第7話 新たな出会いがあった(やばめ)
「……う」
意識が戻ったところで、全身が重いことに気付いた。やけに疲労感が強くて、起き上がるのが億劫だ。
「……ここは、どこだ」
寝転がったまま、天井を見上げる。水中ではなく、洞窟の中だった。どうやら私の家と同じように、空気がたまっているところらしい。
しかし内装は、うちとは比べものにならないくらい豪華だった。壁には凝った水草の模様が刻まれ、天井には鉱石を集めて作ったシャンデリアのような照明がある。
目線を下に移す。床に、糸で編んだ絨毯が敷いてあった。その上に寝台とテーブルに椅子、覆いのかかった鏡がある。
「誰かいませんか……」
人を呼ぼうとして、はっと口をつぐんだ。意識を失う直前、確かに背中を押された記憶がある。
もしかしたら、私はそいつらに拉致されたのではないか。そうだとしたら、気付かれる前に逃げ出さないと。
なんとか気力を振り絞り、よろよろと立ち上がる。中腰になったところで、ごついオジサンと目が合った。
「うわアアアア!!」
どこにそんな余力があったのか。私は全力で叫び、壁際まで後ずさっていた。
よくよく見ると、オジサンは世にも恐ろしい形相をしていた。目は血走っているし、口は耳元まで裂けている。背の低いオジサンが古びた鎧をまとった姿はゲームのドワーフに似ていたが、こんなのがいたらプレイヤーは間違いなく虐殺に走る。
逃げる前に見つかってしまった。戦うか? しかし、相手の鎧を貫けるような武器を持っていない。それなら、どうにかして言いくるめないと──
私が困っていると、オジサンの方から口を開いた。
「朝飯は、どっちにする?」
「……それはアレですか」
「アレとは?」
「負けた方が、今日の朝食の肉になるぞ的なやつでは……」
「そのバカみたいな想像力は、どこから来るんだ?」
オジサンは心底呆れた様子で行った。その物言いに毒気を抜かれて、私はその場にへたりこむ。
「え? あなたは誰で、ここはどこなんです?」
「俺は、宿屋だ。ここのみんなは、そう呼んでる」
また職業名で呼ばれている人が出てきた。なるほど、住民を泊めているなら内装が凝っているのも納得だ。
「外で倒れてたから拾ってきただけだ。変な兄ちゃんだな」
「……申し訳ありません。大変お世話になりました」
「いや、床に転がしてたのは悪かったな。医者が、下手に動かすなと言うもんで。急流に巻き込まれたのか、あんた?」
「はい」
私は咳き込みながら、うなずいた。
「よく生きてたな。あれは死人を出すこともあるんだ。今、妙に疲れてないか?」
「おっしゃる通りです」
「急流の水は生命力を喰うらしい。一説じゃ、魔術師が侵入者を排除するために作った水だって言われてる」
「確かに、ありそうですね」
私はげんなりした。閉鎖空間にいかにもありそうな罠だ。
「じゃあ、私を押した奴はそれを知ってたんでしょうか」
それを聞いた宿屋は、怖い顔をますます怖くした。
「押した? この中じゃ、もめ事は御法度なはずだが……」
「でも、確かなんです」
背中に押しつけられた何らかの感触は、今でもはっきりと思い出せる。あれが気のせいだったはずはない。
「じゃあお前、落とされる前に何か変なもの拾わなかったか?」
「……なんか、赤と黒の結晶は拾いました」
「赤い方、植物の中になかったか?」
私は問いにうなずいた。
「そりゃお前、『守り草』にやられたのさ」
「マモリクサ?」
「結晶を守るように抱いてるからそう呼ばれる。結晶から栄養を取り入れているみたいで、取られると怒って攻撃してくるのさ」
聞けば聞くほど、脇の下に嫌な汗がわいてくる。
「それです。絶対にそれです」
私が肩を落とすと、宿屋がげらげら笑った。
「知らなかったのか? 今度からは気を付けるんだな」
高笑いする宿屋の横で、私はうなだれた。そこへ、誰かが近づいてくる。
「おう、医者」
宿屋が手を上げた。彼の目標の先には、軽薄そうな顔の若い男がいる。
医者だと言うから白衣を想像していたが、彼が着ていたのは全身をすっぽり覆う黒のローブ。染めているのか地毛なのか、髪も真っ白だ。とても怪しげに見えた。
「起きたのか、お前。調子はどうだ?」
「……おかげさまで、五体満足です」
「そうか、何よりだ」
医者は満足そうにうなずいた。笑うと人が良さそうに見える。私もぎこちなかったが、笑みを返した。
「こいつ、『守り草』に押されて急流に落ちたんだってよ。なかなか生命力の強い奴だな」
宿屋が私を指さして言うと、医者の目が一瞬鋭くなった。その強さにたじろいだが、医者はすぐもとの顔に戻る。
「そりゃまあ、運が良かったな」
「これから彼の食事を用意する。お前も飯食うなら作ってやるぞ、医者」
「助かる」
「じゃ、魚にするか。医者なんだから偏食治せよ、全く……」
ぼやきながら、宿屋が外へ出て行った。その足音が遠ざかっていき、完全に消える。その途端、医者が私ににじり寄ってきた。
「お前、持ってるのか」
「な、何をですか」
「『守り草』が抱いてた結晶。赤いヤツ」
「荷物が無事なら、いくつかはありますけど……」
とっさにバッグを抱きしめたのは覚えているが、あの急流でどうなったかは分からない。
「荷物なら、宿屋が拾ってそこに置いてた。さあ開けろすぐ開けろ早く開けろ」
医者は異常な熱意を見せて私ににじり寄った。勝手に開けないのだけは立派だが、一体どうしたのだろう。
試しにバッグを開けてみた。すき間からこぼれ落ちたのか、結晶は多少減っていたが、それでも半分以上残っていた。
「ソレヲキミハ、ドウシタイノカナ?」
完全に目がイッちゃっている。医者の肩書きはどうした。
「どうって……アイテム屋との交換にでも使おうかと」
「あの強欲女にやるだって!?」
間違ってはいないがひどい言われようだ。
「やめておけ。俺にくれるなら、もっといいものと交換してやろう」
「……なんでそこまでするんです?」
私がおそるおそる聞くと、医者はおもむろにローブに手をつっこんだ。
「見ろ」
彼が差し出してきたのは、掌サイズの絵だった。そこには、つぶらな瞳のかわいらしい少女が描かれている。褐色の肌に赤い髪が実に映えていた。
「アイドルみたいに可愛い子ですね。妹さんですか?」
「宿屋の本当の姿」
「……あまり面白くないジョークですね」
「ジョークだったら、俺はこんなに苦労するものか……」
「血の涙を流さないでください」
何故か、こちらの方が医者をなぐさめる展開になってしまった。
「本当に、あの人なんですか?」
「本当だ。特殊な鏡に映った時だけ、本来の姿に戻る。あの人は今の姿が気に入ってて、布で鏡を覆ってしまってるが。……ちなみに、お前の横にあるそれだ」
「え……」
医者はそう言うと、私に耳打ちしてきた。
「信じられないってんなら、覆いを外しとけ。しばらく俺が宿屋を引きつけるから、その間に盗み見ろ」
なんだか話が変な方向に転がり出したが、面白そうなのでやってみることにした。
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