ひきこもり内気少女が元気すぎるジュニアアイドルグループに番組企画で突撃される話

もーち

XI オープニング アクト

第1話 呼びかけろ!


ひきこもっています。

といっても、まったく部屋から出ないわけではありません。

たしかに中学校には通っていません。でも、ひきこもらないことだってできます。

でも、今現在わたしはひきこもっています。

理由は言えません。ただ平和にひきこもれていました。あのときまでは。

なにか、両親の気にさわったのか、神様の怒りに触れたのかはわかりませんが、あれが突然やってきたのです。

ひきこもりにとっての天敵、カエルにとってのヘビ、シマウマにとってのライオン、ウイルスにとってのマクロファージ。

内気で暗い女子であるわたしにとっての天敵は、明るい笑顔のアイドルでした。


 明け方、ひと仕事終えてネットニュースの中継を見ます。ネットカフェへひきこも…たてこもった男性犯人を警察が包囲する緊迫した現場の生中継でした。

 わたしは気分を悪くしてチャンネルを回します。わたしの名前はまや、甘ヶ崎 真夜マヤ。人生の酸いも甘いもなめ尽くし、苦渋に満ちた日々を知り、決してあまちゃんではありません。

苗字は甘ヶ崎ですが甘えてなどおりません。

 ここは部屋、もはや聖域、聖域なき構造改革でも踏み込めなかったわたしの拠点です。パーソナルスペースです。見知って住み心地はよいものの、完璧に自分の好みに飾り立てているというわけではありません。そこまでするのは引きこもりの分際でおこがましいですから。

 さて、四人家族です。母親と父親、来年には同じ中学にあがってくる妹がいます。どなたもおめでたい家族です。

 将来設計についてお話しいたします。私の真っ暗な未来。いいえ、まったくお先真っ暗なんかでは。薔薇色です。たとえ部屋から出なくとも、先物取引や株取引、ハイレバFX、これらを使ってクリックひとつでお年玉の十万円が――消失しました。いいえ、別の誰かの物になっただけです。消失してはいません。ちなみにわたしはこれから秒速で億を稼いで取り戻す予定なのでこんな出費はまったく痛くありません。


ピンポ―ン……。


インターホンが鳴りました。

警察は明け方にやってくると言います。残念。ひきこもりは昼夜逆転しているので効きません。夜討ち朝駆けなんでもござれです。そっと、カーテンを開いて窓からおしはかりました。

5人以上のむくつけき男たちが大がかりな機材を持ってわが家に立ち入ろうとしていました。


!!


シャッとカーテンを閉じました。秒で。

悪い予感的中。でも、あれは警察には見えません。どちらかというとテレビクルー? わたしは急いで布団にもぐり、浅い眠気を掻き集めるよう眠りにつく態勢をとりました。

なぜって、おもに現実逃避です。ダチョウは危機に瀕すると頭を穴に突っ込んで見なかったことにするといいます。ダチョウ症候群ですね。

「よろしくおねがします」誰か大人がそうのたまったのが耳元にしっかり聞こえました。それでイヤホンを付け忘れていることに気付いて、装着し、総計13時間のASMRを再生します。スマホを置きます。寝ます。

                    


「あまがさきさやちゃーん! あたしナナ! ”スマイリーM”のナナだよ!! 特技はダンス! 好きなことは体を動かすこと! 尊敬している人は二宮金次郎! 苦手なことは歌で、いままで行った中で思い出の場所は――」


突然、ドアの向こうから、誰かが自己開示してきました。誰か? スマイリーMのナナです。すごく筋の通った透き通るような綺麗な大声で聞こえました。おそらくボイストレーニング?の成果らしく。だって彼女は


「――あたしアイドルだよ!」


らしいので。


「おーいマヤちゃん、一緒にお外へ出ようよ!」


別の声が響き渡ります。”おーいマヤちゃん、一緒にお外へ出よう!” ”おーい水島、一緒に日本にほんへ帰ろう!” ”おーい磯野、野球しようぜ!”

2番目にきこえた声はまた別の特徴をもっていました。しっかり者の声です。私のことをすごく心配しているという感情が声にとても乗っていて、たぶん、演劇?とかいうハイカルチャーを通して身につく技術なのでしょう。わたしはおもわず身を震わせました。


「さやちゃん?」


「マヤちゃんだよ」


「もうナナ、あなた名前を……」


小声でのやりとり。ガン聞こえてますが。


「おほん、あらためまして私たちは、あなたを部屋から出すために派遣されてきたんです」


「題してアイドルの突撃!チャレンジ街道 新編 ”引きこもり少女を救え!” ぱちぱちー」


続けざまに3,4人目の声まで。


「ドアをたたいて!」


「ナナそれカンペ」


陽キャ笑いがとよめきます。


「あっ、そっか」


この後に起こった出来事は驚くべきものでした。立て続けにドアがおもいきりバンバンバンと十回くらい叩かれます。心臓が飛び上がりました。『シャイニング』なんて観るんじゃなかった。


「ストーーップ。んんん。やっぱりねえここでマヤちゃんの声欲しいなあ声。臨場感に欠けるよ」


この野太い声の男のひとはディレクターさんでしょうか?


「えぇ、そうですか?」




「できるかなマヤちゃん? 何かひとこと喋ってくれるだけでいから!」


野太い男のひとの指示がドアの向こうから送られてきました。


「じゃいってみようか、3,2,1 キュー!」


「マヤちゃーん!出てきてよー!」


再開して何回かドアが叩かれたあと、今度は不自然に周囲が静まり返ります。もしかして、これわたしの台詞待ちってことですか!?


「………………………………………………」


長い沈黙。わたしの意識は遥か教室へと移動していました。


「どうしたんですか甘ヶ崎さん。当てましたよ。答えてください」

「どうして何も返事をくれないの? もしかして反抗してる?」

「1327を4つの平方数に分解する問題ですよ。甘ヶ崎さんねえ聞いてるの!」

みんながわたしの発言をただじっと黙して待っている、そんな空気がアルティメット耐えられないのです。胃が裏返りそうで。


(やばい吐きそう……)


吐きそうです、と喋る自分を想像してみました。やっぱり声は出ません。


「マヤちゃーん、出てきてー!」


呼びかけの波状攻撃。


「寝てるのかも…」


ちょっと気遣った調子で4人目の声がいいました。


そ、そうわたしは眠ろうとしていたのです。お馴染みのASMRをセットして、布団に入って、すやすやり、ノンレム睡眠。レム睡眠。ながいあいだわたしは夜早くから寝ることにしたものです(いま夜明けですが)。


そのときちょっとした事故が起りました。スマホがサイドテーブルから滑って、転がり落ちます。イヤホンの線が抜けます。わたしが眠る前に聴いている音声が生で、生放送で、オンエアで(収録かも)、全国のお茶の間にお届けされてしまう危機です。某ラブコメキャラに「死ぬ寸前にすがるやつ」と言われていたあれが!


「ああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


そんなの叫んでかき消すしか無いじゃありませんか。ねえ? 


こうしてわたしの幸せな引きこもり生活は籠城戦(:三木城の戦い)に変貌したのでした。



                    米


某年某所。リビングのスクリーンに映像が出される。番組名「アイドルの突撃!チャレンジ街道」。今週のオープニング――(テロップ)『消滅集落をアイドルの力で再建せよ!――シリーズクライマックス』

荒れ地を開墾する農作業服姿の少女たち。人数は4人。泥だらけになりながら笑顔を浮かべて、少女の手にそぐわない大きな鍬を掲げている。傍で現地民の老人は歩行補助用の杖を手に携えて見守っている。

映像が切り替わって、汗をふくシーン。空き家の改装、動物を捕まえる場面、現地民との夕食、キャンプファイアーなど総集編でさまざまな回想をつなぐ。

ナレーション――メジャーデビューを目指す新進ジュニアアイドルグループ”スマイリーM”、明るいリーダーのナナ、しっかり者で元気なアイコ、みんなのお姉さんキリエ、気のいいお調子者のアカリ、これまでさまざまな企画に立ち向かい、限界へと挑んできたこの四人――云々。



「この番組すきー」


円卓で朝食をとる家族。「遠洋カニ漁したこともあったよね。あれ面白かった!」とマヨは喜ぶ。両親は顔を見合わせた。ネット配信の番組などついぞ見たことがないのだ。画面に映し出される満面の笑みの4人の少女たち。


「カニ漁楽しかったねー」とナナ


「またやりたいね」とアイコ。


「そうですねえ」とキリエ


「あのロケ何ヶ月くらいだっけ?」とアカリ


「8ヶ月」アイコがぶっきらぼうに答える。


「そっか、なら今度オフシーズンにもういちどプライベートで行こうよ! みんなで」アカリが提案する。


「私達のオフシーズンどれだけ長いのよ」とため息をつくキリエ。


「今度オフがあったら群馬へ温泉旅行って決めたでしょー」とナナが突っ込む。


四人はメジャーデビューをもくろむジュニアアイドルグループだ。今回は番組の企画として一人の引きこもり少女を更生させるべく、甘ヶ崎家のリビングまで訪れている。


「うちのどうしようもない長女をリサイクルしてくださるというのは本当ですか!?」


スーツ姿の父が言った。ディレクターが答えた。


「未来の伝説アイドル、スマイリーMちゃんにできないことは無いですからね。あとは撮影にご協力を」


父はぶんぶんと頷く。


「あ、予めお伺いしますが、撮影上ドアを取り外しても?」


「結構ですよ!」


「壁を取り壊しても?」


「娘の部屋なら結構です!」


「煙で燻り出しても?」


「いえ火気はちょっとまずいですね。御近所さんの苦情が」


「承りました。破壊までオーケー、それで絵を描くことにしまして……あ、彼女たちに暇出しといて。お父さんたちの出発風景撮るから」


「お姉ちゃん出てくる。わーい!わーい!」


マヨの元気な声がだんらんのリビングに響いた。



(2話 寄せ書きを集めろ! へ続く)

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