第2話 寄せ書きを集めろ!

わたしはひきこもりのマヤ。そしてこっちの鏡に映っているのが、やっぱりひきこもりのマヤ。一般人パンピィです。少しひきこもっているだけの基本無個性な人間です。

なのに最近、このひきこもっているというアイデンティティすら剥奪しようとする輩が現れました。


敵の名はアイドル。4名の女の子たち。

ああいう人種てあいは企画という魔法の言葉をかりて天下御免の振る舞いをしてきます。

やれ期間内にファンを◯◯人集めろだの、真冬のオホーツク海で蟹を獲れだの、やれひきこもり少女を外に連れ出せ!だの……あの、そういうおふざけ企画で結局一番の迷惑をこうむってしまうのは誰でしょう?

そう、わたしです。


いま生活には困っていません。

ならやることはひとつ。この壁の中の世界を守り通すことです。

誰からも味方されないことはわかっています。

でもだからこそこの闘いには価値がある、と思いませんか?

そう思ってもらえるのなら、わたしがきょうまで生きたことは無駄ではなかったわけです。なかなかどうしていい心境ではないですか。


バンバンと軽々しくドアを叩く音がしました。現場のリーダー、扇ディレクターからでした。


「すんませんマヤちゃん。ちょっと撮影に協力してくれる? 部屋にカメラとマイクを仕込みたいんだけど。協力してくれないならそれはそれで構わないけど……」


わたしはすうっと息を吸ってゆっくり答えました。


「協力しません」


世の中には3種類の嘘があります。小さな嘘、大きな嘘、そしてヤラセです。ひきこもりのわたしを部屋から出そうとしているのに、その部屋の中にカメラやマイクを仕掛けるなんてひどい矛盾です。

ちなみに扇ディレクターとはさっきお茶の間で対談しました。名刺を貰ったり、一緒に和菓子を食べたり。和やかなものでした。こちらは顔出しNG,声出しNGであることを伝えて帰還。

……部屋から出たり、知らない人と話すことは実はできるのです。でも番組的に、わたしがこの部屋から出ている構図は放映されません。他人と楽しそうに喋っているところもです。笑顔を見せるのは、アイドルちゃんの優しさに触れたときだけ。

さよう番組なんてひどい嘘っぱちですから。


余談ですが扇ディレクターはなかなかのイケメンでしたが、何か業界特有のダメンズ臭がしたのでNG。



                    米


 兵法の極意によると、敵を知ることこそが勝利への一里塚。アイドルに勝つにはアイドルを知る努力を始める必要があります。そこでまずは目の前にある石版をつかって、㋿をときめくスマイリーMについて調べてみることにしました。

その調査報告書がこちらになります(有能バリキャリ女子風)


☆スマイリーM(エシックプロダクション)について


活動開始が一年前。

メジャー露出はついどなし。

(早い話が鳴かず飛ばず。)


レコード

1st アルバム『フレンドリーファイア』

2nd アルバム『仏の顔も三度まで』


備考――両アルバムはクラウドファンディングで作成されたげな



メンバー


久保 ナナ(初代リーダー)

・貧しい家庭に生まれ、両親に嫌気が差して14歳で家出してアイドルになる。

・ひたすら明るい性格とキレのあるダンスが持ち味。

好きなもの:スポーツ


木下 アイコ

・プロフィール非公開のため、生い立ちについては残念ながらよく分かりませんでした。

・抜群の音感と歌のキレがあり、クールさが人気の秘訣。

好きなもの:ギター


キリエ・ピッコロミニ

・クオーター。父方がポルトガルに移住してきたイタリア系のダブルで、欧州の色々な血を受け継いでいて、そのルーツは本人にすら……よく分かりませんでした。

・17歳で年上、背が高いため、みんなのお姐さん的存在。

好きなもの:ボランティア活動


手妻 アカリ

・特殊な家庭環境のため、10才から芸能界にいたベテラン。

・幼さを残しながらのあざとさが特徴。ロリコン受け

好きなもの:映画鑑賞


いかがでしたか?

記述をおもにキュレーションサイトからコピってきたため、全体的に「神様、よく分りませんでした」な出来栄えです。バリキャリどころか、社会人として許されないレベルの仕事でどうも済みません。言い訳させてもらうなら中学生です。


さて、わたしは顔だけならアカリちゃんが一番の好みですが、キリエさんの日本人離れした容色もまた捨てがたい……などと言っている場合ではありません。とりあえずメンバーの4人全員のツイッターIDとスクリーンネームを控えてステルスリストにぶちこんでおきます。いきなりリプはしません。

でもたぶんきっと、わたしがこのグループのファンだったら普通に元気を貰えてたり、頑張れてたり、するのかな……。人気こそトップアイドルには及ばないものの、この方たちにはみなそれぞれ魅力があって、まぶしいほどに輝かしい姿をしています。なろうことなら、わたしだってファンにもなりたい。たまに「推しが押しかけて来て幸せ!」(駄洒落)みたいな漫画ありますが、いっそのことその状況を後天的につくってしまえばよいわけです。

けれど、けれどね、わたし三次元女性アイドルには、まったく興味がないんですよね……。


                    米


ナレーション


『彼女がひきこもった理由を調査すべく、スマイリーM一行4人はまやちゃんの通っていた中学校へと向かった。(テロップ)◯◯都〇〇市立◯◯中学校


まやちゃんの一年生からの担任 上岡先生の話によると―― 』



「あはは。よくわかりません、気がついたらいつのまにか不登校になっておりまして。でもまやちゃんはいい子ですよ。クラスのみんなもね、まやちゃんのことが大好きです! あっ今度校外学習があるから、できれば一緒に来てほしいなー!」(手を振る若い男性の映像)


ここでナナからの提案。


「クラスのみんなはマヤちゃんのことが大好き……だったら寄せ書きをつくってもらおうよ!」


「いいアイデアね」とアイコ。


「でも、もう送ったりしてない?」とアカリ。寄せ書きを過去に送っていることを心配したようだ。


「ご近所さんもあつめて、色紙に入りきらないくらい盛大にしましょう。それならきっとまだ送られたことのない素敵な寄せ書きになるはずです」とキリエ。


かくして方向性がきまった。


寄せ書き作りがはじまる――!


                    米


ポーーーーン…………ンンン………。


チャイムが鳴りました。あ、わたしです。ひきこもりのマヤです。どうもお待たせいたしました。なんてインターホンに出たりせず、たとえ自分が注文した荷物であっても母が受け取るというのがわが家のハウスルールです。

しかし荷物ではありませんでした。階段をどたどたあがってきました。足音は複数。ちょっとディレクターの扇さん、せめて打ち合わせくらいしてくださいよ。


「まーやーちゃーーーーん!!! ナナだよ! 返事してー」


しません。


「アイコだよ! きょうはマヤちゃんのためにプレゼントをもってきたよ」


いいえ。たとえ激品薄のPS5をプレゼントされようと鋼の意志で受け取りません。


「みんなマヤちゃんのことをとても大切に思っています。お父さんも、お母さんも、クラスメイトのひとたちも、それに先生やまわりの――」


キリエさんの声だ、と思いました。それだけです。喋っている内容は、右から左へと抜けていって頭に入りません。


「ちょっと驚くと思うよー」


最後にアカリちゃんの声です。この娘が一番推せる。守ってあげたい。


とはいえこの4人のことを既にリサーチして知っているのですが、16才と17才からなるハイスクールな四人組カルテットです。守るどころかわたしは現在14才。レベル差があるためまともに会話をすることはできません。本気です。この年頃の2歳差は結構大きくて、わたしも妹のマヨ(小学六年生)を単にアホな子どもとしか認識できませんから。アイドルの方たちもそうでしょう、わたしのことなんてまるでお釈迦様が孫悟空を扱うように、つまりは軽くあしらえるに決まっています。


 このように、戦えば圧倒的不利から敗北は必然。だったら一戦もまじえないに越したことはありません。いえ返答には応じます。扉をひらいて姿も見せます。ただそのプレゼントとやらをうけとっている間、ひとことも話さずに無言でやるのです。これなら下手な介入を受けることもなく、PS5はわたしのものです。完璧な作戦。


ドアを開けました。


「――――へ?」


それは、このアイテムを前にしてあらゆるひきこもりは忌避するといわれる呪物……特級呪物……寄せ書きでした。わたしはおもわず無言を貫くという誓いを破ってしまいました。寄せ書き、おそるべし。


「えへへへ」


目の前にいる4人の心からの満面の笑み。そうです。一般人ノーマルって、こういうひとたちでした。

彼女たちのアイドルとしてのサインも入ったそれを表彰状のように受け取りながら、その日、わたしは思い出しました。一般人に包囲されていた恐怖を。


それはもう見事な寄せ書きでしたとも。親類、縁者、クラスメイトは勿論、知っているだけのひと、はじめてのおつかいに行ったお肉屋さんの店主とか、小学校のときのカルタ大会でだけライバルだった他クラスの元同級生、そんなちょっとよくわからない関係者まで集めに集めた記名がじつに100名以上。寄せ書きとしてこれほど見事なものはなく、だからこそわたしの気分はいっそう沈むのでした。


でもまあいいでしょう。向こうとしては、これで満足な絵面は取れたのでしょうから。寄せ書きはあとで丁重に部屋に飾っておきます。妹の部屋に。


(歌声を届けろ! に続く)

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