第10話 盗まれた品を取り返した!(美女もいる)
甘え倒すと気が済んだのか、猫は次第にニャアニャア忙しなく鳴き出した。
「……お腹すいた、ってか」
「ニャ」
猫が、こちらの言葉を理解したように鳴いたので、私は笑った。ちょうど手に入れたところの食材もあるし、たっぷり美味しい物を食べさせてやろう。
魚を捕まえてきて、身を切る。それに軽く塩をして放置し、その間にすり潰した魚の卵を鍋に入れて熱する。
熱で魚の成分が溶けていき、バターが溶けた時のような薄黄色い液体に変わっていく。そこで魚を鍋に投入。徐々に液体が茶色くなり、香ばしい匂いが漂ってきた。ひっくり返して両面に焼き目がつき、身の色が変わったらムニエルもどきの完成だ。
「さ、食べなさい」
先に猫の分を焼き上げて、冷ましてから与えてやる。次いで、少し塩を多めにして自分の分を作った。
「いただきます!」
さっそく口をつける。噛む度に、自然と笑顔になっていくのがわかった。
魚はけっこう食べてきたが、今までは比べものにならないくらいのおいしさだ。よりしっかりついた焼き目にほどよい塩気、さらに油による旨みも加わって、きちんと「料理」になっている。
「うまー……」
色々大変だったが、私はこの収穫で元がとれた。大変だったのは猫の方だ。あのさみしがりようからして、少なくともたっぷり一日は家をあけていたのだろう。
「誰か、信頼できる人に猫のことを言っておかなきゃな……」
探索が楽しくて忘れていたが、私がどういう状態──生者なのか死者なのか──もわからないのだ。ある日突然、出先で消滅したって文句は言えない。そうなったら、この閉じた空間に猫は閉じ込められ、ひとりぼっちになってしまう。
「なにも考えてなかったな」
今までホイホイ気楽に外出して、無事だったのはただのラッキーでしかない。あの急流以上の罠がないなんて保障はないのだ。
医者は変なことを企んでいるから信用できないし、アイテム屋はそもそもひとつところにいなさそうだ。ドラゴンはコミュ障だから、露骨に嫌がるに違いない。
「宿屋さん……猫、好きかな」
一番頼りになりそうな人の顔を思い出して眠りにつこうとし……怖くて目が冴えてしまった。
「さて、今日も食材調達……」
私は目をこすりながら、外に出た。猫がまた寂しがるといけないので、近場で調達してすぐ帰るつもりだったのだ。
──しかし、そうはならなかった。憤怒の表情を顔に貼り付けた美女が、見た物を射殺しそうな視線を私に投げている。
彼女の腰まで伸びた黒髪は、枝毛一つない美しいストレートヘア。前髪が一直線にばっさり切られて少々古い印象だが、本人の涼やかな風貌がそれを帳消しにしている。アイテム屋が洋風美女なら、こちらは純粋な和風美女だ。……だからこそ、にらまれると呪いがかかりそうで余計怖い。
「あの、何か……」
「何かですって?」
とりあえず状況を確認しようとしたら、余計事態が悪化した。美女は苛々した様子で地面を爪先で叩き、私の返答を待っている。
「こらこら、画家よ。そんなに一方的に責めるでない」
美女に気をとられてわからなかったが、もう一人いた。穏やかな老人の声がする。
画家と呼ばれた美女の後ろから進み出てきたのは、とても背が低い老人だった。小学校低学年くらいの背丈しかない。人の良さそうな垂れた目と、顔半分を覆う白髭のため、物語に出てくる小人のように見えた。
「ですが、どう考えてもこの方しかいないのです」
悔しそうに画家が言った。
「そもそも、この辺りに人など滅多に通りません。彼が来た直後に事件が起こったのですよ」
「それについては反論せんよ。ただ、お前さんは犯人を見てはいないのだろう?」
「ええ」
「いつも没頭すると、同じ姿勢で固まるからな。それなら、決めつけてかかってはいかん」
「……話がさっぱり見えないので、そろそろ説明してもらっていいですか?」
私は挙手して会話に割り込んだ。
「私の大切な絵の具が、盗まれたのです」
「正確に言えば、絵の具の『色』になる鉱石や植物じゃな」
ざっと老人が説明してくれたところによると、絵の具というのは、色の元となる粉に油を混ぜ、練って伸ばすことで出来ているそうだ。今回それがごっそり盗まれ、画家が怒り狂っているという。
「絵の具になってしまえば私しか使いませんけれど、原料のままなら他の使いでもありますから……盗まれてもおかしくありませんわ」
画家は私を指さして言った。完全に「犯人はお前だ」と言うときの顔をしている。
「私じゃありませんよ。入り口に立ってただけで、荷物には手を触れてませんから。身体検査してくれても、家捜ししてもらってもいいですよ」
そう提案して、老人に隅から隅まで探してもらったが、何も出ない。無実なんだから当たり前である。
「ほら、私じゃないでしょう」
「どこか他のところに、隠しているのかもしれませんわ」
弁解するが、画家は不審そうな表情を崩さない。私はなんとか無実を証明しようとして、ある案を思いついた。
「……じゃあ、私が真犯人を見つけたら納得してくれますか?」
「なんですって?」
画家が柳眉を逆立てた。
「出てこい」
私は犬を呼び寄せた。いきなり現れた犬を見て、二人が目を白黒させる。
「この犬は、鉱物をかぎあてる鼻を持っています。犯人が隠している石を探し出せますよ。……盗んだ当人が、こんなこと提案すると思います?」
画家はちらっと老人を見やった。
「あなたはどう思いますの、職人?」
「乗ってみても損はないと思うぞ。何か企んどっても、二対一だからなんとかなるじゃろ」
えらく弱く見られたな、と思ったが、口には出さなかった。
「……では、存分にご自身の無実を証明なさってくださいませ」
画家がついに折れた。その言葉を理解し、犬がぶるっと身震いをする。
「よし、行こう」
私は家を出て、犬が行くに任せた。急流に向かうと思いきや、反対方向へ向かう。犬は私が行ったことのない道を進んでいった。たちまち、見たこともない桃色の水草が生い茂る場所に出た。
魔術師の「庭」は思っていた以上に広い。これは、一日二日では見つからないかもしれない。
「帰り道は覚えてるのか?」
私が聞くと、犬はワンと高く鳴いた。赤々と尾も光っているから、今は心配ないだろう。犬を信じて、どんどん進んでいくことにした。
進むに従って、三角状に尖った岩がそびえ、砂ばかりある土地になっていく。隠し場所はあるかもしれないが、犯人が潜むには向かないところだ。
「深入りはまずいのう……」
職人が重々しくつぶやいた時、犬がにわかに鼻を動かし、地面を掘り始める。出てきたのは、あざやかな緑の石だった。
「これですか?」
「いいえ。盗まれたのは赤と黄色ですわ。──使えそうではありますが」
画家は顎に手を当てて、ぶつぶつと何やらつぶやき始めた。私が話しかけても、自分の世界に入りこんでいて反応がない。
「あのう……」
「すまんな。絵のことが絡むといつもこうなんじゃよ」
職人と呼ばれた老人が言う。いい機会なので、色々聞いてみることにした。
「職人、ってことは何かを作るヒトなんですね?」
「ああ、あまり大きなものは作れないが、細々したものならたいてい儂が作った物だ。画家は筆を大量に使うから、自然と会う回数が増えてな」
「なるほど」
宿屋にあったフォークとナイフもこの人の作だろう。これからお世話になるかもしれないし、事件を解決して良好な関係を作っておきたい。
「……はっ」
ここでようやく画家が現実に戻ってきた。彼女は緑の石をぬかりなく採取し、一人で勝手に歩き出した。
沈む砂に足をとられて私の息があがりかけた頃、急に犬が全速力で走り始めた。
「追いかけて!」
「はいはい」
画家と職人は、ゼエゼエ言いながらもそれについていく。私は最後尾になってしまい、精一杯追いかけた。
「いったい……どうなって……」
私の息は、完全に上がっていた。今まで水の中にいてもこんなことはなかったのに、どうしたのだろう。この「土地」がそうさせるのか、私の体が変わってしまっているのか……ぼんやり考えているうちに、ようやく二人に追いついた。
「おまえさんの犬、やってくれたぞ。これが、盗まれた顔料じゃ」
息を切らした職人が指さす先には、誇らしそうな顔で尾を振る犬がいた。その足元には、麻のような布でくるまれた荷物が落ちていた。
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