第8話 召喚獣を手に入れた
「よし、呼ぶぞ」
医者が宿屋を呼び寄せる。ああだこうだと喋っている隙に、私はそっと鏡の角度を変えた。
二人に気付かれないように覗きこむ。次の瞬間、倒れそうになった。
本当に、鏡の中には絵のとおりの美少女がいた。嘘ではなかったことに衝撃を受けて、私は思わずうめき声をもらしてしまった。
「……あ」
宿屋が私の挙動に気付いた。全てを悟った目で、医者をにらむ。
「いやあ、すまんすまん。『呪い』の存在を聞かせても、こいつがどうしても信じようとしないんでな」
「そ、そうなんです。だって、非科学的だし」
「ふうん」
宿屋は、不審そうな顔をしながらも、それ以上文句を言うことはなかった。
「元に戻る方法は、ないんですか?」
「ある。ただ、戻ろうとは思わん」
宿屋はやけにきっぱり言った。
「なんでですか? 変身前、正直かなり……」
「だからだ」
宿屋の理屈が分からなくて、私は首をひねってしまう。
「俺の趣味は、なんだか分かるか?」
「……ノーヒントで答えられません」
「人を怖がらせることだ」
「ロクでもない趣味ですね」
「迷いなく言い切るな。日常にちょっとした刺激を与える、崇高な行為だぞ」
それははた迷惑というのだ、とは言えなかった。
「なのに、呪いをかけられる前は誰も彼もが俺を笑った。あまつさえ『可愛い』などと」
宿屋は本当に悔しそうに言うのだが、私も呪いのかかっていない姿に出くわしたら可愛い以外に言う言葉がない。
「この姿になったのは、天の恵み。疑問を持つのは勝手だが、戻そうなどとしてくれるなよ」
「……はい」
「分かったら、鏡を元に戻しておいてくれ」
料理の続きをするために宿屋が居なくなると、医者が私に目配せをしてきた。
「分かったろ?」
「ええ。嘘じゃないことはよく分かりました。あなたは『呪いを解こうとしている』側なんですか?」
「分かっているなら何よりだ」
「それに、さっきの赤い結晶が必要なんですか?」
医者は親指を立てた。
「その通り。自分で気楽に行ける範囲は取り尽くしてしまってね。君の分を分けてくれると、俺の野望がぐっと近づく」
私はため息をついた。
「言い分は分かりましたけど、ご本人は喜んでないでしょう。そっとしといてあげるのが親切なんじゃないですか?」
「それじゃ、俺が救われないんだよ」
愛という言葉の定義を、この医者に教えてあげたい。
「だから頼む。これからも俺に協力してくれ」
「……はいはい」
私は典型的な生返事をした。
「で、『いいもの』ってなんなんですか?」
「これだ」
医者は懐から水晶玉を取り出した。こうなると、医者と言うより占い師に見えてくる。
「これはどう使うんでしょう」
「まずは両手で持って」
私は医者に言われた通り、水をうける時のような形の手を作って、水晶玉を受け取った。
「『出てこい』って言ってみな」
「で、出てこい」
私がためらいながら言うと、水晶が赤く光った。そして水晶の中から、犬のような形の影が滑り出てくる。
影は外に出ると、よりはっきりと犬の形をとった。うちの猫と同じく表情ははっきりしないが、尾のところだけ赤々と炎のように光っている。
「これは……」
「召喚獣だよ。見たことなかったか? 仲間を増やすのが得意なヤツがいるんだ。顔見知りにならないと、使わせてくれないけどな」
「へえ……」
「今は誰が呼びかけても出てくるけど、お前の手から餌をやってみな。そうしたら、他人の声には反応しなくなるぞ」
「かわいいですね。うちの猫とうまくやってくれるといいけど」
私がそう言うと、医者が鼻を鳴らした。
「こいつの一族は単なる愛玩動物じゃなくて、役にも立つんだ。鉱石や結晶があると、地中から掘り起こしてくれる」
「へえ」
犬は地面を掘り起こすものだが、そんなことまでしてくれるのか。私が感心の念をこめて眺めると、犬は尻尾をふりふりと動かした。
「あと、鼻もきく。こいつの尻尾の光が消えたら何かを警戒してるから、せいぜい気をつけるんだな」
「あ、ありがとうございます……」
思ったよりも、珍しい物をもらってしまった。ただこれ、鉱石を集めろよというプレッシャーだから、素直に感謝する気にはなれない。
便利アイテムは欲しい。だが、どうやって医者から逃げようか考えていると、宿屋が戻ってきた。彼が押してきた台車には、湯気がたつ朝食が並んでいる。
さすがに白いご飯はなかったが、パンによく似た物体が見える。その横に添えられた魚のソテーは、表面がきつね色に焼けていて実に美味しそうだ。最後に、マグカップになみなみとスープが注がれている。見ただけで、口の中に唾がわいてきた。
「さっさと取ってくれ、冷めちまうぞ」
「はーい、いただきます」
男二人の声がかぶった。
私はスープに口をつけた。まだ火傷しそうに熱い。あわてて唇を離した私を見て、医者と宿屋が同時に笑った。
スープは一旦諦めて、パンと魚に手を伸ばす。どうやって作ったのか、木製のナイフとフォークがちゃんとついていた。それで犬にも食事を与えてやると、喜んで食べた。とりあえず、これで契約完了だ。
一定時間なにもさせないと水晶玉に戻ると医者が言うので、私は食事を続けることにした。
パンはまあ、普通だった。しかし魚を切って口に入れると、熱が通ったパリパリの皮が歯に快い感触を与えてくる。その下にある身はやわらかく、ぱさつきは全くなかった。
何より良かったのは、塩気のきいた黄色いソース。やや堅めのパンですくいとってみると、上質なバターの味がした。しばしサルのように、同じ動作を繰り返す。
そうしているうちに、スープが冷めてきたので口に含む。こちらは柔らかく煮た根菜のようなものがたくさん入っていて、コンソメスープのような味わいだ。
「気に入ったか?」
口の中にたくさん食べ物が入っているので、宿屋の問いに無言でうなずく。
「なら、おかわりあるぞ。たくさん食べろ」
「ありがとうございます。このソースはどうやって作っているんですか?」
企業秘密に触れることなので、私はおそるおそる聞いてみた。
「この近くの崖に産み付けられた魚の卵をすりつぶすと、半固形になる。それを鍋で溶かして、軽く塩を加えただけだ」
案外あっさり教えてくれた。
「……そうですか。こんなに美味しいなら、その卵は厳重に管理されているんでしょうね」
「欲しいなら持って帰っていいぞ」
秘密もクソもなかった。
「いいんですか?」
「別に、足りなくなったことはないからな。それよりも、探してほしい物がある。熱鉱石だ」
「ネツコーセキ?」
「熱をためとける石のことだ」
医者がスープをすすりながら、口をつっこんできた。
「地下に熱源がありゃ掘るだけで熱い蒸気が出てくるが、ここはそうじゃないからな。定期的に石に熱をためないと、こういう暖かい料理が出せなくなるんだよ」
「長く使ってると、次第にたまらなくなってくるしな」
「電池みたいなものか……大変ですね」
私は苦労無しで熱源を手に入れていたのだ。これはかなり運が良い。
「熱鉱石って、こういうのですか?」
一旦中座して、鞄の中から黒い方の結晶を出してみた。色が墨っぽくて、燃料になりそうだったからだ。
「それだ」
予想通り、宿屋が目を輝かせた。
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