第24話 ついに真相が明かされた

「あれ、今日は庇わないの。薄情になったわね」

「この子を魔術師のところへやったら、殺されるでしょうから。そうならないために、本人にも協力してもらわないと」

「物騒な!?」


 アイテム屋が目を見開いた。残念ながら、これからもっと物騒な話をすることになる。


「決めつけるのは、どうかと思うぞ」

『そう言い切る根拠を聞きたい』

「……今、屋敷に居る『魔術師』は偽物だからです。で、こっちの子供が本物」


 次の瞬間、職人以外の全員が絶叫をあげた。服屋は『エエエエエエエ』と書き連ねた黒板を持って固まっている。


「そうかい」


 職人だけが、わずかに眉を上げた程度にとどまった。


「分かってたんじゃないですか? あなたが一番付き合い長いんだから、感覚でなにか違うとかぎ取った」


 少し前、みんなが少年をどうするかでもめていた頃。あの状況で庇うのはかなり無謀だ。正直、職人が私の味方をしてくれるなんて、全く思っていなかった。


 私を庇ったということは、職人もあの頃から魔術師を疑っていたという証拠だ。


「魔術師は確かに人付き合いが下手だったが、客を待たせて自分だけ食うなんて真似はできなかった。どっちかっていうと、客に配ってる間に自分の食い分がなくなるヤツじゃ」

「ははは……」

「しかしそれはあくまで、儂の主観でしかない。もっとはっきりした証拠が出るまで黙っておるつもりじゃった。お前さんはどうしてそう言い切った?」

「あなたより、意地汚かっただけです」

「なに?」


 眉をひそめる職人に向かって、私は笑ってみせた。


「あなたと屋敷に行った、あの時。お菓子がうらやましくて、じっと見てた。そこについてた歯形、いびつだったんですよ。間があいてたことを記憶してしまうくらいに」


 魔術師はよっぽど口の中がガタガタなんだろうと思っていた。それなのに、画家の家で見た魔術師の歯はとても綺麗だった。わざわざ歯抜けになるメリットなど彼にはないのに、おかしい。


「魔術が失敗して、怪我によってそうなった可能性も……」

「それなら医者に言って治療してもらうでしょう。魔力が落ちたこと自体は、秘密じゃないんですから」


 私はそこで話を区切って、少年を見た。


「そして、突然現れたこの子。記憶をなくしているということでしたが、それにしてはなんでも大人顔負けにできるし、ヒュドラという分不相応な存在も連れている。嘘じゃないかと思ってました」

「確かにしっかりした子だけど……」

「それに、追い回されていたようなことも言っていた。彼が本物の『魔術師』で、偽物から狙われているとしたら、全て辻褄があうんです」


 だからこそ、初対面の私にしがみついてきたのだ。魔術師以外の誰かにかくまってもらっていた方が、都合が良かったから。


「そろそろ、本当のことを話してくれませんか?」


 私が水を向けると、少年がうつむいた。


「……騙して、ごめんね。そう、僕が本物の『魔術師』だ」


 ぱっとまばゆい光が洞窟を満たした。その光が消えた時には、あの肖像画そっくりの少年がそこに立っていた。


「久しぶりだね、みんな。偽物の手前、死んだことにしてたのに、まさか変身がばれるとは思わなかったな」


 魔術師は微笑む。引きこもりらしくはにかんではいたが、私にとっては好感の持てる笑みだった。


「君には、この姿でははじめましてだね」

「そうですね」


 何故だろう、今までさんざん交流していたからか、初めて会った気がしない。人見知りする私には珍しく、彼が差し出してきた手を握ることができた。


「あなたみたいなすごい方に、賢しらにしゃべっていたかと思うと恥ずかしいです」

「どうしてさ。僕は感心してたよ? ここに来て間もないのに、色々楽しんでてすごいなって思ってた」


 魔術師はにこにこしながら言った。


「みんなに色々教えてもらいましたから」

「偽物にも後継と呼ばれてたし、大人気じゃないか」


 私の胃に、苦いものがせり上がってきた。


「あれは、私を盾にすれば、偽物が外に出なくて良くなるからですよ」


 職人はすでに怪しんでいた。これからも住民との接触を続けていれば、他の者も矛盾に気付く可能性がある。


 そこで私である。私をおだてて後継者にし、偽物のかわりに住民に会わせれば、ぼろが出ない。私はここに来て間がないのだから、魔術師が何を言おうが不審に思うことはなく安全だ。


 本当にそれだけ。偽物の保身のために、ちやほやされていただけ。それに踊らされ、真剣に悩んでいた自分が本当に情けない。


「重くとらないでくれよ、受ける前に分かってよかったじゃないか」

「そう言われても……」

「あいつは僕に慈悲を乞うふりをして攻撃魔法をかましてきたからねえ。何でもするヤツなのさ、君が気にすることない」

「そんな偽物、ぶっ飛ばして元の世界に戻さなきゃ!」


 アイテム屋が息巻いた。


「そうすれば、また安全に探検できるし!」

「そうですわね。私も、ゆっくり絵が描けなくなるのは困ります」


 これに、珍しく画家が同意した。二人の険悪なムードを知っている私が驚くと、画家は咳払いをする。


「それに異論はないけど。問題は、どうやるかってことなんだよねえ」

「どうって……」


 魔術師がのらくらと言うので、宿屋が困った顔になった。


「あんたは本物なんだろう? 偽物なんて、蹴散らせるはずじゃないか」

「そう簡単じゃないよ。彼は、僕が作った使い魔や魔法アイテムを完全には掌握してない。だから魔力が衰えたことにした。けど実際は、魔力の値は決して低くないんだよね」

「な……」

「それに、屋敷に残したアイテムはかなりあるしね。偽物が新たに使えるようになったブツや使い魔があるとしたら、想像以上にやることが多い戦いになるな」


 もしかしたら、あの炎の馬や氷の鯨は、新しく偽物の軍門に降ったのだろうか。そんなヤツが続々出てくるとしたら、それは確かに難儀だ。


「それにもう一つ。『召喚師』と『料理人』が人質にとられてる」


 その言葉に、全員がはっとした顔になった。


「二年間、料理人が全く姿を見せなかったのって……」


 アイテム屋が表情を歪ませた。


「そういうことだよ。まず彼が捕まった。おそらく、魔術師が偽物だと見抜いてしまったんだろう」


 料理人には大した戦闘力はなかったから、捕まえるのは難しくなかったろうと魔術師は言った。


「召喚師は、料理人を助けようとして捕まったんだと思う。僕もその時には逃げてたから、詳細を見たわけじゃないけどね」

「どうしてそう思うんじゃ?」

「職人、僕も召喚師のねぐらへ行ってみたんだよ。彼の残した日記に、決意が書いてあった。隠し場所は僕しか知らなかったから、君が気付かなくても無理はない」

「……無茶を」


 画家が顔を伏せた。


『あいつは、おせっかいが好きだった。その性格があってこそ、多くの召喚獣と仲間になれたわけだが……』


 服屋も残念そうにしている。人間づきあいが下手な者が多いここでは、異質な存在のはずの召喚師だが、好かれていたようだ。


「敵は強い、人質はいる。そりゃ確かに、一筋縄ではいかんのう」


 職人が重々しく唸った。


「まず人質を助けないといけませんね……召喚師って人が味方になってくれれば、戦力も増えますし」

「そりゃそうだな。今、戦い向きの能力のヤツってあんまりいないし。アイテム屋と職人、罠って点で宿屋くらいか?」


 医者が言うと、魔術師は首を横に振った。


「君にも期待してるよ? 第一戦でみんなの治療をする役は、どうしても必要だしね」

「あ、そうすか……」


 医者は照れたように笑った。


「どうしても戦闘ができない画家と服屋は後方支援と、情報のまとめに回ってもらおうかな。現場にいると、僕の目が届かないこともあるから」

「……その際の状況把握、手段はあるんですの? 私は現場に行っても、お役には立ちませんわよ」

『それに、魚や鳥でいちいちやり取りしていたら、間に合わないぞ』

「それについてはちゃんと考えてあるよ。一つ、手順を踏まないといけないけど」


 魔術師はそう行って、懐から本を取り出した。


「あ」

「それって……」


 私とアイテム屋が、同時に反応する。

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