第4話 外に連れ出せ!
場所:スマイリーMが所属しているエシックプロダクションの事務所内
(語り)
『 ひきこもり中学生まやちゃんと音楽を通じて心の交流を深め合ったスマイリーMのメンバーたち。まやちゃんとの関係をさらに進展させる為、何かできることはないかと思案投首していた』
「まだ学校に行ってもらうのは、ちょっと、早い気がして、無理だよね」とナナ。
「そうだね。少しずつ頑張れるようになってもらうしかない」とアイコ。
「そうです。更生は少しずつです」とキリエ。
「でもここまできたら、いっそのこと外に誘ってみるのもアリ?」とアカリ。
「え、外に誘うって、まだちょっと、早くない」とナナ。
「いいえ、わたしたちの仲はもうそのくらい深まったと思います」とキリエ。
「でもどこへ? いきなり遠くには来てくれないよ」とアイコ。
「なら近所のゲーセン?」と提案するアカリ。
「学校行かずにそれってただの非行少女だし……」とアイコ。
「あの、私にひとつアイデアがあります。……ボランティア、というのはどうでしょう?」とキリエ。
「ボランティア?」ほかの一同が口を揃える。
「はいそうです。たとえば近所の公園でゴミ拾いをするとか、意外とボランティアってどこでも簡単にできるんですよ」
「あっ、それなら、社会勉強にも、なる!」とナナ。
「じゃ、今度の週末にマヤちゃんをボランティアに誘おう。異存あるひと! ……ないね」
アイコがまとめた。
「おー!」一同、拳を振り上げて掛け声をあげる。と、そこで――
「カットでーす!」
という一声が浴びせられた。
ナナが「ふぅー緊張したあー。オッケーですかぁ?」額の汗を指で拭いながら尋ねると、スタッフは指で輪っかをつくってオーケーサインを送った。ほか3人もそれを目で追ってほっと表情を和ませる。
今日は番組内で使われる1シーンの撮影をしていたのだ。もちろん流れはあらかじめすべて決められている。ただし今回はここまで。マヤを交えた収録は別日の予定だった。
「ちょっと、ナナは演技下手すぎだよ。アイドルなのに歌も演技も壊滅的なんて、ヤバいよ」アイコが指摘する。
「う、うるさーい! アイコなんか歌と演技以外がぜんぶ壊滅的なくせに!」ナナが言い返す。
「なにその『日本沈没』にたいする『日本以外全部沈没』みたいな返しは……」と呆れるアイコ。
「だいたいアイドルに歌なんて必要ないでしょ!?」
ナナは逆ギレした。
「あたしが知ってるアイドルと違う……」
戸惑うアイコに、ナナは
「そうアイドルはアイドルでも、あたしがなりたいのはアイドリングランプのほうでしたーって違うわボケー!」とノリツッコミする。
「そのへんにしときなよ」アカリが怠そうにとめる。「それよりボランティアのやり方は、キリエが詳しいから教えてくれるんだよね?」と、今回の計画の立役者と言えるキリエに確認した。
「ええ。ボランティア活動は私の趣味みたいなものですから。きっとマヤちゃんも楽しんでくれるはずです。当日、全員のサポートは任せてください」
キリエは胸を張って答えた。
キリエ・ピッコロミニはアイドルとしての仕事がない日は一日中ボランティア活動やその準備にいそしんでいるという重度のボランティア好きである。みずからがボランティアをするだけでなく、他人をボランティア活動に巻き込むこともまた大好きである。公式プロフィールにも書いてある通り。
「ふふ。大好きなボランティアをマヤちゃんにやってもらえるなんて、今から楽しみね」
ところが――――――
「「「ええっ、オーケーがでない!?」」」
スマイリーMたちは一様に目を丸くして驚いた。
「うん、マヤちゃんが首を縦に振ってくれないんだ。折角の休日を丸一日潰したくないってね。まったくもう、番組を背負っている役者としての自覚が足りないんだから……」
扇ディレクターは両腕を組みながら不満そうな顔を浮かべた。その顔の下あたりには無精髭が少し伸びている。今年で30歳になる
「番組の制作、間に合うんですか」心配そうにアイコが質問した。
「それは心配ない。ちょっと余裕があるみ」
「余裕があるパターンのやつですか」ナナは真剣そのものの声で発言する。
「別のことができないか、打診してみるよ」
「待ってください!」
そのときキリエが大きな声をあげた。「私になんとかさせてください!」と。
そのタイミングと思わぬ剣幕にナナ、アイコ、アカリの3人は少したじろいだが、キリエの瞳が熱く語りかけているところのことを、長い付き合いだけあってよく感じて分かっていた。
「私が説得してみせます。なんとしても」
比喩でなく、その瞳には炎が灯っていたのだ。
米
お待たせしました。マヤです。それからどうなったかをお話しいたします。数日前、扇ディレクターからの「スマイリーMのみんなと休日ボランティアにいってくれない?」というふざけた申し出を断ってからというもの、キリエさんがプライベートで(収録のない日に)家に訪問してくるようになりました。しかも『首を縦に振ってくれるまでは帰らない』の一点張りです。日が暮れるまで待ちっぱなしで、奮発した母はキリエさんのために豪華な夕食を作り出す始末でした。
母は相当に嬉しがりました。アイコさんに引き続き、うちに可愛い女の子がやってきてくれるようになったからです。うちの母は母性本能強めで、おもてなし大好きな性分という節があります。という余談。
わたしはせっかくの休日にボランティアなんて行きたくありません。豚が空を飛べたら行こうかな、くらいのあり得なさです。でも三顧の礼です。キリエさんは翌日もまた訪れました。一日千秋、紆余曲折、そうしてこの日、根負けして、わたしは和室でキリエさんと話し合うことになりました。
「その……」
「マヤちゃん」
キリエさんは座り方からして背筋をぴしと伸ばし、正座をし、一点の惑いもなくこちらを正視してきます。そして次に何をしてくるかと言うと、ボランティアの素晴らしさを説くのです。
それは単に一般的価値観でなく、自らがボランティアをする中で得られたポジティブな体験、老人ホームに行ったときのことや、ホームレスのひとと直で触れ合って感じたことなど、他では得がたい真実、そういったことをまじえながら話されるものでした。
「でね、そのときおばあちゃんが言ってくれたことが、『この年まで生きてきて孫に……』」
正直、羨ましいと思うくらいに、個のエピソードに感情移入できることもありました。単に「ボランティアって良いことだよ、善行だからみんな褒めてくれる、進学にも有利になる。だからやろうよ」と言われるだけなら「そんなことは分かっている」と言って押し戻すこともできたかもしれません。「分かっているけど」って言えたかもしれません。
でも、分かっていなかったのです。ボランティアがこんなに素晴らしいなんて。正直、ボランティアするくらいなら1万円を寄付したほうがマシやで、ぐらいの倫理ゼロ拝金主義者(最低)だったわたしですが、大変だったことのあとに得られる素晴らしい達成感こそがボランティアを続けるモチベーションだと知りました。
「きっとあなたは『テレビカメラの前でボランティアをしてみせるなんて、あからさまにカッコつけている偽善だ。だから嫌だ』と考えていることでしょう」
そんな高レベルな場所で悩んでいません。
「でも偽善だって別にいいじゃないですか? 偽善とみられるから、はずかしいというのはおかしいです。だって偽善であるかどうかなんて本人にしかわからないのですから。本当は善だけど、偽善に見られるからしたくないなんて間違ってます」
しばらく何も言わなかったら、善行の実践に対する超応用問題みたいな論点がはじまっていることに気づきました。いまのクソザコ倫理のわたしにはキリエさんの言っていることが到底理解できそうにありません。とめました。
「分かりました。分かりましたから」
「えっ?」
答えました。
「今度の週末、外に出てボランティアをさせていただきます。……一日だけ」
そのときキリエさんがみせた目の輝きと言ったら、いったい何に例えればいいのでしょう? 北欧神話におけるラグナロクにでも例えればいいのでしょうか? 違いますか。
「マヤちゃんありがとう! 大好きです! きっとあなたは学校に行ける! クラスで人気者になれます! 私が保証します!」
なんていって抱きついてきました。現金なひと。
米
その日の晩餐はキリエさんと一緒にいただきました。うちの夕食事情ですが、帰りが遅い父はまず食卓に現れません。そしてひきこもっているわたしもほとんどは姿を見せません。いつも母とマヨ(愚妹)のふたりで食べてます。それが4人に増えたのですから、賑わいです。
しかも、わたしはキリエさんとすっかり和解済みです。”神と和解せよ”。会話は自然と進みました。
「キリエさん、アカリさんってどんな人ですか?」
「え、アカリのことが気になるの?」
「こんなこと言って良いのかは分かりませんが、スマイリーMのなかでは一番……いえキリエさんもとっても魅力的な個人であることには変わりありませんけど! 好みが! 個人的嗜好が!」
「そうなのね!」
スマイリーMの
「アカリは……アカリだってマヤちゃんのことが好きだと思う」
「そうでなくて、いえ、それはそれですごく嬉しいのですが、どんなひとか知りたくて! ……プロフィールに書いてないことで」
キリエさんはしばし考えてから、答えました。
「そうねえ……。アカリって、小柄でしょう? 小動物って臆病なイメージがあるわよね」
「はい」
「ホラーが苦手。これ、プロフィールに確か書いてなかったはず」
なるほど。ということは『死霊の盆踊り』や『クロユリ団地』が苦手ってことですね。って、弱点なんて聞いて別にどうする訳でもないんですけど、ちょっと優越感です。
米
週末。
こうしてキリエさんに心動かされたわたしは、公園や福祉施設で一日、平和にボランティア活動にいそしみましたとさ、では終わりません。オチがつくのです。
「これは何?」
目の前に置かれた物体に疑問を発します。
「アイスバケツチャレンジ!」
ナナさんが元気よく答えてくださって、おかげさまで疑問は氷解しました。
アイスバケツチャレンジ――それはちょっと以前に話題になった、バケツいっぱいの氷水を頭から被ることで難病ALSを周知してもらうというチャリティー運動のようなものです。
「最後はみんなでこれをします!」
キリエさんが高らかに勢いよく宣言をおこないました。
「「「おーう!」」」
なるほどスマイリーMのみなさんはやる気マンマンみたいです。しかし、わたしはどうでしょうか? もしかしてこの運命から逃れえたりするんじゃないですか? 向こうを仰ぐと、ディレクターの扇さんたちがグッと拳を突き出してこちらにエールを送っています。はいそうですか。
カラカラカラ。
ざっぱーん。
まるでバラエティ番組みたいに、お粗末な仕掛けを使ってわたしたちの頭上からおもいきり氷水が浴びせ掛けられたのでした。
週末は終末です。
(5話 押しかけろ! に続く)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます