜を鍋にしておいしくいただくよ! ガーリーでヘルシーっしょ!」


どうたらやさい(パーティドラッグの隠語)ではなかったようです。ふつうでした。



向こうではキリエさんとアカリさんが何やら話をしていました。サプライズの準備でもしているのでしょうか? 被害を受けないために、こっそり聴き耳を澄ませます。


「ほんとお?」


「……もちろん。マヤちゃんはもうアカリLOVEなんですから……」


この間キリエさんにちょっと話したことにだいぶ尾鰭おひれがついているようです。


                    米


 夜食会までゲームをすることになりました。企画で、もしわたしが最下位の場合、学校へ行くという罰ゲームが課せられるというルールです。そのかわりスマイリーMのみなさんにも最下位にペナルティがあります。


ナナ「じゃあこれを、こうして……」


アイコ「こらナナ、またアクションの回数間違えてる!」


キリエ「ポーションって買う意味あるの~?」


マヤ「ポーション買います」


キリエ「なら私も買う~」


アカリ「デッキまわらん」


ドミニオンというマリアナ海溝よりも深いゲームをやっているのですが、大体ナナさんが最下位になるので学校へ行く罰ゲームを受ける心配はありません。というか学校へ行くの罰ゲームって扱いで良いんですね……。


アイコ「属州買う!」


マヤ「属州買います」


ナナ「あたしも属州買う~」


アイコ「金貨出せ(怒)!!」


アカリ「ナナちゃん2金で属州は買えないよ……」


ゲームはもう終盤、ナナさんは最下位確定です。問題はトップ争いですが、ドミニオンはドイツゲーム大賞三冠受賞を達成するほどの神ゲーなのでわたしが勝ちました。


アカリ「く……」


 経験者はこの中でアカリさんだけだったみたいです。なので負けると悔しそうにしています。アカリさんは結構ゲーマー気質なところがあるのかもしれません。

 数戦目(ちなみにサプライは基本セット+錬金術から)になるとキリエさん、アイコさん、ナナさんがわたしの行動を真似しはじめます。しかしアカリさんだけは独自路線を貫きました。たぶんアカリさんがやろうとしていることが回り始める前にサプライ枯れでゲームが終了。初心者ならではの有り得ない展開になって結果的にまた私が勝ちました。


アカリ「くやしい~!!」


アイコ「ええっと最下位は……ナナだね」


キリエ「結局4連続でナナが5位でした」


ナナ「そうだっけ?」


アカリ「マヤちゃんに学校行って欲しかったのにぃ。これは戦犯」


アイコ「ナナはペナルティとしてこの家から追放でいいね?」


ナナ「待てぇーー!」


アカリ「キック投票はじまった」


キリエ「賛成します」


ナナ「待たれよ! 待たれよ!」


みなさんとても楽しそうでした。そのあとわたしでも最下位になり得る『ジェンガ』とかいうクソゲーがはじまりましたが、ナナさんが倒壊させて無事に終了しました。





(もっと押しかけろ! へと続く)

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