第21話 精霊と会話した
声のした方を向くと、ボブヘアの女の子がじっとこちらを見ている。髪は漆黒だが、肌は心配になるほど白い。その上、彼女はうす青のワンピースに裸足という恐ろしい出で立ちをしていた。
「誰、ですか? そんな寒そうな……」
「ああ、うちは人間とちゃうから、この格好で大丈夫。雪女って聞いたこと、ない?」
「確か、妖怪でしたよね。ここ、ほんとになんでもありなんだから。みんなが精霊って呼んでるのは、君のことなんでしょう?」
私の問いに、雪女は首を横に振った。
「それは姉やたちのことやねえ。うちにそんな強い力はあらしまへん」
「そうなんですか……」
「たいがいのことは姉やたちに敵わへんのやけど、うちは目と耳が良い。変なヤツが入ってきたら、最初に対処するんが仕事」
「じゃあ、さっきの兎も……」
雪女はうなずいた。
「明らかに怪しかったえ」
「言い訳のしようもございません」
いい大人が、一体なにをやっているんだ。
「あの、もう二度とさせませんので、あいつ返してもらえませんか?」
「いや、それ無理や」
雪女は、はんなりと首を横に振った。
「兎たちの足なら、もう姉やのとこに着いとる。今更うちが騒いでもどうにもならん」
「手遅れというわけですか。なら……」
私は思案した。こうなったら、アイテム屋の生命力と口八丁手八丁に任せるしかない。──すべきことは、別にあった。
「なら?」
「連れて行ってほしいところがあります」
「要求できる立場かいな……と言いたいところやが、聞くだけ聞きましょ」
雪女の目が、すっと細められる。私も覚悟を決めて、問いを発した。
「君の姉さんたちが大事に保管している、『死体』を見せてほしいんですが」
一瞬、肺の奥まで凍り付きそうな視線をあびせられた。奥歯が鳴りそうになるのを、必死にこらえる。
「……あんた、妙なもんを欲しがるなあ」
「そうなんですよ。家で待っている子供のために、どうしても必要でして」
受け答えのあと、再び視線がぶつかり合う。──沈黙の後、雪女は微笑んだ。
「子供のためと言われちゃ、抵抗できんな。兄さん、気絶せんときや」
「はい」
私がうなずくと、急に視界が広くなった。足の下に氷が入りこんで、数センチ体が持ち上がっているのだ。私の隣で同じように浮かされている犬が、ひたすらアワアワしていた。
「行くえ」
少女が指を動かすと、私と犬の体が勝手に引っ張られ始めた。氷上を滑り、頂上とは別の方に動き出す。
石垣のように組まれた氷をなんなく飛びこえ、枝まで氷でできた木々がつくる森を突っ走る。森がようやく途切れると、ずらりと氷の柱が並んでいるのが見えた。一つ一つが大木ほどもの大きさがある柱の中には、色のついた何かが封じ込められている。
それが人間だと分かって、喉から変な声が漏れた。
「……これは、全部」
「そうえ。ご遺体。お兄さん、思ったより頑丈でよかったわ」
気絶できるものなら、今すぐしたい。眼の前にある死体は腐ってはいなかったものの、生気の失せた肌の色はやはり見慣れたものではなく、恐怖を感じる。自分もこうなろうとしていたのに、薄情だと思う。しかし、どうしようもなかった。
「……で、こないなもん見てどないすんの?」
「冷気を出せるアイテムが欲しかったんですけど、まさか人間を氷の柱に閉じ込めるほどのことをやっているとは。強すぎです。私には、ヒントになりませんね」
「まあ、諦めるのは早いわ。姉やに頼んでみ」
雪女はそう言って私に背を向ける。そのおかげで、私は氷柱をじっくり観察することができた。
死体は向かい合わせになるよう配置されており、西洋映画でよくある甲冑を思わせる。よく見ると柱の一本だけ、ぽっかりと死体が抜けていた。
「──さ、行きますえ。さっきのお仲間が、まだ生きとるとええな」
「大丈夫だと思いますよ。ピンチになってるのは間違いないでしょうが」
「兄さん、日本語の使い方勉強した方がええで」
雪女に首をかしげられたが、アイテム屋はそうとしか表現しようがないのだ。
次に私が連れて行かれたのは、氷で出来た祭壇だった。煉瓦のように積み上げられた氷が四角い台を作っていて、隅に明かりが灯っている。周りの白い氷に明かりの青が反射して、寒いのにずっと見ていたい気分になった。
その祭壇の上に立っているのが、双子の精霊だろう。絶世の美女という前情報は、全く間違っていなかった。
二体とも頭頂が白く、下に行くにつれて青紫が濃くなっていく髪をしている。その髪を腰まで伸ばし、濃紺のドレスを身にまとっていた。
「人よ。無粋に雪山に踏み入ったな。一体、何用だ」
双子の片方が口を開く。双子と言っても片方がつり目で、もう片方が垂れ目だから、見分けるのは容易だ。今、口を開いたのはつり目の方である。
「欲しいものがありまして、分けていただけないかと」
「そうだよー。ケチケチしないで、私と交換パーティーしようよー」
やっぱり捕まっていた疫病神が、余計なことを言い出した。
よく見たら、アイテム屋は下半身が祭壇の一部と合体して、氷漬けになっている。どうせ私がここに来るまでに、何かやらかしたのだろう。
「……一つ質問がある。お前が連れてきたのは、この素直な雪の精か? それとも、この性格の良い雪の精か?」
氷の精霊が使い魔らしい雪人形を並べ、童話の女神みたいなことを言い出した。「金の斧と銀の斧」だっけ、これ。
「どっちかがいいと言え。好きな方をくれてやる」
……あれ、これ、同情されてる? もしかしてアイテム屋とチェンジしてくれるの?
「大丈夫。正直に答えなくても、罰とかないから」
ガチだ。ガチで心配されている。
「……ありがとうございます。でも、私が連れてきたのはそこの意地汚いアイテム屋です」
「なんと……」
「精霊が感動してるとこ悪いけど、いいことは言ってないよね?」
珍しくアイテム屋がつっこみに回った。
「なによ、好き放題言ってくれちゃって。文句は、これを見てから言いなさいよ!」
アイテム屋が自由な手で、何かを祭壇中央へ放り投げた。空中を舞う姿から、それが本だと分かった。
精霊が嫌そうな顔をしながらも、本を受け取る。すると、精霊たちを半円形の光が覆った。
「これは……」
「害あるものから持ち主を守る本よ。あんたたちがこの氷の山を出たって、これがあれば大丈夫。普通の気温でも毒だから、こんなところにいるんでしょ?」
精霊たちが、眉間に皺を寄せて考え込んでいる。アイテム屋は気に入らないが、品は魅力的だと思っている様子だ。
「──確かに、言うだけのことはある。よく手に入れたものだ、こんな代物を」
「ま、まさか……」
こんなものを持っていそうな人は、一人しか思い浮かばない。
「盗んできたんですか? 魔術師のところから」
「人聞きの悪いこと言わないでよ!! 第一、できるわけないじゃない」
これにはさすがに、アイテム屋も反論してきた。
「ゴミ捨て場で拾ったのよ」
まだ、盗んでいた方が格好がついたかもしれない。つくづく、ゴミ捨て場に縁のある女性だな。
「いや、こんなすごい物が捨ててあるわけないでしょう……」
「本当よっ」
アイテム屋は顔を真っ赤にしていた。
「入手経路はともかく、有効なことには違いない」
「褒美をやろう。そこの男は望みを言ったが、女は何を望む」
「とにかく珍しい物を、たくさんちょうだい」
「完全に、かわいそうな子の回答ですよ」
人間のイメージを損なう回答に、私はただただ呆れるしかない。しかし、精霊たちはうなずいてみせた。
「良かろう。人間の基準はわからんが、気に入れば持っていくがよい」
精霊たちが手を差し出すと、アイテムが祭壇にばらまかれる。玩具のナイフのようなものあり、ランタンあり、ロープあり……使い道はよくわからないものばかりだったが、アイテム屋は目を輝かせ、漁りまくっていた。
「お前にはこれをやろう」
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