第9話 猫様の寂しがり

「大部分が深く埋まっていたので、これだけしか取れませんでしたが……食事のお礼に差し上げます」

「助かる」

「掘る手段は確保したので、もう少し持ってきますね」


 召喚獣を使えば、掘り出しは容易だろう。邪な目的をはらんだブツだが、少しは宿屋の役に立ててほっとする。


「そのかわり、卵をいただいてもいいですか?」

「持てるだけ持っていけ」


 宿屋は上機嫌で腹をたたく。そして熱鉱石を大事そうにつかみ、台所へ消えていった。


「さっそくやってくれたな。その調子で、俺の依頼も頼むぞ」

「ハハハハハ」


 医者に対しては適当な笑いで答える。


「その前に、家に帰りたいんですけど」


 しばらく意識を失っていた。宿屋は確か「朝食」だと言っていたから、同日の朝ならいいが……何日も寝込んでしまったとしたら、猫がお腹をすかせているかもしれない。


「送っていってやりたいが、家の大体の場所はわかるか?」

「いえ……」


 家を作ったのは、たまたま洞窟があった場所というだけ。これまでその近辺しか知らない。手がかりになりそうなのは、以前アイテム屋が言っていた「庭の端」という情報だけ。


「それだけではなあ……」


 案の定、それを伝えると宿屋が渋い顔になった。


「やっぱり、そうですよね……」

「他に何か目印になりそうなもんはねえのか?」

「目印……というと、青緑のドラゴンくらいしか……」

「ドラゴン?」


 それを聞いた医者が、あからさまに嫌そうな顔になった。


「どうかしたのか?」

「心当たりがあるんだよ。……あんまり行きたくねえが、こいつのためなら仕方ねえ。宿屋、馬を借りてもいいか」

「あまり長くならないなら、構わないが」


 了解が出たのを確認し、医者が私に目くばせしてきた。


「交渉成立。食ったら荷物をまとめな。大体の所は分かったから、一緒に探してやるよ」

「ありが……いや、もしかして……」


 素直に礼を言いかけて、私ははたと医者の意図に気付いた。


「私の家を突き止めておいて、動向を把握するつもりでは……」

「ハハハハハハ」


 うつろな目と一本調子な笑いが、全てを物語っている。適当なところで別れた方が良さそうだ。


「余計なことは考えない方がいいですよ? 私にだって、意地はありますから」

「嫌だなあ、怖い顔しちゃって。ハハハハハハハ」


 脅しておいたが、安心はできない。油断も隙もないヤツだ。


「じゃあ、卵採りに行くか」


 私は宿屋に連れられて、宿の裏の崖までやってきた。割れ目に並ぶようにして卵が張り付いており、一旦見つけてしまえば次々と回収することができる。潰れないよう宿屋が布でくるんでくれたそれを、慎重にバッグに入れた。


「そろそろいいか?」

「はい、ってうわあ!」


 私が振り返ると、すらりとした白馬が医者の横に立っていた。猫や犬と違って、この馬にははっきりとした青い目がある。


 賢そうだ、と思った。その直感は間違っておらず、私たちを見た馬は自ら足を折り、座ってくれた。


「お前は後ろな」


 医者がそう言って腰掛けると、馬は本当に本当に嫌そうな顔をした。


「なつかないんだよなあ、こいつ」

「……本能的に、主人の敵だと見抜いてるんじゃないですか?」


 医者は私の指摘を無視した。


「よろしくお願いします」


 挨拶して、私は馬にまたがった。鞍はついていなかったが、馬の背は不思議に滑らかで骨や肉の感触は全くない。


 私が医者のローブをしっかりつかんだ次の瞬間、馬が動き出した。


 思っていたより速い。そしてそれより新鮮だったのは、馬の背の高さだった。私が見落としていた位置に、面白そうなものがいくつもある。


「あ、あそこで何か光りましたよ」

「え? 赤いヤツか?」

「いえ、黄色でした」

「じゃあ、俺には関係ないな……」


 ……面白そうなものはあっても、医者が解説してくれないのでなんの解決にもならなかったが。


「せめて、ここがどんな地形なのかくらい教えてくださいよ」

「ん? そうだなあ」


 医者の話をまとめるとこうなる。


 この閉ざされた土地では、南西から北東をつっきるように斜めに急流が流れている。魔術師の家がある中央は南西のエリアになり、庭は北東の方だ。


「やっぱり、魔術師の家に入らせないための急流なんでしょうか?」

「そうだろうな。最近のあいつ、人嫌いだから」


 聞きしに勝る引きこもりっぷりだ。


「ただ、急流にもところどころ切れ目があるらしい。おそらくお前は、その切れ目の一つで放り出されたんだな。そこが宿屋に近かったってわけだ」


 宿屋は南西エリアにはあるが、かなり急流に近い位置で、そこから魔術師の家は見えないそうだ。


「アイテム屋の言うことを信じるなら、もともといたのは北東側だろう」

「急流さえなければ、けっこううちと宿は近いのかもしれませんね……」


 なんとかして急流を抜けられないだろうか。そうなれば、熱鉱石を持っていくのも楽になる。ちょっと馬を貸してもらって一日冒険、ということもできるかもしれない。今度調べてみよう。


「あ、待って下さい」


 視界の隅に、緑色の何かが映った。あの独特な色合いは忘れようがない、ドラゴンの鱗だ。今日は本体がおらず、鱗だけが取り残されていた。


 周囲の景色にも見覚えがあるし、ここで下ろしてもらえば間違いないだろう。


「ここが家なのか?」


 この前はドラゴンで隠れていて見えなかったが、よく見ると小さな洞窟がある。私はにっこりと笑いながらうなずいた。──大嘘だが。


「本当か?」


 もちろん医者も、こちらが嘘をつくだろうと踏んでいる。まるでキツネとタヌキの化かし合いだ。


「本当ですよ。ほら、片付けてない荷物がそのままでしょ?」


 洞窟には大きな荷物がいくつも置いてある。ここは誰かのねぐらのようだ。悪いが、全面的に利用させてもらう。


「……へえ、こりゃ、人の手が入ったものだな」


 医者はわずかに目を細めた。本当に生活している様子があったのと、あまりゴネて反発されてはまずいという思惑が働いて──


「じゃ、ここでな。また近いうちに会おうぜ」


 彼は合理的な対応をとった。


「はいはい……」


 私は力なく手を振る。この洞窟の住人が帰ってくる前に、とっとと医者に消えてもらわなければならない。反論をしている時間はなかった。


「じゃあなー」


 馬が小さくなっていき、本当に消えたのを確認してから、私は伸びをした。


「やっと行った……困った人だな」

「その台詞、今度はあなたに返してもいいでしょうか?」


 奥から涼やかな女性の声が聞こえてきて、私は不自然な姿勢のまま固まった。


「あ……あの……」

「勝手に人のアトリエにずかずか入ってきて自分のもの呼ばわりしたあげく、ぼーっと突っ立っているなんて。涙が出るくらい素敵なお客様ですわ」


 たっぷり嫌味を吐かれても、こちらには返す言葉がない。


「申し訳ありません……」


 ただひたすら頭を下げる。言い訳をしなかったのが良かったのか、しばらくたつと彼女の発する怒気が和らいできた。


「二度としないよう、気をつけてくださいませ」

「はい」


 私は海老のように、後ろ向きに腰を引いたまま逃げ出した。ずっとうつむいていたため、女性の顔すらまともに見ないままだった。


「ずっと主がいたのか……悪いことしちゃったな」


 アトリエと言っていたから、芸術家なのだろう。自分の縄張りに踏み入られるのは、ことさら面白くなかったに違いない。


「お詫びの品でも、持っていくかな……」


 へろへろになりながらも進み、ようやく家に着いた。入り口をこじ開けて入ると、目の前に猫がちんまり座っている。


「ニャ……」


 怒っていると思っていたのに、予想に反して猫は体を小さく丸めている。その姿がどうにも寂しそうで、私は心から申し訳ない気持ちになった。


「ごめん。本当にごめん」

「ミャーン……」


 抱き上げて撫でてやると、猫はしんなりとなって私に体重をあずけてきた。私の腕をしっかりつかんで、もう離すものかと頑張っている。


「寂しかったんだなあ」


 猫は家につくといって、あまり人間にべたべたしないものと聞いていたが、この子は違うらしい。その後もしっかり私にしがみついたまま、しばらくゴロゴロ喉を鳴らして甘えていた。

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