設楽(ラーム)

現在よりまた5週間前に遡る


ネパールの南東部に位置する街、【ジャナクプル】


インドの国境にも近いこの街はカトマンズから来るには飛行機か長時間バスしかないが、当然予算では格安バスで長時間移動の選択肢しか蘭華に残さなかった...切実に...財布的な理由で...

ジャナクプルにようやく到着した蘭華はかなり年季が入ったバスを出て、移動中の疲れを吹き飛ばそうとしたように両腕を伸ばして軽くストレッチしていた。


「う~ん...ついに来たな、ジャナクプル!」と疲れた様子とはあまり感じないワクワクとした感の声で自分に言い聞かせた。


「やっぱり旅の醍醐味の一つは移動中だね...バスが突然壊れたり、乗客がそれを手伝う羽目になったり、そして...みんなの力を合わせて、見事に泥にハマったバスを全力で押し切ってようやく旅が続けられたこととか...まさに!これは冒険だね!」とドが付くポジティブ思考が疲れた脳の回路に現実逃避ルートをドリフト全開で逸脱しようとしたとき、腰の痛みと筋肉痛という現実が蘭華に目覚めさせた。


「あ...若いほど筋肉痛が早く来るというのは本当なら...私はまだ若いという証だよね!」と自分にまた言い聞かせた後に、やはり限界がきたそうだ...

「は~お金があれば飛行機に乗れたのにな...」と今更だが、自分の財力の限界を実感してしまった蘭華だった。


「そうだ...設楽さんに安着連絡をしない...と!」と同時にスマホを取り出して、現代人の必須アイテムであるWi-Fiが使えるようにポケット型の通信機も電源を入れ始めた。起動と接続したことを確認した後に自分のスマホで一枚写真を自撮りして、チャットSNSのアプリでメッセージを打ち始めた。


「無事にジャナクプルに着きました!...これから満喫していきます...と」とメッセージを確認して先ほど写真と共に送信した。


「しかし...設楽さんと親戚たちのおかげでカトマンズを満喫したな...ローカルの人と一緒に行くと、また違う味の旅ができてよかった~!今日からは観光客らしく普通の観光をしよっと!」と普通の旅行の定義の中では女子一人が異国の長時間バスで移動することが普通だとすれば、それは普通と言えるでしょう...か?とにかく、無事に着いた蘭華は旅の続きを進めようとした。


と...その前に...蘭華は数日の旅のことを振り返った。


数日前に遡って、カトマンズ

ネパールの首都カトマンズでの滞在は特に大きな問題がなく、最初の計画とは違い、思わぬガイドの設楽さんと彼の親戚が親切に車を運転して、案内までしてくれた。


「わざわざ日本から来たお客さんだし、さらに設楽こいつの頼みなら歓迎するよ。行きたい場所はどこでも連れていくから、言ってくれ!」と親戚の方に言われて、断るもの失礼だから、お言葉に甘えることにした。

もちろん設楽さんも同行した...久々のネパールだから、自分も子供の時以来あまりザ!観光地!という場所には行かないから、ぜひ行ってみたいと言われて、親戚の方...(あとでシン・クマールさんという苗字が分かった)と彼の家族の奥さんとお子さんと設楽さんという大所帯みたいな団体で観光地を廻った。


本当に初対面の人にとっては親切すぎると思ったが、この暖かいかつフレンドリーな雰囲気は、こういうのは何だけど...あまり日本の都会では味わうことができなくなった。ここでの歓迎は素直に受けることにして、初めてのネパール旅行はいい思い出を作ろうと蘭華が自分の心に決めた。


仏塔ストゥーパから広場...寺院から美味しいダルバートの店まで...2日間での滞在は充実な旅になった。


旅の途中で話をいろいろ聞いてみたら、親戚のクマールさんは設楽さんのお父さんが働いていた日本の都内にあるインド料理屋で何年か働いたことがあったそうだ。その後はネパールに戻り、現地で逆に日本料理屋を始めた。

彼曰く「日本の料理の味は素朴で繊細だから、ネパールでは味にあまり会わない人が多い。やってみた結果、最初はあまり受け入れられなかった。しかし、日本の観光客が口コミで聞いて、寄ってきてくれて、それをさらに広げてくれたおかげで今は安定しているよ。と言っても...結局受けたのは唐揚げや焼き肉など日本の定番な定食ばかりだ...もちろんメニューを増やしたいけど...新鮮な魚を扱うにはかなりの投資が必要で...俺もあまり得意じゃない...だから今はネパールの日本定食屋という看板でやっているさ。」

「なるほど...ネパールは海に面していないから...やはり、刺身とか寿司とかは難しいかもしれませんね...最近の物流では昔よりコストを抑えることができるかと思いますが」と蘭華が自分の意見を述べてみた。

「そうね。でも得意じゃないところをやろうとしてもあまり出来が悪くなったり、さらにコストがかかるかもしれないから、得意なところを伸ばすことにしたよ。最近は新しいメニューを開発しているんだ...日本ではたぶん食べる機会がない「」の定食を!」

「バッファロー...って...ですよね?」

「そうそう...今はバッファローの焼き肉定食と...バッファロー肉のメンチカツ定食を試しに新メニューをやっているよ...あと...牛かつではなく、も試作を作っているんだ。」

「そう...なんですね。お客さんに受けるといいですね。」と少し驚いた蘭華はそう答えた。ネパールでの2日間で分かったのはここの食べ物は様々なお客に受け入れられるようにバリエーションが豊かということだ。南アジアではヒンドゥー教の人口が多いため、まずは日本みたいに牛肉は食べない。それどころかよく噂で聞いた「牛が町の中に歩いてる」は実際に目の前に見てから、ああ...本当だという実物で脳内が理解できたという感じだった。さらに言うと、イスラム教の教徒は豚肉を食べないことにも加えて、代わりによくいただいたのは鶏肉か羊肉だ。「ハラル認証」も必要だし...あとはベジタリアンの人も少なくない。そのために観光地ではお客さんに合わせるスタイルで料理のバリエーションが豊富になった。


これはじゃなく、様々な宗教や思想が生み出した【異文化】の受け入れ態勢だなと蘭華が感心した。今回のバッファロー肉もある客層のニーズに応えるために生まれただろう...食べ物が宗教や信仰上の理由で食べられない人にとってはここネパールは受け入れやすい場所だ。このような食べ物の事情の話は東アジア地域、特に日本ではあまり違和感を感じたことがない話かもしれないが、世界は本当に広いなと実感した蘭華でもあった。


「やはり今回の旅でいろんなことが体験できたこそ、旅になるんだな...」と自分につぶやいたように言った蘭華。そして、それに聞こえた設楽は「よかったです、楽しんでもらえて。」と蘭華に微笑んで見せた。

「こちらこそ、本当に2日間お世話になりました。ご家族の時間にお邪魔しちゃって...申し訳ないです。」と設楽に日本語で話したら、クマールさんの奥さんが日本語が分からないのに、さっき蘭華が言った言葉を拾って理解したかのようにネパール語で会話を繋げた。

「気にしないで。夫は日本にいたときによく日本の人に助けてもらったりしたから、恩返しをしたい気持ちでやったの...ただそれだけだよ。」

「あ、そう...ですね...分かりました。本当にありがとうございました。おかげさまで楽しい思い出ができました。クマールさんたちにもお礼をしないと」それを聞いて笑顔でうなずいた奥さんとクマールさんを見て安心した蘭華...そこにいる小学生ぐらいの2人の息子にも微笑みでお礼を言おうとしたとき、その子が突然二人揃ってある名前を口にした。


しかも二つの「名前」...


「ラーマ...」

「シーター...」


「ん?何?」まだ聞こえた言葉の意味がよく理解できていない蘭華は子供の二人に尋ねてみた。

すると、設楽と蘭華に指で指した子供は「ラーマ様...シーター様...二人...楽しい?」とまた二人の子供が揃って同じ名前を口にした。それに対して、蘭華と設楽はお互いを見て、奇妙な気持ちになった。


「こら...指を指すじゃない!すみませんね...この子たち...昨日からお二人の顔を見たら、急にお二人を【ラーマ】と【シーター】と呼びはじめて...」と奥さんが子供たちの奇妙な言動について説明をした。

「私たちは...ですか?」と自分に指して、もう一回確認した蘭華だが、設楽は笑い出した。

「ははは!...どうしたんだい?確かに僕の名前だけど...様は別にいいんだよ。」

「え?」蘭華はさらに会話についていかない様子だった。それに気づいた設楽は次に説明をした。


「ああ...僕...フルネームで設楽・シン・羅亜夢ラームです。よくご存じかと思いますけど、【ラーマヤナ】の【ラーマ】から由来しました。でも、ただ名前が同じだけで様と呼ばれるなんてないですけどね...はは」と説明と共に笑った設楽...ラーム。


「じゃ...私は...シーター...なの?」とまた自分を指して、確認を取ろうとしたように質問をした。

シーターは同じラーマーヤナの登場人物で、ラーマ王子の妻であり、物語の中心的な人物である。というより、妃が浚われて、彼女を取り戻すために大戦争が耗発した原因でもあるが...それは物語の中の話...


「子供の言うことなので、あまり気にしなくてもいいですよ。でも、もしかして蘭華さんは【シーター妃】の生まれ変わり...だったりして」と興味深々に蘭華を見つめていると...その視線を見た蘭華が急に恥ずかしくなって視線を逸らした。それはそうだ。そっちは王子でこっちはお姫様なら、次の展開はもうとっくに分かっている。


何で急に恥ずかしくなったんだ、あたし!っていうか設楽さんのが唐突に来たから...もう...

「か...からかわないでください...設楽さん」とごまかそうとした蘭華だが、ラームは微笑んで、さらに追い打ちをした。

「からかうつもりじゃないですけど...蘭華さんと会って2日間ちょっとですが、蘭華さんは素敵な方ということはもう分かりましたから、ぜひ日本に戻ってもまたお会いしたいです。」

「な!まだ会って間もない私にそんなセリフをよく真顔で言えますね...設楽さ...いいえ、ラームさんって」と少し呆れた表情でラームを見つめ返した。

本当に言うと、会って間もない人とはここまで親しくなるとはやはり不思議だ。まずはあなたは私の何かが分かるの?と警戒することは普通の反応かと考えられたが、この人とは本当に始めてあった気がしないんだ。ベタな感じでいうと、あなたはどこかで会った気がする...運命を感じる的な?と言ってもやはり不思議だよな...この人と話すと、こんなに親しく感じるなんて...と頭の中で自分が今の気持ちになった理由を見つけようとしたそのとき、運転席からクマールさんの声が聞こえた。


「おーい、ラーム...いつからレディーにこんなに積極的になったのかい?というか明日の予定を聞いた方がいいじゃない?」と二人の会話&雰囲気を割って入ってきたクマールさんの話でラームは何かを思い出したように蘭華に話した。

「そうか!明日から僕たちは親戚が住んでいる村に行くよね...蘭華さんと共に行動するのは今日で終わりですね...残念です。ところでもう明日の予定が決まりましたか?」と蘭華に問いかけた。


それを聞いた蘭華はよくぞ聞いてくれた!みたいな満面の笑みでラームを見つめて、その問いかけの答えをした。

「はい!決まっています!まさにさっき話題になった!ま・さ・に・!ラーマ王子とシーター妃が出会った...そして、二人が結ばれた場所、です!」と...ここまで設楽ラームと彼の親戚たちとの旅を思い出に浸っている蘭華だったが、次の目的地に着くことでもあり、数日間のいい思い出と共に益々ワクワクが止まることがなかった。


「よーし!お待ちかねのジャナクプルの旅を始めよう!」と歩き出した蘭華を待ち受けるのはいい思い出だけではないがだ。


もちろん...蘭華本人にはまだ何も知らないままで旅を続けるであった。

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