第17話 チャーハン作るよ!
「条件?」
私は職人ににじり寄った。
「──お前さんがこの子を預かる、それが条件だ。それなら儂は、全力でこの件を隠し通そう」
職人の指は、まっすぐに私をさしていた。
「双方の言い分はどちらも理がある。なら、当事者である坊主の意思を、できるだけ尊重してやりたいと思う」
職人が重々しく言った。それに否やはない。
「だが、坊主を預かるということは危険も伴う。それを、反対した者に押しつけるというのは筋が通らんと思う」
言われてみれば、確かにその通りだった。今まで勝手に宿屋に面倒をみてもらうつもりだったが、隠蔽反対派の彼にしてみたら迷惑な話だろう。
「隠蔽賛成派で、残りの二人がまともに面倒をみられるとは思えんし、一番引き渡しを拒んでいたのはお前さんじゃ。しばらく、坊主の面倒をみてみんか?」
職人に言われて、私はうなずいた。
「やった!」
少年が笑みを浮かべて、私にまとわりついてくる。
近くでよく見ると、少年はかわいい顔をしていた。ゆるくカールした色の薄い金髪に、やや釣りぎみの大きな目。その中に収まっている瞳は綺麗な緑色で、日本人ではまずありえない配色だ。
痩せてはいるが、年の頃は七~八歳くらいか。それでも私にしがみついてくる力は、なかなか強い。
「そうしていると、兄弟のように見えますわね」
「…………」
この光景をほほえましそうに見ている画家の横で、服屋は超高速で手を動かしている。子供服が積み上がっていくのを、私は感心しながら見つめた。
「ま、どこまで隠せるか分かんないけど……やれるだけやってみなさいな」
「途中で投げ出すなよ」
反対していた面々はやや不満げだったが、多数決には従ってくれた。私は彼らに頭を下げ、少年の手を引いて宿屋を出た。
少年たちには紋がないので、遠回りして家まで帰ってきた。
「さ、入って」
扉を開けて少年を中に入れる。ヒュドラは洞窟の横手の岩をごっそり動かして、ようやく家の中に入れることができた。
「このまま暮らすんだったら、家の改造は必須だな……」
入ってきた水と、洞窟の一角にミチミチに詰まっているヒュドラを見て、私はため息をついた。
「ニャ──ッ」
全然大きさが違うのに、猫は勝手にヒートアップして左右に飛び跳ねていた。ヒュドラの方が困惑して、私の方をじっと見ている。
「やめなさい」
抱き上げても、猫はしばらくフーフー唸っていた。ヒュドラから目をそらすために、私は少年の方へ猫を持っていく。
「……なでてみてもいい?」
少年は、子供らしい好奇心を示した。
私がうなずくと、小さな手で猫の頭をなでる。猫も仕方無いな、という風情でされるがままになっていた。
「さ、着替えましょう。そのままだと、寒そうだし」
私は大量に持ち帰ってきた子供服を差し出す。その中から少年が選んだのは、紺のシャツとロングパンツのセット。シャツには赤いラインが入っていて、なかなかおしゃれだ。
着替える少年に背を向けて、食材のストックを探す。残っていたのは塩漬けにした貝と、宿屋が分けてくれた水草。
「熱を入れると、香ばしくなって美味いんだ」
彼がそう言っていたから、今日は炒め物にするつもりだ。そして、もう一つ。
「ねえ、何か作ってくれるの?」
いつのまにか着替えを終えた少年が、私の後ろに立っていた。鍋の中身を、興味深そうにじっと見ている。
「そうですよ。食べられないものとか、ありますか?」
少年に問いかけると、彼は首を横に振った。私はさらに重ねて聞く。
「あ、そうだ。ここの近くに、白っぽい草が生えてなかったですか?」
宿屋に美味しい食材として、もう一つ教えてもらったものがあったのだ。背が低い草と聞いていたから、少年の方がよく見えていたかもしれない。
「草? そういえば、日陰に固まって生えてたような……」
目当てのものはありそうだ。しかし、少年を残していくのはためらわれる。私が迷っていると、少年は上目遣いで私を見た。
「外に行くの?」
「そう思ったんですが、やはり君を置いていくわけには……」
心配する私をよそに、少年はけらけらと笑った。
「大丈夫。お兄さんの声じゃなかったら、ドアは開けないよ。ヒュドラもいるしね」
「分かった」
思ったよりしっかりしていた少年に背中を押され、私は外に出た。そして彼の言っていた通り、日陰になっているところを探してみる。
「あったあった」
細い草の先が丸くなり、白い滴のようにふくらんでいる。その先だけを、ぶちぷちともぎ取っていった。海ぶどうのように鈴なりになっていない分、量を集めるのにかなり時間がかかる。
「よっと……」
採集が終わって腰を上げた頃には、周りが暗くなり始めていた。明かりを持っていなかったので、あわてて家に戻る。
「おかえり」
少年は猫をしっかり抱え、ヒュドラを守っていた。私が料理をし始めても、そのままの姿勢で観察している。
「まず、深めの鍋をサクッと作って」
「作れるんだ……」
そこに白い粒を入れ、たっぷり水を入れる。それを竈にかけていると、ぶくぶくと沸いてくる音がした。
そのまましばらく待ち、徐々に温まった鍋を上へ持ち上げる。体温の感覚が鈍い半死人だからこそ、できる技だ。
「……なに、やってるの?」
「火力調節」
吹きだしてくる蒸気の量が一定のため、微妙な調節ができないのだ。弱火にしようと思ったら、これしか方法がない。宿屋は熱鉱石の多寡でうまくやっているらしいが、私はどうすればいいのだろう。
しばらく持ち上げ続け、良い頃合いになったら蓋を開けて水がなくなっているのを確認する。そして蓋を戻し放置。
「熱いから、触っちゃダメですよ」
「うん。猫も触らないようにしておくね」
少年にぎゅっと抱かれて、猫が無念そうに鳴いた。
「ヒュドラも、ダメだよ」
鎌首をもたげていたヒュドラが、しまったという顔になって引き下がった。
貝を潰した魚卵とともに炒め、そこに切った水草を加える。じゅっ、と香ばしい匂いがたった。
「ここに、炊けたこれを入れれば……」
白い粒は水を吸って、ふっくら膨らんでいた。それを掻きだして鍋に移すと、油と混じり合ってポロポロにほぐれる。
「わあ!」
「もう少し待って下さいね。これからオマケを作りますから」
白い粒を、鍋肌に押しつけるように寄せていく。そのまま置いておくと──
「焦げてるよ!」
「ここがパリパリして美味しいんです。今は冷凍炒飯も良くなりましたけど、お焦げは電子レンジではつきませんから」
「冷凍? 炒飯?」
「まあ、美味しい物です」
そうやって完成した炒飯もどきを皿に盛っていく。ヒュドラはどうするのか、と思ったら……誰よりも食べたそうに、目をキラキラさせていた。
「それでは、いただきます」
「いただきまーす!!」
食事が始まった。少年は炒飯もどきを食べるなり目を輝かせ、私を見つめてくる。
「これ、すごく美味しい!」
「良かったです」
熱を加えた白い粒は、本当に米そっくりの食感になっていた。塩バター味の炒飯だから、美味しいに決まっている。
「ここにちょっと醤油があれば、もっと私好みの味になるんですが」
「ショーユ?」
少年は不思議そうな顔をした。記憶をなくしていて、聞く物全てが新鮮なようだ。
「しょっぱい味がするけど、この炒飯とはまた違う風味なんです。そういう物を食べたり、舐めたりしたことありませんか?」
「苦かったりエグかったりはたくさんあったけど、そういうのはないなあ」
少年とヒュドラが、同じポーズで首をかしげているのが面白い。
「そうですか。なら、大丈夫です」
「ねえ、このチャーハンってやつ、練習すれば僕も作れるようになるかな?」
「やってみたいんですか?」
私の問いに、少年がうなずいた。
「僕があんまりウロウロしてるとまずいんだよね? それなら、何か作って暇を潰そうかなと思って」
「なるほど」
悪くない考えだ。しかし、今の状態では危ない。
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