第13話 みんなゾンビだった
「無理ですよ。霊感すらないんですから」
「昔がどうだったかは関係ないよ。今の君は『半死人』だから」
「ハンシニン?」
聞き慣れない単語に、私は顔をしかめる。
「文字通り、半分生きて半分死んでいる。飲食は出来るし動けもするけど、子供を作ったりはできない。半死人同士だとわからないけど、体温もないから普通の人と握手するとびっくりされると思うよ」
つまり、ちょっと普通の人に近いゾンビということか。
「水中で苦しくないのも、音や匂いがはっきりわかるのも半死人だからですか」
「だね。あと、トイレがいらないのもそうだ」
「確かにそれはありがたいかも……そうしてくださったのはあなたなんですか?」
「いや、そこまで万能じゃないさ。話を元に戻すよ。今まで君のことは知らなかったが……見たところ、君の体が一番魔術に耐えられそうなんだよね」
やはり魔術は、体に負担がかかるものらしい。スポーツ選手でない人が急に運動すると、筋肉痛になるようなものだと魔術師は言った。
「どうかな? 一気に色々なことができるようになるし、この家で君と猫が暮らせるようになれば、安全にもなるよ。悪い話じゃないと思うけど?」
私は考えた。こんな大きな屋敷に住めるなんて、めったにある話じゃない。魔法が使えるようになるのも、ファンタジーそのもので素敵だ。
……しかし、私はつたないながらも作り上げた自宅に愛着がわいてきていた。それに、魔術師になるということはここの管理者になるということだ。私はそんな面倒なこと、一切したくない。
「……すみませんが」
「ああ、分かるよ。すぐに決めろとは言わないから、ゆっくり考えてみてくれ」
断るつもりだったのに、その道を封じられてしまった。流石引きこもり、人の話を聞かない。
「話は終わりだ。職人を呼んできてくれ」
使い魔が動いた。唇をかむ私をよそに、職人がのっそりと帰ってくる。
「今日はご苦労だったね」
「いえ、では失礼します」
地図を受け取った職人はあっさり引き下がったが、館から出るなりため息をつく。
「探すのはいいが、これは広いな……」
「何日もかかりそうですね」
「ああ。広い上に、急流や罠があちこちにあるからな。近くに見える場所でも、ぐるっと回って行かなきゃならん」
「どこに罠があるんですか?」
私が地図に触れる。次の瞬間、地図が青く燃え上がった。
「なんじゃ!?」
「……魔術師が何か仕込んだのかもしれません」
炎はぼうぼうと燃え、私の両手を包み込んでいる。これで熱くないのだから、魔術師の言う通り私は丈夫なのかもしれない。
「炎の中から……何か文字が浮き出してきた」
口に出して読むと、こんな文章だった。
『君のために、いいものをあげよう。画家に頼んで、その紋を手の甲に描いてもらいなさい。紋が消えない限り、僕が仕掛けた罠の類いから君たちを守ってくれるよ』
確かに文字の下に、尻尾をあげた蠍によく似た形の図柄がある。
「なるほど。画家なら、消えないインクも持っておるじゃろう。さっそく頼んでみるか」
職人はそう言ってから、まじまじと私の全身を見やった。
「移動するとしたら、君の格好では心許ないな」
「準備、いりますね……」
「みんなの助けが必要だ」
館の前で使い魔が待っていて、光の滝を作っていた。その中に飛びこむと、気付いた時にはもう家の前だ。
「アイテム屋にも話をせんとな」
「じゃあ、うちで作戦会議しません? まだ大した設備はないんですけど」
そう言いながら家に入ると──必死で逃げ回っている猫と、必死で取りすがっているアイテム屋がいた。
「猫様……お願いだからもう一回モフモフさせてくださいませ……」
「ニャーッ」
猫の言葉が翻訳できたら、「もういい加減にしてくれ」だっただろう。
「うちの猫をいじめないでください」
「お預けされてるの私なんだけど!?」
「精神的苦痛ってのがあるでしょうよ」
私は呆れながら、猫に手をさしのべた。猫は華麗なジャンプでアイテム屋を飛び越え、私の頭上に着地した。そのままそこでフーフー唸っている。
「ずるい!」
涙目のアイテム屋に責められたが、こればかりはどうしようもない。
「……追いかけすぎるから嫌われるんでしょう」
「追いかけてないもん。一日中猫様の背中に顔をうずめてフンフンしようとしただけだもん」
「引っかかれなかっただけマシだと思ってください」
私はしっかり猫を抱きしめた。途端に猫がゴロゴロ喉を鳴らし始めるのが可愛い。
それを合図のように、職人が咳払いをした。
「猫は一旦置いておかんか。魔術師直々の頼みができたんじゃ。お前さんにも協力してもらうぞ」
話を聞いたアイテム屋は、私と違って目をキラキラさせ始めた。
「素敵。全面協力させてもらうわ」
「……そこまで積極的になるとは思いませんでした」
がめついと思っていたアイテム屋の反応に驚いていると、彼女がこちらをにらんだ。
「何よ、人をケチ扱いして。私だってやる時はやるんだからね。魔術師からのお礼は豪華だったなとか思ってませんから」
「これ以上ない本音ダダ漏れをありがとうございます」
やっぱり、人の本性はそう簡単に変わったりはしない。
「……橋になる砂、多めに欲しいんじゃがいけるか?」
「ええ。万一犯人に出くわした時のために、捕縛用品もいるわね。あと、没収した戦利品を運ぶものも……」
「あまり欲張るでないぞ」
アイテム屋、職人にも釘を刺されていた。
「さて、他の面子に手紙を出さんとな」
「またあの丸い鳥を呼ぶんですか?」
可愛いのであれも一羽欲しい。
「いや、あれは魔術師専用だよ。わしらは魚を使う、鳥よりだいぶ遅いがな」
「餌をまけば寄ってくるから、気楽に使えるのよね。私が魚、集めとこうか?」
「頼む」
アイテム屋が外へ出て行った。私は彼女の背中を見ながら指を折る。
「今まで出会った人たちといえば……アイテム屋・医者・宿屋、それに画家と職人。私を入れると六人か。けっこう大所帯の捜索になりますね」
「画家と宿屋は来んだろうな。自分のテリトリーから何日も離れたがる奴らじゃない。だから捜索隊は四人だ」
「……良心が一人しかいないのが不安なんですが……」
欲に走った医者とアイテム屋の顔を思い浮かべて、私はげんなりした。
「君が儂側につけば、二対二じゃないか」
「暴走する二が強すぎます」
全く止められるイメージがわかず、私は首を横に振った。
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