第28話 すれ違い
「よう彰! おはよう!」
下駄箱の前でため息をついていると、後ろから藤二が肩を組んできた。
朝練終わりのようで、制汗剤の爽やかな香りがする。
遅れてやってきた他のバスケ部のやつらも「おはよう」と話しかけてきた。
「ああ、おはよう。藤二たちは今日も朝から元気だな」
そのまま俺たちは集団で教室まで行く。
途中で、俺が持っていたバスケット(瀬能さんが昨日公園に忘れたもの)について触れられたが、うまく誤魔化した。
リア充たちの話のペースの速さにはまだ慣れないが、こんな風に誰かと話しながら教室に行けるようになるなんて、いまでも信じられない。
教室に着くと、俺に向けられた「おはよう」が何個も耳に届いた。
そのすべてに「おはよう」と返しながら自分の席まで行き、ふぅと首を回す。
「……で、なんかあったの?」
「うわっ! と、藤二」
いきなり声がして、びくっと体が跳ねる。
自分の席に向かったはずの藤二が、俺の前の席に座っていた。
「そんなに驚かなくても。……んで、なんかあった?」
「なにかって、別になにもないけど?」
「隠さなくていいって。顔色悪いぞ。くまもすごいし」
目元を指さしながら藤二は笑う。
俺は口を手で覆い、意識的にあくびをしながら答えた。
「まじで? 昨日はよく寝たはずだけどなぁ」
「だから誤魔化すなって。明らかにいつもと違うじゃん」
「……ははは」
気がつけば、俺は引きつるように笑っていた。
なるおど、藤二はなんでもお見通しってわけね。
たしかに、公園でのことが忘れられなくて、昨日は一睡もできなかった。
「すごいなぁ……藤二は」
「別にすごくねぇよ。……瀬能関連?」
「正解」
そこまでバレているのなら、誤魔化す意味はない。
「へぇ、喧嘩でもした?」
「いや、喧嘩じゃないけど……少しだけ、気持ちのすれ違いっていうか」
「気持ちの、ねぇ。すれ違い……」
俺の目をまっすぐ見ながら、つぶやく藤二。
はっきりしない俺の答えに納得していないのは明白だった。
「でもまあ、そういう時もあるわな。人間関係だし」
しかし藤二はそれ以上追及してこなかった。
背伸びをしながら、気の抜けた声を漏らす。
深刻に考えても仕方ないだろ、と言われた気がして、少しだけ心が楽になった。
「結局みんな他人なんだ。わからんもんはわからんしな。いくら悩んだってさ」
「悩んでるっていうより、不安なんだ。瀬能さんの本当の気持ちがわからないから」
俺には藤二みたいに、人の気持ちを察する能力がない。
母さんを自殺に追い込んだのも、その能力の欠如のせいだ。
「なんだよそりゃ。そんなもん気にしたってしょうがねぇだろ。他人の気持ちを考える時って、誰しも不安になるよ。どうやったってわかんねぇもん。でも彰は行動してるんだから悩む必要はねぇ」
「そういう、ことでいいのかな」
「そういうことでいいんだよ。人はなにも教えてくれないのに、誰かにわかってほしいといつも思ってる。ちゃんと言葉にしないとわからないって言うくせに、いなくなった後でわかってあげられなかったって自分を責めて後悔する。だから、察そうと努力するやつよりバカみたいに行動するやつの方が、絶対に他人を救えるんだ」
にっと笑う藤二の笑顔を見て、話してよかったと思う。
ひとりで抱え込んでいたって、いいことなんてなにもないな、ほんと。
行動、しなきゃだよな。
眠気も吹っ飛んだ。
「ありがとう。元気出たよ」
まあ、その後、子守唄と呼ばれる物理の先生の声を聞き、ぐっすり寝てしまったのだけど。
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