第25話 作戦を練った
「ん? 君たちに見せた覚えはないけど、職人にでも聞いたのかな? これは、外敵から体を守ってくれるもので……」
「教えてもらったわけではなくて」
「私がゴミ捨て場で拾った」
身も蓋もない言葉に、さすがの魔術師もびくっと震えた。
「結構、他の物も捨ててあったわよ」
「僕のアイテム……」
おそらく、偽物がもて余して捨てたのだろうが。落ち込む魔術師が気の毒だった。
「手に入れたって私には使えないからさ。氷の精霊にあげちゃったんだけど、あいつらもしかして敵なの?」
「そうだとしたら、余計なことを……」
言いよどむ私たちを見て、魔術師は首を横に振った。
「いや、彼女らは味方だよ。それなら一つ手間が省けた」
「そうだな」
「来てやったぞ」
聞き覚えのある声がして、私とアイテム屋は振り向いた。
双子の精霊、それに雪女が、本と共に戸口に立っている。格好は変わりないが、表情が優しげなものに変わっているのが印象的だった。
「君らから来てくれるとは、感激だな」
「この男は気付いていた。お前の正体はすぐに割れる」
「そうなったら、我慢のできぬお前のことだ。早々に動くと思ってな。持ってきてやったぞ」
そう言って、精霊は氷の塊を投げてよこした。氷は透明度が高く、不安げにこちらをのぞいている画家の顔がすけて見える。
「誰が使う?」
「そこの背の高い青髪の彼と、黒髪の彼女」
双子のもう片方が、同じ氷を服屋に放ってみせる。私も、画家に氷の塊を渡した。
「雪女はやらないの?」
「うちには別の仕事があるん」
一番向いていそうな子が仕事放棄した。
「使うといっても、どうやって……」
「開け」
戸惑う画家と服屋をよそに、魔術師が低く唱えた。すると氷が平たく広がって、薄型テレビのようになる。そこに映っていたのは、洞窟の外の小島だった。
「これ、もしかして離れたところの映像が見られるんですか!? すごい」
「偽物がこれ使えたら、終わってたね魔術師」
「そうかもね。襲われて逃げ出して、精霊から年の頃が近い死体をもらって身代わりにしたけど、あいつはそれで納得しないだろうなあ」
「兄さんは死体が減ってるのを見て、だいたいのことがわかった様子やった」
「なるほどね」
魔術師が嘆息した。
「一応、通信系の道具は僕にしか使えないはずだけど、預けといて正解だったね」
うなずく魔術師の横で、服屋と画家がそわそわしている。それに気付いた精霊が、魔術師の肩をつついた。
「ああ、説明がまだだったね。電化製品は分かるかな? このアイテムを動かすための魔力、つまり電気にあたるものは僕が供給する。僕が死なない限り、切れることはない」
『理解した』
「だが、電気はあくまで『動力』だ。操作するのは君たちだから、これから言うことをよく聞いてね」
それから魔術師は、遠くを見たり近くを見たりする方法、特定の物を拡大する方法などを二人に教えた。
「覚えられたかな?」
「……なんとか……」
『完璧とは言いがたい』
二人とも、自信がなさそうに首をかしげる。
「ぶっつけ本番でやれと言っても、無理じゃろう。二人とも、ろくに戦ったこともないんじゃから」
職人に言われて、魔術師が顎に手を当てた。
「それもそうか。一回、シュミレーションしてみないとね。宿屋、あそこはまだあるのかい?」
「あるぞ」
「じゃあそこで」
「嫌な予感しかしないんですけど?」
私は異議を申し出たが、無視された。──この嫌な予感は、最悪な形で的中することになる。
「おかえりー。みんな、いい感じにボロボロだねえ」
「うるせえ!!」
なんとか生き延びた私たち──医者とアイテム屋が加わった若手三人は、一斉に怒りの声を上げた。
「なんなのあれは。なんで洞窟のくせに、壁からえぐい槍がバンバン出てくるのよ」
「人の心理を読み尽くしたような場所に、落とし穴があるのも地味に嫌だった!!」
「それはなんとか通り抜けられたんですが、虫系の召喚獣が大量に出てくるのだけは、勘弁して欲しかったです……」
口々に苦情を申し立てる私たちに対し、宿屋と魔術師は満足そうな笑みを浮かべる。
「いや、相変わらず人の心理を読み切った罠を作るね、君は。天才じゃなかろうか」
「そんなことはないが。しかし、あそこから三人を脱出させるとは、君たちなかなか優秀だな」
「お褒めにあずかり光栄ですわ」
『大分感覚がつかめた気がする』
「そっちだけで盛り上がらないでもらえるかな!?」
私たちはお互いの傷に薬を塗り合いながら愚痴ったが、誰も聞いていなかった。
「収穫が多いシュミレーションだった。これで、本番の布陣も決まったしね」
「は!?」
勝手に進んでいく話に、私たちは鬼の形相で振り返った。
「どうするかって……」
「確かに、具体的な作戦は決めてなかったがな。ほら、お前たちも機嫌直してこっちに来い」
職人がお湯を沸かしてくれた。それで濃い緑の粉末を溶く。すすってみると、昆布茶のような味がした。
「まず、最初に少人数で館に忍び込む。囚われている召喚師と、料理人を解放する」
屋敷に地下はないが、人を閉じ込めておけそうな部屋はいくつかあるという。
「へえ」
「人質の解放役は君だよ? 他人事みたいな顔してるけど」
魔術師に指さされて、私は青くなった。
「な、なんで私が!?」
「他の二人は、自分から罠につっこんでいったり、余計なところを探ったりして無駄が多すぎるんだよ。人の命がかかってるんだから、リスクはできるだけ低くしないと」
「なるほど」
「確かにこいつ、一番罠にかかってなかったもんな」
アイテム屋と医者が、したり顔でうなずく。
しかしそれは私がすごいのではなく、他の二人が、
「何かいいアイテムを隠してるんじゃないか」
「呪いにかかる前の宿屋を思わせるものが何かないか」
と邪心丸出しで探し回り、率先して罠にかかりまくったからである。人間、自分よりテンション高いヤツを見ると妙に冷静になるのだ。
そのことを述べてみても、魔術師は自分の意見を変えなかった。それから執拗に、屋敷のことを教え込まれる。
そこを回って人質を解放できたら、作戦は第二段階にうつる。
「召喚師が仲間になって戦力が整ったら、いよいよこっちが攻めかかる」
魔術師いわく、敵の守りを食い破るためには三つの段階があるのだそうだ。
「まずは『突破口』の形成。硬い一枚壁に食いこんで、穴をあける段階だね」
「要は切り込みなので、一番危険なところですわ」
「心配するな」
「それは私たちがやる」
人間たちをよそに、氷の精霊が進み出た。
「あれ?」
てっきりその役は魔術師がやると思っていた私は、目を丸くした。
「僕も、やるつもりだったんだけどね」
「お前は最後」
「偽物に引導を渡してやれ」
「……と、こういうわけさ。女性を怒らせると怖いからね」
魔術師が苦笑いした。
「さっさと次の説明をしろ」
「第二段階は、『突破口の拡大』ってやつだね。あけた穴が小さいままだと、攻め入った側が取り囲まれて潰されちゃう。だから戦力を追加して、その穴を広げるわけさ」
この役目をするのが、解放された召喚師だ。
「基本、はじめの救出が成功したのを確認してから、精霊たちが突入する。次が続かないと意味がないからね」
「……なんか、ますます私の役割が重要になってません?」
「頑張れ☆」
軽い魔術師のノリが、ひどく腹立たしい。
「それがうまくいったら、最終段階。さらに戦力を投入して敵を分断する。これをやるのは僕だね。……だいたい、流れは分かったかい?」
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