第26話 過去を話した

「まあ」

「聞いてるだけなら、うまくいきそうな気もするけどね」


 アイテム屋が言った。


「もちろん、こんなにうまくはいかないだろう。だから君たちにも協力してもらって、成功率をあげるのさ」


 話の結果、職人とアイテム屋が氷の精霊をサポート。宿屋は私に同行する。医者は魔術師について、彼に万が一がないよう見張ることになった。


「では、決行は一週間後。それまで、不用意に砂漠や山に近づかないよう注意してくれ」

「はい」


 私たちはそろって返事をしたが、その声は緊張で引きつっていた。




「……決行まで間がないのに、こんなことさせてすみません」

「いやいや」


 いつもの通りにしていた方が落ち着く。そう言って職人は、私の家の改装にかかっていた。


 氷の精霊からもらった鈴を鳴らし、冷気で蒸気を押さえ込む。その間に、職人は竈の下の穴に蓋を取り付けていった。


 蓋はペダルにつながっており、竈の前のペダルを強く踏めば、蓋が大きく開く。これで強火弱火の調節をするのだ。


「ペダルの固定機能もつけとくからの。弱火や中火でキープすることもできるぞ」

「よろしくお願いします」


 そこまで見守ったところで、私は自分の作業に戻った。


「さっきからずっと、書いてばかりじゃの。あまり根を詰めん方がよいぞ」

「すみません。昔からどうも、書かないと覚えられなくて」


 外ではキーボードやフリック入力全盛なのだが、私はそれになじめなかった。新人の頃は、ノートが真っ黒になるまでメモをとり続けたものだ。


「動きの流れを、完璧に頭に入れないと……」


 私がブツブツ言い出すと、職人は黙って作業を進めた。トントンと金槌を使う音や、何かを切る音が良いBGMになって、作業が進む。


「……いてて」


 腰が痛くなってきて、私は伸びをした。いい匂いがすることに、その時気づく。


「なんです、これ?」


 振り返ると、職人はすでに仕事を終えてくつろいでいた。魔術師が真剣な顔で鍋を見つめている。除いてみると、鍋の中でふつふつと黄色いものが煮えていた。


「チーズリゾット風のなにか。たまに泳いでくる魚の心臓が、チーズそっくりの味なんだ。近くで群れを発見できて、良かったよ」


 魔術師は、私に向かってウインクしてみせた。


「設備が整ったら、僕も料理していいんだろ?」

「それは子供だと思ってたからですよ。大人にどうこう言いやしませんって」

「良かった。本当は硬めに仕上げるみたいなんだけど、米もどきが柔らかくなっちゃって。僕はそっちが好みだから、このままいかせてよ」


 若いのに、魔術師はおじいちゃんみたいなことを言う。でも、実は私もパスタやリゾットは芯がなくなってクタクタになった方が好きだ。


「そろそろリゾットはいいかな。さ、もうひとつの料理にかかろう」

「もうひとつ?」


 よく見ると、知らぬ間に竈が二口になっていた。職人がやったのだろう。


 リゾットの隣で、油がふつふつとたぎっていた。細かい泡があがるその中に、魔術師は見覚えのあるものを投入していく。


「それ、まさかエビフライ?」

「そうだよ。パン粉までお手製だから、美味しいよ」


 パチパチと香ばしい音をたて、フライが徐々に狐色に変わっていく。魔術師は最後に火を強めてからっと仕上げ、油を切り、皿にそれをうやうやしく並べていった。


 皿にはすでに海藻で作ったサラダがのっており、彩りも鮮やかだ。本当に何から何まで、私より上手である。


「食べないのかい?」

「あっ、いえ、いただきます」


 嫉妬をやんわりいなす笑みを見せられて、私は卓についた。すっかり人間の食事になじんだヒュドラもやってきて、舌なめずりをしている。


「いただきます!」


 食事が始まった。仕事をしてもらった職人と、ヒュドラは大盛りにしてもらって喜んでいる。


 フライを口に入れて噛む。さくっとした衣の感触と、中から出てくるプリプリのエビ。まるでレストランのような仕上がりに、私は目を丸くした。


「タルタルソースの満足いくのができなかったから、塩で食べてもらうけどね。料理人にもっと聞いておけばよかったな」

「これで十分ですよ」


 揚げ物を次々とたいらげて、ちょっと口の中が油っこくなってきたらサラダを頬張る。ドレッシングも程よい酸味で、とても美味しかった。


「そろそろリゾットをよそうよ。ヒュドラ、熱いから口の中やけどしないように」


 鍋から出てきた湯気の立つリゾットを見て、落ち着いていた空気が再び湧いた。


「うん、これはいい。全身にしみるの」


 食べきれないと私にエビフライを譲った職人だったが、リゾットは気に入ったようでよく食べている。


 口に入れてみると、確かにまろやかで優しい味わいだ。チーズのコクが全体をうまくまとめ、やわらかくなった米を包み込んでいる。


「どう? 少しは疲れがとれたかな?」

「……はい」


 正直、全てすっきりしたとはいえない。だが、魔術師の気持ちを無駄にしたくなくて、私は笑顔を作った。


 魔術師はそれを見ると、何故か少し寂しそうな顔をした。



「……ん」


 寝ていた私は、ふと目を開いた。室内が暗い。朝になる前に、目覚めてしまったようだ。こんなことは、水底に来てから初めてだ。


「メンタル弱いな、私」


 まあ自殺するような人間なのだから、強いはずがない。新たに直面したプレッシャーに参っているのだろう。


「いや、そうじゃないな」


 水でも飲むかと起き上がったところ──こっちを見ている魔術師と目が合った。彼はいつもヒュドラの背中で寝ているから、こんなことは初めてだ。


「起きてたんですか」

「まあね。大変なことを押し付けてしまったんだから、愚痴くらいは聞くよ。さっきの顔からして、すっきりしてないんだろう?」

「確かに何もないとは言いませんけど。なんか、死ぬ前のことを思い出しちゃって」


 疲れのせいか、私は自然と愚痴を述べていた。


「うちの両親、私が中学生のときに事故で死んでまして」


 飛行機の墜落事故だった。死者、二百人にもなる大事故だったから、当時は連日マスコミが騒いでいた。五体満足で見つかった死体すら少なく、両親はそれぞれの右手と左足しか見つからなかった。


「良い両親でしたけどね」

「……それは、辛かったろう」

「そのあとの方が大変でした。人間の中には、興味本位で被害者に近づいてくるやつが結構いるんです」


 親切にしてくれていると思って内心を打ち明けた友人が、週刊誌のインタビューに喜々として答えているのを見た時には言葉をなくした。


 そんなことがたくさんあって、私は人間を信用しなくなった。


 表面はニコニコ笑って丁寧語を使うのに、本当の内側は一切見せない。だから誰とも親しくならず、人の内側を推し量るのも下手だった。


「……で、あげくの果てにブラック企業に引っかかりまして。言葉、分かります?」

「意味は察してるよ」

「ああいうところで生き抜いた人間によくあることなんですけど、一人をターゲットにしてしつこく虐めるんですよね。その一人にもなりました。で、生きるのも面倒くさいってなって、ここに逃げこんできたんです」


 もし、私が根っこのところで人に絶望していなかったら、会社をやめていただけだったかもしれない。


「どこにいても『人』から逃げられないから、死ぬしかないと思いました。まさか水底に来てもこんなに騒がしいとは思ってませんでしたけど」


 私が言うと、魔術師は苦笑した。


「ここのみんなのことも、信用ならないと思ってるのかな」

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