第6話 ああっ! 後ろに謎の影が!

「そこに座ってください。なにもなくて悪いけど」

「はい」


 アイテム屋はきっちり正座をし、瞳を輝かせて「ブツ」が出てくるのを待っている。


「私が手で搾って作りました。それが気持ち悪くなければ、試してみてください」

「おお……おお……」


 差し出されたグラスを拝み始めた。なんかちょっと怖い。


「うまああああああい!!!」


 オッサンのような仕草で、アイテム屋は酒を飲み干した。


「短時間で、キャラの変わりようがすごいですね」

「うまさの前には、何もかもが無力」

「一部は同意します」

「おかわりちょうだい!」


 幸せそうにグラスを出してくるアイテム屋の手を、私はそっと押し戻した。


「それよりも先に、いくつか聞きたいことがあります」


 断固として引かない様子で迫ると、アイテム屋は渋々うなずいた。


「……何?」

「まず、ここはどういう場所なんですか」

「ひっどい引きこもりの魔術師が、自分のために作った水中屋敷とその庭。ここは、庭の端っこになるわね」


 思っていた以上にファンタジーな話が出てきて、私は思わず無言になってしまった。


「何よ、自分から聞いたくせに反応悪いわね」

「……すみません、ちょっと理解が追いつかなくて。魔術師なんて、ほんとにいるんですか?」

「他の場所でどう呼ぶのか知らないけど、ここにはずっといるわよ。変な生き物を次々に生み出したり、余所者が入ってこられない空間を作れる奴が」

「その割には、私があっさり入り込めたんですが」

「そんなこと、私が知るわけないでしょう。とにかくここは、ずっと前からそういう場所なの」

「はあ。つまり、水中にあるひとつの独立国ってことですね」

「引きこもりに建国なんて無理よ。ここは法律もない、はぐれ者が集まってるだけの場所。あえて言えば、魔術師の私情がそのままルールになるってことね」

「なるほど」


 私がどうしてここに入れたか、今どういう存在なのかは、その「魔術師」に聞けば分かるということか。


 当面の目標ができた。しかしここはアイテム屋によれば庭の隅。魔術師に会うまでの道のりは、まだ遠そうだ。


「ほら、しゃべったわよ。そろそろ、おかわりちょうだい」


 私はため息をつき、アイテム屋のグラスに酒を注いでやる。ただし、高さにして数センチ程度、かなり控えめな量だ。


「ケ、ケチ!!」

「もう少し注いだら、アイテムももらえますか? 欲しいものはあるんですけど、お金を持ってないので」


 私が言うと、アイテム屋が笑った。


「さっきも言ったでしょ? 国じゃないんだから、お金なんてものはないんだって。お酒の礼に、私の手持ちから好きなの一つとっていいわ。それでどう?」

「そういうことなら」


 私は心置きなく、アイテム屋のグラスに酒を注ぐ。残りは自分のグラスに入れて、二人で静かに乾杯した。


「で、どんなものがあるんですか?」

「私が持ってるのは、消耗品。便利な機械の類いはないわよ」


 そう言いながら、アイテム屋はテーブルの上に小さな瓶を並べ始めた。ワイングラスのような細い足がついていて、上部が膨らんでいる瓶だ。てっぺんに回転式の蓋がついていて、中に砂鉄のような黒い粉が入っている。


「これがうちの一番人気の『魔砂』。簡単にはあげないんだけど、今回はこれも選択肢に入れてあげる」

「食べられるんですか、これ?」

「何言ってるの? 砂は砂よ」

「じゃ、いらないです」

「即答かい」


 アイテム屋は鼻を鳴らした。


「食べ物がいいの? 大したものはないわよ。私、重いもの運ぶの嫌いだから」


 そう言って彼女が出してきたのは、なで肩の小瓶だった。確か「星の砂」とかいうお土産がこんな瓶に入っていた気がする。中には目に痛いほどの赤い粉が入っていた。


「調味料よ。魔術師のところで食べたものに近い素材を探してみたの。はい、味見」


 私はおとなしく、言われるがままに掌を出す。赤いから、脳は無意識に唐辛子を思い浮かべる。


 少しだけなめてみた。想像と違い、塩の味が口の中に広がる。


「塩だ! これ、もらっていいですか?」

「まだまだあるのに、いきなり決めちゃって大丈夫?」


 私はうなずいた。とりあえず塩さえあればできることは多い。一個しか手に入らないようだし、まず押さえておくならこれだろう。


「……面白みのないやつね。ま、グズグズされるよりよっぽどマシだけど」


 アイテム屋はそう言いながら、小瓶を私の方へ押しやった。そして反対の手でワイングラス状の瓶も、私の目の前へ移動させる。


「お試しってことで、今回だけサービスしてあげるわ。次からちゃんとブツをもらいますからね」

「それはどうも」

「次はもっと酔える酒にしてね」

「……善処します」

「じゃ、最後に砂の使い方を教えておくわ。外に出てくれる?」

「ニャーン」


 私より先に、猫が立ち上がってアイテム屋にまとわりついていた。足の匂いをふんふんと嗅ぐ猫を見て、アイテム屋がやに下がった笑みを浮かべる。


「最後まで楽しませてくれるわね。大した男だわ」

「格好良い台詞ですが、猫のお腹を触りながら言われると台無しですね」

「いいからとっとと出てなさい。もうちょっとしたら行くから」


 そう言われて外に出てから、なんとなく数を数えてみた。たっぷり千は数えるまで、彼女は出てこなかった。


「……だいぶお楽しみでしたね」


 壁を塞ぎながら、私は皮肉を言う。


「うっさい」


 アイテム屋は赤面する。彼女は自棄になったのか、ワイングラス型の瓶の中身をぶちまけた。


「もったいない……」

「黙って見てなさい」


 アイテム屋の言葉を裏付けるように、砂がさっと水流に乗って動いた。まるで蛇のようにくねくねと、頭をもたげたままうごめいている。


「そうね、あそこにしましょうか」


 アイテム屋がある一点を指さす。洞窟の入り口から、向こうにぽつりと小島が見える。直接通じる道がないので、渡るのを諦めたところだ。


 アイテム屋の声を受けて、砂たちが島へまっすぐに伸びていく。そして先端が島の岩場につくと、そのままの姿で固まった。


「橋に……なった?」

「そう。『架け橋の砂』。ただし効果は日が昇ってから、次に沈むまで。それ以上たつと、砂がないと帰れなくなるから気をつけて」

「わかりました」


 瓶一個で橋一つ分。行ける範囲は広がるが、その日のうちに帰ってこなければならない。この砂も追加購入したいところだ。


「アイテム屋さんは普段、どのあたりにいるんですか?」

「ねぐらを教えるほど、まだあんたに気を許してないって。もうちょっとしたらまた寄るから、いいもの集めておいて」

「分かりました」


 私はうなずいた。アイテム屋は再び金糸のような髪をひらめかせてうなずき、魚のように水の中へ消えていった。


「……さて、ちょっと行ってみるか」


 せっかくアイテム屋のおかげで、橋ができたのだ。まだ朝になったばかりだし、探検してみる時間は十分にある。


 塩も手に入ったし、これと一緒に食べる新しい素材を是非手に入れてみたい。その興味が、私の足を積極的に前へ動かした。


 片足だけを砂に乗せてみる。ぎしっと砂浜を踏んだときのような音がしたが、橋は私の体重をしっかりと受け止めた。


 思い切って、両足とも橋に乗せてみる。大人一人の体重がかかっても、橋はびくともしなかった。


 ザクザクと砂を踏みながら、私は小島に足を踏み入れた。そこには珊瑚のような形をした植物がたくさんあって、水の流れに揺れている。


「あっ……」


 珊瑚の枝の中に、きらめくものを見つけて思わず手を伸ばした。苺のような色の丸い結晶が、珊瑚に抱かれるようにして鎮座している。指で軽く触れてみると、冷たく固かった。


 もぎ取ってみる。それは案外すんなりと、私の掌に納まった。思っていたよりは軽く感じる。


「これも交換に使えるか」


 いくつか結晶を取ってバッグに詰め込む。半分くらいは残しておき、さらに小島の奥へ進んだ。


 珊瑚の後ろへ回ると、そこの地面が妙にでこぼこしている。珊瑚が抱えていた宝石とはまた違った、灰色の鉱石が顔を出していた。


「これも持って帰ろう」


 しかし、拾えたのは地表近くにあった一~二個だけ。後は地面に深く埋まっていて、スコップのようなものがないと掘り出すのは難しそうだ。


 一旦諦めてさらに奥へ進む。島はそう大きくないため、すぐに行き止まりになる。さらに奥に広がる陸地との間には、たっぷりとした水の流れがあった。


 流れはかなり速い。今までは外でも圧迫感を感じなかったのに、軽く手をかざしただけで全身をもっていかれそうになった。右手をかざしてもなんの変化もない。


「これじゃ、渡るのは無理だな……」


 とりあえず一旦、家に戻ろう。そう決めた私の背を──誰かが強く押した。


「うわっ!?」


 受け身を取る時間はなかったが、辛うじてバッグを抱きしめることはできた。私はそのまま、速い流れの中に頭からつっこんでいった。

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