破片の記憶~力様~

余は...その戦いで滅んだはず...

あの矢で...

だが、余はまだいる。

ここに...

しかし...これは一体どういうことだ...

余の体は

実体が...ないんだ

その上に感覚は視覚と聴覚しか残されなかった。

何なんだ、この感じ...

...

記憶は確かにある...さらにあるも...

でもその感情がどうするかとかの以前の問題だ。

ここはどこかは全く分からない...

目に見えるのは...余の見たことのない風景だった。


目ぐらいは動けるような感覚で周りを見ようと思ったが、視野が狭いせいでほぼ前方しか見えない。

と言ってもただ別の建造物が見えるだけで...自分はどこにいるかは分からなかった。

一つ言えるのは、ここは余が訪れたことがある地ではない。

いや...訂正する...訪れたとしても余が見てきた風景とは違うだけかもしれない。

少なくとも余の視野の範囲内に映った人間の肌色...顔立ち...言葉...

余は見たことも聞いたこともないからだ。

ここは...どこだ...

なぜ余はここにいる...

閉じ込められたかのように...牢獄よりも恐ろしく、動く自由さえも与えられなかった。

...

分からない...

崇高なる神にお祈りしたとしても、返事がなかった。

余は...何のためにここにいる...

その答えが分かるまでは...もっともっとこの先だった。


時間はどれぐらい経ったか...

日が昇り...沈む...

幾度も繰り返したから、もう数える気もなくなった。

どうせ何も起こらない

現に今余はここにいる

動けないまま、ただ目の前に目にしているものを目視するだけ...

時間が経ったにつれ、ある日言葉を発することができるようになった。

少しだけだが...なかなか念を込めないと、声を発することはできない。

声を発することができたとはいいが、何を言う。

ここにいる人間たちにも分かるような言葉ではないと意味がない。

意思疎通ができるようにしたいが、通り過ぎる人間たちが口にした言葉しか聞き取れない。

まずは...アツイ

よく耳にした言葉だ。

全員がそろいもそろって発する言葉だ。

文句の言葉にも聞こえなくもないが...重要な意味があるはず...

その後...声を発するときはこの言葉にした。

次に聞こえてくるのはイタイ...

何々がイタイとかはよく聞こえたせいか何かを訴えるようなまた別の文句の言葉だと思うが、

それなら、この二つの言葉で何か余の現状も訴えることができる...

そのはずだった...

そのアツイとイタイはどういう意味なのかそれを知ったのはかなりその後だった。


それからか...余は移動させられたみたいで、別のところに置かれたかのようだった。

抵抗もできないから、無理矢理とも言えないまま...ただ連れ出されたとも言える...

そこはまた別の風景が見えた。

見えたのは木造の建造物は確かだが...形は今まで見てきたものとは違っていた。

移動されてからどれぐらい経ったか分からないが、今まで目視しただけの気持ちは目視から観察に変わった。

狭い視野だが、目の前の出来事はちゃんと見える。

そのおかげでいつもここを通っている人間の顔も徐々に覚えてきた。

あの人間の子供は...余を見る度に泣き出した。

あの老人の女性は決まった時期で余の前にものを置いていた。

それは食べ物だと分かったが、余にはそれを食べることができないところか空腹になったこともない。

たまに置いてあった食べ物は動物の餌となったこともあり、知らない人間がそれを取って食べたときもあった。

余には関係ない話しだが...

たまに誰かが話しかけてきたりもした。

しかし、それを答えることもなく...ただ聞いただけ...

それもまた苦しい...

何を言っているか分からないのに、こっちも何も伝えられないままで人間は去っていた。

これは何の罰なんだと今更崇高なる神に訴えてみたが、やはり何の返事もなかった。

神にお願いすることをやめた余は発することができるアツイとイタイという言葉を毎晩毎晩繰り返した。

それからは人間たちの余のことを見る目が変わった。

言葉が分からなくても、その表情は余にはよく知っている。

それはだ。

要するに発した言葉は人間たちを怖がらせたみたい...

まさに余らしいことをしたかと言われると、らしいといっても良い。

久々にこのような反応が見られて、これもこれで...【楽しい】


こうして人間を怖がらせていたある日...

余の前に訪れて、ある人間は余に水を注いだ。

水のせいで...拭き取れなくはっきり見えない視野...

不快だ!邪魔だ!

何の真似だと言いたかったが、何もできなかった。

そして、いつも言葉にしたのは...

それは余のことなのか?

余のな...名...は...

もう本名まで忘れてしまったのか。

それ以来...余の前に訪れた人間は全員揃って余のことをリキサマと呼ぶようになった。


それから同じ服装をしている人間は...毎日欠かさず...余に水を注いだ。

グウジ?と呼ばれた人...人たちだ。

その人間が別の人間に変わっても...どれほど時間が経ったとしても...同じことをしてきた。

余もそれに慣れたから、今日も来たかの気持ちで怒ることも飽きて待つことにした。

何の意味があるだろう

余には何も聞けないが、毎日長い間その行為をするのは何か意味があるはず...

じゃないと、あまりにも酷すぎる刑罰だ。

余ではなく、そうしてきた人間たちはどんな罪を犯して...こんな罰を受けるだろうと思ってしまった。


そんな罰のようなことを毎日受けた余だが...

余も観察を怠らなかった。

無論...風景が時の流れで変わった。

人間も変わった。

あの時見かけた人間の子供は大人になり、後に老人になって...余の前に現れなくなった。


そう...

人間はいなくなる...風景も変わる...

毎日注がれた水のように...流れて落ちて...なくなる。

そして、また新たな水がやってくる...

余がそう理解した途端、人間を見る目もまた変わった。

なぜか新しいことを目にすることが楽しみだと感じはじめた。

次はどのような人間が現れるだろう...

次はどのような食べ物が置いてあるだろう...

次はどんな人間が余に話しかけてくるだろう...

そう思ったとき、不思議なことに少しずつだが...人間の言葉も理解できるようになった。

長い年月聞き取ったおかげかそれとも今更崇高なる神に与えられた力なのか分からないが、それを糧に今日も余がここにいることを証明すると決めた。

ただここにいるだけでそれもまた証だ。


ようやく楽しみの気持ちが湧いてきただが、

ある何もない日...

いつものグウジじゃなく、別の人間がやってきた。

そして、その人間...人間の姿をしたアイツが口にした言葉を聞くと...

余はなぜここにいるかやっと本当の理由が理解できた。

余は...何よりも楽しみにしていたものは何かやっと分かった。

その日が訪れることをとても楽しみにしていた結果...


やっと現れた...


余...の...

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