第18話 呼んでない人が来た

「しっかりした使いやすい刃物がないし、火力も調整できなくて危ないから。もう少し待ってください」


 少なくともその二点をクリアできないと、一人で料理なんてとんでもない。何かあったら、残されたヒュドラが気の毒すぎる。


「そうかあ……」

「それまでは、私のお手伝いをしてくれますか?」

「うん」


 元気よく返事をする少年の横で、ヒュドラは私の意を察したようにうなずいていた。




「……で、どうなんじゃ。その後の具合は」


 こっそり様子を見に来た職人が、私の家をうかがいながら言った。


「あの子はすごいですよ。手先が器用で、頭もいい。私より優秀で、最近は料理をやりたがってます」

「そうか。ヒュドラは?」

「こちらも、人に危害を加えてはいません。狭い家の中で、ストレスがたまっているとは思いますが」


 職人はため息をついた。


「しばらく、その状態が続くことになりそうだぞ」


 彼は、魔術師に探索の報告をしに行っていた。


「話の途中で、犯人の処遇について持ち出してみた。捕まえたら、一体どうなさるつもりなのか、とな」

「──答えは」

「具体的にはなかった。『そんなことは、君たちが考えなくていい』と言われてしまっての。ただ、許している風情の声ではなかった」

「やっぱり、そうですよね……」

「もう少し黙っておる方がよかろうな。向こうの頭が冷えねば、どうしようもない」

「ありがとうございます」


 厄介なことを引き受けてくれた職人に向かって、頭を下げる。


「ありがとうついでに、もう一つ面倒を頼むつもりなんじゃろ? 顔に書いてあったぞ」

「はい。やっぱりうちは、ヒュドラとあの子、両方受け入れるには狭くて……」


 私は事情を説明し、ためておいた熱鉱石を差し出した。


「なるほどな。住居スペースを広げ、あの子でも調理ができるような家にしたいと」

「これでお代になりますか? 宿屋さんから、あなたも火を使うって聞いて……」

「む。ありがたい」


 職人は遠慮せずに、熱鉱石を受け取った。


「子供が使えるようなナイフなら、うちにあるぞ。持ってきてやる。内装はやってみなければわからんが……」


 職人は腰を上げ、私の家の扉をノックした。そしてなんの反応もないことに、首をひねる。


「あの子はおらんのか?」

「すみません、私の声でなければ返事しないように言ってあるので。……帰りましたよ」


 扉に向かって声をかけると、すぐにノブが回った。薄開きの扉の向こうに、少年の顔が見える。


「こんにちは、職人さん」

「挨拶ができて偉いな。どれ、邪魔させてもらうぞ」


 職人は洞窟の中を、ぐるっと見回した。そして一角に詰まっているヒュドラを見て、苦笑いする。


「狭そうだな」

「これでも少しは、周りを広げたんですよ」


 崩れるのが怖かったので、そんなに大胆な改装はできなかったのだ。


「地形には、そう危なっかしいところはないがの。外から見ていてやるから、もっと広げてみたらどうじゃ」

「助かります」


 ということで、職人は再び外の人となった。私は安心して、ヒュドラの近くの壁をもぎ取っていく。スペースが確保できたら球体を運び出し、外にくっつけて壁が薄くなりすぎるのを防いだ。


「なんとかなりましたね」


 かなり洞窟が外にせり出す形になったが、通行路を塞ぐほどではない。成果としては上々だ。


「後は、少し内装を整えようかの。材料を持ってくるから、待っとれ」


 職人が去った後、ヒュドラが気持ちよさそうに伸びをした。それでもヒュドラの横には、大人一人が両手を広げたくらいのスペースがある。


「良かったね、ヒュドラ」


 少年も嬉しそうにしていた。逆に、猫は体を伸ばしたヒュドラの大きさを見て怖くなったのか、やや遠巻きにしている。


「……遅くなったの。ほら、お前さんもさっさと中に入らんか」


 職人と一緒に、画家がやってきた。彼女は画材を抱えてヨタヨタしており、職人を手伝おうとする素振りはない。


 そのまま床に座るとさっさと画板を取り出し、その上に絵の具を塗りたくり始めた。一心に猫を描いている。


「……すまんの。見つかってしまった。こっちはこっちで、仕事をするぞ」

「そうですね」


 画家は放置して、広げたスペースの表面をならしていく。職人はヒュドラ脱出用の、大きな扉を天井に作ってくれた。これなら、いちいち玄関を破壊しなくてすむ。


「床や壁を他の素材で覆った方が、見栄えがいいんじゃがな」

「あれだけの鉱石で、そこまでお願いしちゃ悪いですよ。また何かいいものが入ったら、頼みます」


 私が苦笑すると、職人は大笑いした。


「では、楽しみに待っていよう。おっと、その前に渡しておくものがあったな」


 職人は懐から、小ぶりなナイフを差し出した。柄は木製で、ちゃんと黒い鞘がついている。


 試しに、残った水草を切ってみた。すとん、と抵抗なく綺麗に切れる。


「僕もやってみたい!」


 少年が目を輝かせた。やらせてくれと聞かないので、仕方無く交代する。


「指を刃先に持っていくと怪我しますよ」

「できるだけ厚さを均等にしておくと、火を入れた時に楽ですよ」


 初歩的な料理のコツを教えていくと、少年は瞬く間に私より上手くなってしまった。


「なんでしょう、この寂しいような嬉しいような気持ち……」

「弟に追い越された兄の心境じゃな」


 ズバリと職人に言われて、多少落ち込んだ。


「ねえ、僕もこれでチャーハン作っていいんだよね!」


 少年は目を輝かせるが、保護者としてはそれに待ったをかけたい。


「ダメ。もう一つの問題が解決してないでしょう」

「ええー……」


 ごねる少年を見て、職人が目を細める。


「問題ってなんだ?」

「うちの竈、火力調整ができないんですよ」


 竈の仕組みを、簡単に説明する。


「開けっ放しの『オン』か、閉じた『オフ』しかできなくて。もう少し、細かい調整ができるようになりませんかね?」

「うーん……蓋に細工をすれば可能かもしれんが、そうなったら蒸気を浴びることになる。半死人は温度に鈍いが、流石にこの蒸気の中で作業はできんな」

「やっぱり、そうですか。蒸気を止められるアイテムがあれば……」

「アイテムといえば、私の出番ですよお!」


 堂々とアイテム屋が扉から入ってきた。いつから聞いていたのか。


「鍵が開いていても、ノックくらいはしてください」

「ごめんごめん」


 私が指摘しても、適当な返答は相変わらずだ。分かっているのか、いないのか。


「大きく出たが、アテはあるのか?」


 職人の問いかけを聞き、ますますアイテム屋は調子に乗った顔になる。


「魔術師の家が山で囲まれてるのは知ってるでしょ? その一角に、氷で包まれたエリアがあるのを見つけたの。入る許可はもうとりつけたし、そこになら蒸気を吸収しちゃう素材もありそうじゃない?」


 アイテム屋はちらっと少年を見た。


「そうすれば、この子だってしたいことができるし。ね?」


 その発言を聞いて、今まで一心に筆を動かしていた画家が振り返った。


「……あなた、この子の保護に反対してましたわよね。さっそくダシに使おうなんて、いい度胸ですわ」


 アイテム屋はこの嫌味を聞いて、怒るどころかにっと口元をほころばせた。


「そうよ。私、使えるヤツはなんでも使うから」


 画家は悔しそうに押し黙った。せめてもの怒りの表明として、画板に筆をたたきつけている。


「どう、乗ってみない? 発見したものは、相談の上分け合うってことで」

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