第14話 本質

 その日の昼休み。


 俺は踊り場から屋上へ出る扉から顔だけ出して、瀬能さんに近づいていく藤二を見守っていた。


 どうしてこんなことになっているのかというと、あの後、食堂の自販機の前で飲み物を買う時に。


「なぁ彰。今日の昼休みなんだけどさ、少しだけ瀬能と話す時間をくれないか。二人だけのイチャイチャタイム奪って悪いとは思ってるけど」

「イチャイチャなんかしてないって!」

「いいかげん認めろって。週刊誌にすっぱ抜かれた芸能人カップルかよ」

「仲のいいお友達だと本人から聞いておりますが」

「プライベートは本人に任せております、の間違いだろ」


 俺の頭をくしゃくしゃしたあと、藤二は真剣な顔に戻る。


「昨日ちゃんと謝れてなかったから、俺、瀬能にきちんと謝りたいんだ」


 というわけで、俺はこうして二人の様子を隠れて見ているというわけだ。


「よ、瀬能」

「え? な、な――桐原、くん?」


 俺がやってくると思っていた瀬能さんは、目の前に現れた藤二を見てがばっと立ち上がり、おろおろきょろきょろしている。


「そんな怯えなくていいって。ちょっと話したいことがあるだけだから」

「は、話したい、私に?」

「今回はうそじゃない、本当の気持ちだから、聞いてほしい」


 藤二の本気さが伝わったのか、瀬能さんの体が静止する。


「ありがとう」


 安心したように笑った藤二は、身体の横で握りしめていた拳をふっと解くと、大きく息を吸い込んで。


「これまで本当に申しわけなかった!」


 いきなり叫びながら土下座した。


 屋上にこれでもかと額を擦りつけている。


「えっ……、あ、あの」


 瀬能さんはとにかくあわあわしていた。


 俺も藤二がそこまでするとは思ってなくて、とっさに飛び出しそうになった。


「俺は二人を仲違いさせようとした。でも二人はそれを乗り越えた」


 藤二は一心不乱に言葉を紡ぐ。


「そんなお前らを見て、俺は心の底から羨ましいって思った。だから、本当にすまん」

「え、あ、桐原くん?」

「後、これもおこがましいってわかってるけど、俺は、辻星彰って男をすげぇかっけえって思ったから、尊敬してるから、だから!」


 藤二はさらに大きな声を出す。


「彰と、友達になってもいいですか?」


 やりすぎかもしれないけど、こうやって土下座までして誠心誠意謝罪する心の清らかさ。


 瀬能さんにまで俺と友達になることの許可を求める律儀さと謙虚さ。


 きっと藤二の本質はこっちなんだろうなと思う。


 自分の非を認めるって簡単にはできないもん。


 仕方がなかったんだって開き直って諦める方が楽だし、傷つかないから。


「えっと、あの」


 そんな藤二を見下ろしていた瀬能さんは、厳しい表情を浮かべたまま、


「……わかり、ました」


 小さく顎を引いた。


「本当か?」


 藤二がガバッと顔を上げる。


「はい。私は、あなたを許します」

「ありがとう。瀬能」


 藤二がもう一度、頭をコンクリートに擦りつける。


「あ、あの、だからもう土下座は、大丈夫です。だってあなたが、いい人だってわかったから」

「俺がいい人? どうして?」

「だって辻星くんのことを、その、かっこいい、尊敬できるって、言ってくれたから」


 体をもじもじさせている瀬能さんを、口をぽかんと開けた藤二がじっと見つめ。


「信じる理由もそれかよっ!」


 急に笑い始めた。


「え……え、え?」


 腹を抱えて笑い始めた藤二を見て、瀬能さんはまたおどおどきょろきょろと首を動かしている。


「はーあ。ほんとに、お前らには敵わねぇよなぁ」

「えっと、その、あの…………桐原くん?」

「でもさ、瀬能」

「はい!」

「ありがとう。俺のこと、許してくれて」


 藤二は、指で目尻からあふれた涙を拭った。


 それを見ていた瀬能さんは、胸に拳を押し当てる。


「あ、あの、桐原くん」

「ん? どうした?」

「えっと、その、ひとつだけ訊きたいことがあるんですけど、大丈夫ですか?」

「いいぜ。本気で答える。訊きたいことって?」

「えっと、それは……」


 瀬能さんがそのつづきを言うのと同じタイミングで強い風が吹いた。


 目に風がしみ込んだため、俺は二人から顔を背けて屋内に引っ込む。


 そのせいで瀬能さんがどんなことを尋ねたのか、聞き取ることができなかった。


 慌てて顔を向けなおすと、口をぽかんと開けている桐原くんがいた。


「……お願い、します」


 瀬能さんがぺこりと頭を下げる。


 桐原くんは、また笑った。


「ははは。そっか。やっぱお前ら、面白いな」

「え? 面白い?」

「こっちの話だよ。まあ俺の場合は、そうだなぁ……。そういうもんだと思ってるから、としか答えられないけど」


 ちらりと藤二が俺の方を見た気がする。


「そういう、もの?」

「要するに難しく考えるようなもんじゃないってこと。次から瀬能もそうしてみればいい」

「でも、いいの、かな?」

「いいに決まってるだろ。……頑張れよ」


 いつもの爽やかイケメンモードに戻った藤二は、立ち上がって膝をパンパンと払う。


「じゃ、俺はこれで。もうすぐ彰も来るだろうし」


 瀬能さんに別れを告げた藤二が、俺のいる踊り場までやってくる。


 ばたんと扉を閉めて二人きりになると「マジ緊張したぁ」と肩を脱力させ、ふわりと笑みを浮かべた。


「よかったな。藤二。許してもらえて」

「世界一緊張してたぜぇ。でも……くそ羨ましいなぁ、このリア充が、いますぐ婚約記者会見しろ」


 俺が声をかけると、いきなり頭をくしゃくしゃされた。


 だから俺たちはカップルなんかじゃないって。


「まじ怖かったけどさ、許してくれて、認めてもらえて、本当によかった」


 大きく息を吐いた藤二を見て、俺も心が軽くなる。


「あ、そうだ藤二」

「ん?」

「最後、瀬能さんが藤二に訊きたいことあるって言ってたじゃん。なんて言われたの? こっからだとうまく聞き取れなくて」

「聞き取れなかったぁ? それはなんというかまぁ……」


 藤二はなぜかにやにやしながら俺を見つめた後、ぶつぶつなにかをつぶやき。


「じきにわかるよ。このやろー」


 また頭をくしゃくしゃされてしまったんだけど、なんで?


「んで、そん時は彰もそれに応えてやれよ。やっぱ面白れぇ二人だな」

「応えるってなにを? ってか俺は全然面白くないんだけどー」

「肝心なところを聞き逃すやつが面白くないわけねぇだろうが! んじゃ、イチャイチャタイム頑張れよー」


 その言葉を残して、藤二は階段を小学生の様に一段飛ばしで下りていく。


「おい待てよ! イチャイチャなんかしてないからっ!」


 俺がそう言い返すと藤二は一度立ち止まり、くいっとサムズアップしてから、踊り場のかげに消えていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る