第11話 魔術師に呼ばれた

 画家が近寄って、荷物の中をあらためた。布の中から、ちらりと赤や黄の石が見える。透き通ってはおらず、のっぺりした色の塊だ。その表面に、何か見たことのある「跡」を見つけた。


 なんだろう。気になったが、画家が大事そうにそれを胸に抱えたため、跡はすぐに見えなくなった。


「申し訳ございませんでした。あなたのおかげで見つかりましたわ」


 画家はすっかりしおれた様子で謝ってくる。ようやく誤解が解けたのを感じ取り、私はそれ以上責めないことにした。


「良かったですね。でも、中身はだいぶ減ってるかも……」


 画家は首を横に振った。


「いいえ。数えてみましたが、一つ二つ減ったくらいですわ。ろくに取らずに放り出したような印象を受けますわね」


 意外な結末だった。


「せっかく持ち出したのに? 盗むときに間違えたんでしょうか?」

「よほど急いでいたのかもしれんな。それでここに放り出していったと。まあ、見つかったのは良かったじゃないか」


 職人が言うと、画家は露骨に嫌そうな顔になった。


「良かったとは思えませんわ。犯人が野放しなままなのですよ」

「分かっている。儂も策を講じるが、今のところ手がかりがまるでないでな。カリカリしても仕方なかろう」

「この子に荷物を嗅がせてみたらどうでしょう」

「時間が経っているから微妙じゃが、やってみるか?」


 画家をなぐさめるために犬を荷物に近づけてみたが、めぼしい反応はなかった。画家が悔しそうに唇をかむ。


「とりあえず、一旦戻りましょう。こちらが遭難してしまったら、元も子もない」


 私が提案すると、職人がうなずいた。二対一になったので、画家も渋々同意する。


 しかし私だって、喜んで引き上げたわけではない。彼女の家と私の家は近く、今度はうちが狙われるかもしれないのだ。


「協定を結びませんか?」

「なんですの、それ」


 私は画家に、時間を割り振って互いの家の周りをパトロールしてみないかと持ちかけた。ついでに、うちに猫がいることも明かしておく。


「三日に一回くらい、その結果を報告しあいません? 私がその場に現れなかったら、猫の様子も確認してもらうってことで」

「わかりましたわ」


 協定が成立した。まだすっきりはしないが、とりあえず対策がとれてほっとする。


 犬に連れられて、家の側まで戻ってきた。画家を送っていくという職人とも、ここで別れることとなる。


「お前さんには世話になったな。いずれ必ず、礼をさせてもらおう」

「いえ、お気になさらず。猫を引き受けてくださるだけで十分です」

「ほほほ、お前さん……もうちょっと、図々しくなった方がよいぞ」


 そう言われても、と私は頭をかいた。


「──そんな様子では、『上』ではさぞ生きづらかったろう」


 その言葉に、思わず私の手が止まった。


「……知ってるんですか? 私を」

「いいや。ここに新しい住民が増えるときは、たいてい『上』からやってくるもんでな。儂は古株だから、よくわかるんだ」


 職人はそう言って、さびしそうに笑った。


「上になじめなかった傷を、誰もが抱えている。だから、ここの住民は同胞に甘い。儂もその口でな、画家みたいにまだ人間不信なヤツもいるが、互いを傷つけることはないと信じていた」

「それが、今回の盗みで覆ってしまったわけですか」


 二人があんなに必死だったのは、そういう理由もあったのだ。自分たちの中に入り込んでしまっていた異分子を、なんとか見つけようとしていたのだ。


「捕まえましょう、犯人」

「ああ」


 職人とがっちり握手をかわして別れた。家に入るなりまつわりついてくる猫をいなし、私はマットレスの上で考え続ける。


「あの跡、絶対どこかで見てるはずなのに……」


 どこだ。どこだ。


 しかし思い出そうと焦れば焦るほど、正解から遠ざかっていく気がした


「ニャーン……」


 猫に心配されるまで、私はずっと同じ姿勢でガリガリと頭をかき続けていた。





「あれ? また会ったわね」


 パトロールに出かけた私を認め、アイテム屋が声をかけてきた。相変わらず綺麗な金髪をなびかせ、気持ちよさそうに歩いている。


「お酒は? 何か交換できそうなものある?」

「それが……そんなことをしている暇がなくて」


 私はアイテム屋に、これまであったことを話してみる。最初は面白がっていたアイテム屋も、盗人の話になると顔をしかめた。


「それ、本当?」

「あの取り乱し方は嘘じゃないと思います」

「魔術師に報告はしたの?」

「い、いえ」


 言われてみれば、すぐに管理者である魔術師に知らせるというのが筋である。だがそもそも私は面識がないし、主は引きこもりだと聞いていたから思いつかなかった。


「主は、外のことには関心がないんじゃないでしょうか?」

「『上』の世界のことはどうでもいいだろうけどさ。ここは彼の家の一部。家が荒れたら、引きこもりは困っちゃうでしょ」

「それは、そうですね」


 アイテム屋は憤然とした表情で腕を組んだ。


「職人と一緒だったんでしょ? 混乱してた画家ならともかく、あの人なら思いつきそうなものだけど……」

「思いついとったよ。だからここに来とるんじゃ」


 後ろから職人の声がした。彼は、手に小さな荷物を持っている。


「昨日の顛末をまとめてみた。お前さんにも確認してもらおうと思って持ってきたんだが」


 荷物の中から、手紙が出てきた。不思議なことに、ややザラザラした紙に書かれていた文字は全くにじんでいなかった。


 驚きは一旦置いておいて、私は文字に目をやる。事実が淡々と書かれているのを確認して、うなずきと共に職人へ返す。


「問題ないなら、呼ぶとするか」


 職人は再度荷を解き、細長い笛を出すと強く吹いた。ピイッという高い音とともに、水の中を輪状の泡が通っていく。


 泡は小さくも弱くもならず、ずっと奥の方まで進んでいった。


「……これで、どうなるんですか?」

「まあ、しばらく見とれ」


 職人が指さす方向から、声に少し遅れて不思議な生き物がやってきた。


 鳥だ。異常に丸い。胴体に対して申し訳程度の羽しかついておらず、水中でなければすぐにぼてっと落ちてしまいそうだ。


「ピ」


 鳥は口を開ける。職人は迷うことなく、手紙をくわえさせた。


「ム」


 鳥はしっかりと手紙をくわえ、満足そうな表情でうなずく。そしてまた、水に乗って消えていった。


「さて、これで『魔術師』がどう出るかじゃな」

「待つしかないですねグアッ」


 格好つけていた私の側頭部に、すごい勢いで何かがめりこんできた。


「クルッポー」


 めりこんできた物体が、奇声を発している。おそるおそるそちらを見てみると、さっきの鳥がはばたいていた。今回の個体は、全身が赤い。


「驚いた。『速文』用の鳥が来たぞ」

「ピイ」


 鳥は職人の差し出した手に乗り、そこで手紙を吐き出した。ざっと目を通していた職人の顔色が変わっていく。


「『魔術師』からの呼び出しだ。すぐに来いと言われている」

「え? 今から?」


 目を白黒させる私に、職人は重々しくうなずいた。


「ちょっと待ってください、猫が……」

「はいっ! 私が面倒を見ますっ!」


 これ以上ないほどの速度で、アイテム屋が手をあげた。猫を触りたくて仕方ないらしく、目が明らかにキラキラしている。完全に欲に支配されているが、猫を放置するよりはましだろう。


「家の中も猫も、あちこちいじらないでくださいよ」

「分かってますって」


 うきうきしているアイテム屋を送り出し、入り口をふさぐ。服が一着しかないから、何を着ていこうかと身なりに悩む必要がないのはありがたかった。


「よし、行くぞ」


 職人は受け取った手紙をくしゃくしゃに丸め、ぎゅっと握り潰した。すると彼の指の隙間から、紙のかわりに銀の砂が落ちてくる。職人が手を振り回すと、砂が私の体にもかかった。


 砂がかかったところが熱くなる。反射的に砂を払おうとした手が、急に現れた光の中に沈んだ。


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