第15話 怪物を倒した

 医者と職人は私と同じデザインだが、アイテム屋は女性らしいラインを残したパンツスーツ風の格好だった。コートがない分上着の裾が長く、そこにポケットがたくさんついている。


 不思議なもので、皆の格好がそろってくると一致団結したような気分になる。


「おお、格好いいの」

「これならプロポーズの時にも着ていけるな」


 はしゃぐ一同を見て、服屋が白墨を走らせる。


『過信するな。あくまで探索用で、軽さを重視してるから防御力はそう高くないぞ』

「はーい」


 釘をさされた一同はしゅんとなった。


「……おほん。では準備も整ったし、明朝出発としよう。よろしいか」

「異論なーし」


 職人の声かけによって、その日は解散となった。




「……さて、行くか」


 次の日、私たちは連れだって探索を開始した。歩きながら、私は地図の内容を頭に思い浮かべる。


 魔術師が作ったこの領地の左半分は、大半が山である。それが魔術師の家をぐるっと囲んでいて、さながら城と城壁のようだ。こちらは、探さなくていいと言われたエリアにあたる。


 山の右側に広い平地があり、こちらは「庭」と呼ばれている。私たちが住んでいるのはここで、下っていくと犯人の荷物があった砂漠になる。


「さて、まずは平地の探索といきますか」


 平地では多少の上下はあれど、足に大きな負担はない。人が隠れられるような窪みや洞窟があれば覗いて声をかけ、不審な跡があれば足跡ではないかと気をとがらせ、すぐにどこかへ行ってしまうアイテム屋を捕獲する。


 そうやって虱潰しに探していったのだが、人どころか人がいた痕跡すら見つけられなかった。


「いないなー。こりゃ、やっぱり砂漠の方まで行かなきゃダメか」


 医者が腰に手を当てて、ため息をついた。


「まあ、そう愚痴るな。始めから、荷物があった砂漠の方が可能性が高いと言うておったろう」

「やっぱりそうですかねえ……」

「砂漠って、やっぱり暑かったり寒かったりするんですか?」


 医者があからさまに嫌がるので、私は試しに聞いてみた。


「気候は他と大して変わりゃしないよ。ただ、なんか体がだるいってのはあるがな。それより怖い奴が、出るんだ」

「幽霊が?」

「んなもん、いても可愛いさ。砂漠ってのはこの『庭』の中で一番外にあたる。言い換えれば、侵入口になりうるところだ。──お前が魔術師なら、ここに何を置く?」

「門番ですかね……」

「正解。ってわけで、砂漠には化け物がうろついてる。その盗人だって、今頃死んでるかもしれねえぞ」

「……だから、あの時職人が渋い顔を……」

「そういうことじゃ。お前さんの犬がおったし、画家は頭に血が昇っておったから付き合ったがの」


 職人の会話を聞いて、私は密かに冷や汗を垂らしていた。


「だが、今は魔術師から紋まで授かった。全く調べませんでは通らんじゃろうな。死体でも見つかれば、皆が安心できるのじゃが……」

「ワンワン」


 自分がいるから大丈夫、とばかりに犬が吠える。


「そうだ、お前さんの鼻と耳も頼りになる」

「ワフン」

「……できるところまで行ってみましょう」


 犬に注意をはらいながら、さらに進む。砂漠に踏み居るとそこここで砂が山を作り、岩々をのみこもうとしていた。山の表面は細かく波打ち、少し触っただけでその表情を変えていった。


 息が上がってくるため、自然とみんな無口になる。


「ワン……」


 犬も寂しげな光景に飽きてしまったのか、尾を下げてつまらなそうに歩いている。──しかし突然、その光景が一変した。


「ワン!!」


 犬が激しく吠え、尾の光が消える。


「これって──」

「散って!!」


 アイテム屋の高い声が響いた。医者が後ろに飛び退き、アイテム屋が職人を抱えて転がるのが見える。一歩も動けなかったのは、私だけだった。


 だからこそ、はっきりと見える。こちらをじっとにらむ、九つの蛇首。それは全て、鱗で覆われた胴体に属していた。そんな怪物の名前は、一つしか思い出せなかった。


「ヒュドラ……」


 不死身と呼ばれた怪物。一つの首を落としても、二つ首が生えてくる生命力を持つ。そんな化け物が、私を見下ろしている。


「あ……」


 冷や汗が出てくる。周りに居る皆が何やら叫んでいるのが分かっても、その言葉までは分からない。


 頭が真っ白だ。──だからか、見えるはずのないものが見える。ヒュドラの胴体、急所の上に少年が乗っているなんて、幻覚に違いない。


「誰? お兄ちゃん」


 幻覚ではなかった。少年は囚われている様子もみせず、ヒュドラの体にぴったり寄り添っている。明らかに、保護者として頼っている仕草だ。


 ヒュドラも、よく見ると攻撃にうつりそうな動作はない。もしかしたら、この子たちは悪い侵入者ではないのかも、と考え直した。


「どうしてここに──」


 なんとか下手な言葉をひねり出した時、犬の吠え声が聞こえた。その方向に顔を向けて、気付く。──もう一体、いる。


「危ないッ!!」


 思わず、ヒュドラに向かって叫んでいた。


 ヒュドラがとびのく。犬が私の首元をくわえ、大きく飛んだ。誰もいなくなった地面に、何度も炎球がたたきこまれた。


 水の中でも消えない炎。そのまぶしさに目を覆いながら、私は犬と共に砂の上に転がっていた。


「また……化け物……!?」


 絶望の声と共に見たのは、七つの首に馬の体を持つ怪物。ヒュドラと違って、首の先には人間の頭がついていた。……はっきり言って、造形的にかなりキモい。


「……戻れ」


 怪物が言った。ヒュドラは敵意のこもった唸り声を返す。


「では、死ね」


 新たな怪物は、明確な意図をもって攻撃をくり出した。目標は私ではなく、ヒュドラと少年だ。三つの首がヒュドラに噛みつこうと機会をうかがい、残りの首はしきりに炎をあびせている。


「……助けて!」


 猛攻の中で少年が叫ぶ。その声が、私の心を揺さぶった。


「お前だけでも、早くこっちに来い!」

「無理しないで! もう、とっくに探索の域こえてるわよ!!」


 医者とアイテム屋が叫んでいた。


 確かに彼らの言う通りだ。なのに、退く気になれないのはどうしてだろう。考えてみたらすぐわかった。


 ──格好つけたい、だけなんだ。


 生きている時は、ただ流されるだけだった。立場が上の相手には、結局何も言い返せず、自分を貫いたことなんてなかった。


 ここでも、そうしたいのか。せっかく作った居場所なのに、また臆病者で終わるのか。ようやく着いた新天地で同じ事をして、次はどこへ行こうというのか。


「……どうせ、死のうと思ってたんだし」


 方策は思いついている。失敗したとしても、最初の目的が達成されるだけだ。


 私は犬を呼び寄せ、呟いた。──側から離れろ、そして言う通りにしろと。


 犬が離れていく。私は人頭の怪物に向かって、拾っていた鉱石を投げた。怪物にしてみれば蚊に刺されたようなものだろうが、それでも私をにらんでくる。


 身を翻した私の後ろから、身も凍るような足音が聞こえる。全力疾走、それしかなかった。


 砂の山に隠れるようにして、一番近い目的地へ向かう。迷ったら終わりだ。記憶が間違っていたら、今度こそ「半」ではなく本物の死人になる。


 走ったのは、数分。そう遠くないはずなのに、目的地はまだ見えてこなかった。


「しまった……」


 場所を間違えたら、私に勝ち目などない。全くのゼロだ。


 失敗のことばかり考えて、息がうまくできなくなる。周りが見えない。考えがまとまらない──


「いや、間違ってねえぞ!」

「斜め下、もうすぐそこまできてる! よく探して!」


 医者とアイテム屋の声がした。熱くなっていた頭が、すっと冷える。周りが見えるようになってきた。


「あった!」


 ごうごうと流れている水が、目の前にある。急流の端。その水音に重なるように、三つの足音。怪物、ヒュドラ、それに犬。


「止まって、ヒュドラ。お兄さん、そっちは行き止まり──」


 少年の声を、犬の吠え声が遮る。そう、私にもそれは分かっている。ただし今の私には、「急流」は行き止まりではない。


 思い切って水の中に飛びこんでいく。今度は冷たさも、流れに翻弄される感覚もない。立体映像の中をすり抜けていくような、あっけなさだけがあった。


 しかしそれはあくまで、紋がある私だからこそ。人頭の怪物は同じように通ろうとして体をつっこみ、水の流れに体をとられてもがいた。


「ヒュドラ!」


 私が合図するまでもなく、少年は好機に気付いた。合図を受けたヒュドラの九つの首が、一気に怪物に襲いかかる。


 ヒュドラの牙が怪物に食いこむ。次の瞬間、怪物が絶叫をあげてのけぞった。


 怪物の顔が歪み、口から血が流れ、顔の色が失われる。最後に巨体がどっと倒れ込み、水に押し流されていった。

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