第16話 少年を保護することになった
私はほっと息をついた。笑っている膝をなんとかなだめて元の場所に戻ると、少年が笑みを浮かべていた。
「お兄ちゃん、ありがとう」
「いや、トドメ刺したの君たちですし……」
私は単に逃げ回っていただけだ。偉そうにできたものではない。
「大丈夫!?」
「怪我がないか確かめさせろ」
アイテム屋と医者も駆け寄ってくる。私の手足を検分している彼らの横から、のっそりと職人が出てきた。
「狙いは良かったの。詰めが甘かったが」
「……はは、やっぱりばれてましたか」
二人が急流の位置を教えてくれたのは、やはり偶然ではなかった。職人の指示だったのだ。あのサポートは、本当にありがたかった。
「こっちに傷はないわよ」
「俺の方も大丈夫そうだ。薬はまだとっておけそうだな」
医者がそう言って、少年に目を向ける。
「……君は? 見かけない顔だな、どこから来たんだ?」
「ここに来る前のことは、覚えてない」
そう答える少年の腹が、ぐうと鳴った。赤面する少年を見て、職人が自らの荷物を開く。
「食うか? 子供が好きそうなものがなくて、悪いがの」
職人が差し出した貝の干物を、少年は夢中になって食べていた。よほど空腹だったらしい。
「わかんねーな。その図体のでかいのは、お前の友達なんだろ?」
少年は食べ物で口を膨らませながらも、医者の問いにうなずいた。
「それならそいつに狩りをさせればいいんじゃねえの? 魚くらい、楽に取れるだろ」
少年は首を横に振った。
「……ダメなんだ。ヒュドラは、牙に強い毒を持ってる」
「なるほどね。噛んだら、毒が獲物についちゃうか」
「たまに振り回した尻尾が当たった魚がとれるくらいかな。それだって、大量じゃないし」
強い能力も、生活していく上では役に立たないことがある。そのギャップがなんとなくもの悲しかった。
「じゃ、困ったから食べられそうなものはなんでもかじってみたの」
アイテム屋にそう言われると、急に少年はバツが悪そうな顔になった。
「……謝らなきゃいけないことがあるのは、わかってる」
「それは私にじゃないね。とりあえず、今はもっと食べなさいよ」
私と医者は、会話を聞きながら目配せをした。
「犯人、見つかりましたね」
「思った以上に可愛い犯人だったな。報告したら、魔術師もほっとするだろ。あとは、あの子供をどうするかだな」
私は首をかしげた。
「魔術師が預かってくれるんじゃないんですか?」
「あれが子供をどうにかできる器に見えるか?」
反論すらできなかった。
「まあ、宿屋に預けるってのが一番安全なんじゃないか。あそこなら部屋はたくさんあるし、手伝いが欲しいって言ってたし」
私に否やはなかった。その話をしようと少年に歩み寄ると、なぜか彼はがっちり私の服をつかむ。
「さて、魔術師のところへ行くか。ヒュドラはどうなるかわからんが、できるだけ口添えさせてもらおう」
職人がそう言うと、少年の顔がにわかに曇った。
「……一緒に、いられないの?」
職人は困った顔になった。
「お前さんだけなら大した脅威にならんが、そっちの蛇は無視できんからな。死なせはせんだろうが、石像にして待機させられることに──」
「ダメ!」
少年が顔を真っ赤にして食らいついていた。その必死な様子を見ると、なんだか可哀想になってきた。
「少し、報告を保留してもいいんじゃないですか」
ここまでなついているのだ。少しでも、ヒュドラと一緒にいられる可能性を上げてやりたい。
無謀な話ではない。さっきのやりとりでも無駄に攻撃してこなかったから、きっとヒュドラの知能は高い。
「少しなら誤魔化すこともできるだろうが……責められるのはお前さんじゃぞ」
「その時は、なんとか言い訳してみますよ」
わざわざ後継者に指名してきたのだ。私の話なら、少しは聞くだろう。あとは説得に必要な証拠をそろえる必要があった。
「待て待てえ。それ、黙ってたら私らも同罪になっちゃうじゃない」
「とりあえず、宿屋で話し合いしねえ? 俺、今のでどっと疲れたわ」
医者の提案に、反対する者は誰もいなかった。
「ただいまー」
私たちと一緒に来た子供とヒュドラを見て、流石の宿屋も言葉をなくしていた。
「なんとか、首だけでも部屋に入るか?」
それでももてなそうとしているのは立派だ。
とりあえず少年は一緒に宿に入り、ヒュドラは入り口から首だけつっこんでことの成り行きを見守ることになった。
「勝手に石を盗んで、ごめんなさい」
「……もういいですわよ。顔をお上げなさいな」
まず少年が画家に謝罪し、ようやく本題に入る。
「俺も力になってやりたいが……そいつは厄介だぞ」
宿屋は職人と同じような反応を示した。
「もともとは魔術師の使い魔だったんだろうが……坊主に従順ってのがまずいな」
「どうしてそれが厄介なんですか?」
私が聞くと、職人と宿屋が一斉に顔をしかめた。
「基本的に、砂漠の獣は外敵の排除のためにいる。つまり、番犬だな」
「番犬ってのは、主人の言うこと以外は聞かない。そうじゃなきゃ意味がないからな。外から来た子供の言うことをほいほい聞くような番犬、飼い主がどう思うか」
「なるほど」
思っていた以上に、ヒュドラはまずい立場に立たされていた。
「一緒に暮らす、が許されるとなると……君が魔術師に絶対服従して、彼のために働くパターンしかないんじゃない?」
パンを両手に持って交互にかじりながら、アイテム屋が言った。飢えた少年より取っている量が多いというのが、なんとも大人げない。
「少しは遠慮してください。……でも、方法としてはいいですね」
私はそこで少年を見やった。次々出てくる料理に目を輝かせていたさっきとは違い、あからさまに嫌そうな顔になっている。
「……いやだ」
「やだってなあ。しょうがないだろ、お前の都合なんだから」
医者が言っても、少年は嫌そうな表情を崩さない。
「……あの炎の化け物、ヒュドラをいじめるために『魔術師』がよこしたんだ。何度も襲ってきて、しつこかった。僕、そんな人の言う通りになんてできない」
少年は頑固だった。思っていた以上に、あの怪物がトラウマになっている。これではご機嫌伺いをしろと言っても、難しいだろう。
口元が歪むのを感じる。地上では、私はさんざん上司の機嫌をとってきた。──不毛で、不愉快な時間だった。
それを子供に強制したら、自分で自分が嫌いになりそうだ。
「やっぱり、ヒュドラが役に立つという証拠集めをしませんか? それなら、向こうの方が折れるかも……」
私が提案すると、少年がすがるような目でこちらを見た。
「無駄だと思うけどなあ」
「……わしらの中でも、こうやって意見が割れておってな。残ったみんなの話も聞こうと、戻ってきたのよ」
職人がそうまとめた。
「私は、言わない方がいいと思います。口先だけで服従しても、子供の嘘は分かりますでしょう。それなら準備を整えて、交渉した方がましではないかしら」
画家が口火を切った。
『私も報告には反対だ。今の状況では、少年たちがあまりに気の毒だ』
服屋が画家に加勢した。これで、私と画家、服屋が引き渡しに反対の意を示したことになる。賛成派は医者とアイテム屋。
残った職人と宿屋がどう出るか、私たちは黙って見守った。
「──俺はやはり、黙っているのは禍根を残すと思う。正直に言った方がいいのではないか?」
先に意見を表明したのは宿屋だった。これで三対三である。そしてついに、職人が動いた。
「儂は、この子をかくまうことに賛成する。しかし、条件つきでだ」
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