第19話 大鍋でおもてなしをした
「その分配方法には、うさんくさいものを感じますが……」
私は悩みつつ、首を縦に振った。
「いいでしょう。私も紋があるうちに、色々行っておきたいですし」
「あ、そうそう。紋よ、紋のこと。手の甲の絵が、なんか前と違う感じになってない?」
アイテム屋に言われて、私は視線を落とした。
「あ、尾の先が欠けてます」
描いてもらった時ははっきりあった蠍の尾が、消えかかっている。入れ墨ではなくインクで乗せているだけなのだから、当然だろう。
「冒険するんだから、万全にしときたくてさ。画家を呼んだのにねぐらにいないから、ここに来たのよ」
「……あなた、本当にあつかましいですわね」
顔をしかめる画家に向かって、アイテム屋は鞄をおもむろに開いた。
「う……」
鞄の中には、ぎっしりと青い石が入っていた。確か、ラピスラズリという宝石が同じような色合いだったと思う。夜の空を思わせる、吸い込まれるような深い青だった。
「この石、欲しがってたでしょ? これだけ質の良いのがたくさんあれば、いい絵の具になると思うけどな~」
アイテム屋が見せびらかすと、画家がごくりと生唾をのんだ。
「……分かりましたわ。描いてさしあげましょう。ただ、家にしかインクがないので、ここでの作業が終わるまで待っていただきますが」
「いいよん」
アイテム屋はにやにやしながらうなずいた。画家は意趣返しのつもりなのか、さっきより遥かにのろのろと筆を走らせている。
「私も直してもらうなら、なにかお礼を考えないと……」
しばらく考え、ふと思いついた。
「米(もどき)があるなら、あれも作れるんじゃないか?」
重要な材料がないから完成度は落ちるが、あれなら見た目も華やかでみんなで囲める。
「じゃあ、私はご飯をごちそうします。皆さん、食べていってください。食材を集めてきますね」
「クウウ」
「く、首をつかまないで」
「ヒュドラ、一緒に行きたいんだ。でも我慢しないと……」
少年にいさめられ、ヒュドラが悲しそうに鳴いた。ここに来てからずっと我慢していたのだ。家は改善されても、やはり外の空気が吸いたいのだろう。
「よし、さっと行ってさっと戻ってきましょう。ヒュドラと君も一緒にどうぞ」
「いいの!? 行く行く!!」
「クオーン」
外に飛び出してから、素早く役割分担を行う。
「ヒュドラには、魚を探して行き止まりへ追い立ててもらいます。君は視線が低いから、日陰にある白い草を探してください」
「先に採っていいよね?」
「構いませんよ。君の仕事は時間がかかりますから、後から私も手伝いに行きます」
そうは言ったものの、私が採集を終えて少年のところに戻ると、彼は私よりはるかに速いペースで粒をつんでいた。
「先だけ集めればいいんでしょ、簡単だよ」
「器用ですよねえ……」
せっせと集め、満足いく分が集まった時点でやめにした。全部とってしまうと、次が生えてくるまで寂しくなる。田んぼのように、栽培できる術があればいいのだが。
「いっぱいとれたね、魚」
「ヒュドラがうまく追い込んでくれましたからね」
行き止まりに魚がたまっていれば、手づかみにすることができる。ヒュドラの尾に当たって死んだり気絶した魚も加えると、かなりの量になった。
「これで豪華なひと皿ができますよ」
そう言いながら家に戻ってくると、画家が絵の仕上げにかかっていた。絵の中の猫は今にも飛びかかってきそうで、素人でも目を奪われる。
「もう少しで完成しそうですか?」
「ええ」
「じゃ、ぱぱっと作っちゃいますね」
私はまな板に食材を並べる。貝は外からくんできた水で軽く洗い、水草は細かく切る。魚は骨を取ってぶつ切りにし、塩をまぶす。
鍋を取り出した。さっきの魚の骨と一緒に水を入れ、ぐらぐらと沸かす。表面のアクを取りながら煮詰めていくと、水の色が変わって来た。魚の出汁が出ているのだ。
続けて別の鍋に魚卵を潰して、香りがたったら全ての具材を一緒に放り込み、軽く炒めて取り出す。
残った油分に米もどきをそのまま入れてよく絡ませ、さっきとった出汁と塩を加えて混ぜる。強火にかけて沸騰させ、貝を乗せたら蓋をして──布を巻き付けた手で鍋を持ち上げる。熱源から距離をとることで、弱火を再現するのだ。
「何やってるの?」
アイテム屋に笑われたが、こうしないと底だけ焦げてしまう。
私が奮闘している間に画家は絵筆を置き、片付けを始めている。
「そろそろかな?」
頃合いを見計らって鍋を再び竈にかけ、水分をとばす。そして米もどきの上に魚と水草をのせ、見た目を華やかにした。
「わあっ!」
少年が歓声をあげる。サフランがないからあの黄色いライスを再現することはできないが、緑の水草と、熱で赤くなった魚がいるから見栄えはそれなりに良かった。
「おお、これは美味そうじゃ」
「やるじゃない!」
「調理方法を笑っていたあなたは、遠慮した方がよいのではなくて?」
「う、うるさいな。それとこれとは別でしょ」
みんな、鍋の周りに集まってきた。食器を大急ぎで増やし、配る。
「お礼ですから、みなさんいっぱい食べてください」
「わーい!」
皿にとり分けた料理が、すごい速さで減っていく。それが「美味しい」というメッセージになっていて、ありがたかった。
「塩味、きつすぎませんか?」
「ちょうどいい! 美味しいよ、これ!」
「パエリアですか。十分とはいえない材料で、よくここまで再現したものですわね」
「あ、わかります? よかった。サフランがあれば、もっと本物らしくなったんですけどね」
「確かに、ご飯が黄色い方が美味しそうよねー。職人、なんかいい物知らない?」
「儂は専門分野ばかりで、料理にまで手が回らんからの。最低限、食べられる魚しかわからん」
何でも知っていそうな職人にも、苦手なジャンルがあるのだ。
「料理となると、宿屋さんが一番ですよね」
「いや、昔は『料理人』がおったんじゃ。彼が一番詳しくて、儂ら何度もごちそうになった」
「美味しかったよねえ。アイスクリームにたっぷりお酒をかけたやつが、最高に美味しかったなあ」
「……あなた、それはお酒が好きなだけではなくて? 私は、あの方のケーキが今でも懐かしいですわ」
みんながうっとりした表情になった。そんなに美味なものを作れる相手なら、私も是非会ってみたかった。
「お前さん、ちと惜しかったの。二年ほど前までは、彼もこのあたりをウロウロしとったのに」
「どこかへ行ってしまったんですか?」
「いや、所在ははっきりしとるよ。魔術師のところへ行ってしまったんじゃ」
「魔術師の?」
「あいつは引きこもりじゃが、食事には目がなくてな。料理人もよく屋敷に招待されとった。二年前、ついにお抱えになって……儂らの前には、姿を見せなくなったんじゃよ」
「そうだったんですか……」
実に惜しい。ぜひ直接会って、教えを請いたかった。少年もそう思っているのか、悲しそうな顔をしている。
「……まあ、いない方のことをいつまでも考えても仕方ありませんわ。もう少し休んだら、私の家へ向かいましょう」
画家が話を打ち切るように言った。それを聞いたアイテム屋がうなずく。
「そうそう、またどこかでバッタリ会うかもしれないし!」
「……はい」
暗くなっても仕方ない。私が上を向くと、少年も明るい返事をした。
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