第4話 ベッドをつくろう

「なんです?」

「ここに落ちているのは、あなたの鱗ですか?」

「ええ」


 ドラゴンはうなずいた。彼か彼女か判然としない個体の下には、しなやかな青緑色の鱗が何枚も転がっている。いずれも私の身長を超える大きさだ。


「落ちている鱗を、もらって帰っても構いませんか?」

「勝手にどうぞ。あなたに易々と運べるとも思えませんが」


 嫌味っぽく言われたが、確かにその指摘は正しい。紐のようなものを用意して、引きずらないと運べなさそうだ。


「では、準備してから取りに来ます」

「……あなた、どこから来たのです?」


 不意に聞かれた。大雑把に住居の場所を教えると、ドラゴンは訳知り顔でうなずいた。


「大体分かりました。その近くへ送っておきましょう」

「え?」


 あまりに都合の良い展開だったので、私はまばたきをする。


「できないとでもお思いで?」

「いや、そうは言ってませんが……」


 コミュ障は、大体こうやって相手の思考を深読みしてドツボにはまる。めんどくさいなあ、という視線を向けると、ドラゴンは顔をそむけた。


「私は水を動かすことができるのです。さっき言われたところに、運んでおいてあげますよ」

「ありがとうございます」


 手ぶらで行動できるのは、実にありがたい。ドラゴンに頭を下げ、私は再び歩き出した。


「さて、後は食料と、糸……」


 考えながら道を歩いていると、いつの間にか登りに転じていた。日の光がたっぷりと注ぎ、まぶしいくらいに周囲が明るい。


 その日光をうけ、気持ち良さそうに水の中でそよいでいるのは──海ぶどうにそっくりの水草だった。


 メインとなる茎の周りに小さな丸いプチプチがたくさんついている。指でつまんでみると、簡単に潰れた。


「よし、これは使える」


 海ぶどうを切り取って、謎生物の死骸で作っておいたバッグに入れる。これからも荷物が増えることを考えて、半分くらいにしておいた。そしてさらに水面の方へ移動する。


 浅い水面のところで、貝たちがぱっくりと口をあけて気持ちよさそうに日光浴をしていた。この前サボテンにくっついていた貝は平べったかったが、この貝はピンポン玉のように丸く厚みもある。


「もらっとこ」


 気持ちよさそうなところ申し訳ないが、うちの猫のご飯になってもらおう。幸い、少し力を入れると貝は簡単に岩から外れた。


「ピイッ」


 悲鳴のような音が聞こえてきて、私は貝を取る手を止めた。


「いや、これは生きるために必要な分であって……」


 言い訳をしてしまったが、よく耳をすましてみると、その音は貝から聞こえてくるのではなかった。少し横手から響いてくる。


「なんだ、これが原因か」


 死んでしまったのか、軽くなって穴があいている貝がある。それに水と空気が流れこんで、笛のように鳴っているけだった。


「笛みたいだ……簡単な曲くらいなら吹けるかな?」


 小学生の頃にやっていたリコーダーのことを思い出した。やはり、水中で音楽プレイヤーの類いを要求するのはきついだろう。楽器で新たな楽しみを作るのがいい。


「さて、一旦戻るか」


 鞄の中が一杯になってきたため、私は踵を返した。帰りに同じ所を通ったが、ドラゴンはもうそこにはいなかった。


 荷物がいっぱいになったため、行きよりもやや遅いペースで帰宅する。すると、塞いだ壁の前に大きな鱗が落ちていた。


「約束、守ってくれたんだな」


 少しほっこりした気分になって、荷物を家に入れる。そして両手で鱗を持ち上げ、転がすようにして運んだ。


「ニャー……」


 戻ってくると、猫がやや困った顔でこちらを見上げていた。どうやら、爪が私の荷物袋に引っかかって取れなくなったようだ。


「さっそく飛びついたのか……」

「ニャーン……」


 自分でもやらかしたのが分かっているからか、猫も若干元気がない。取ってくれ、と言わんばかりに右手をプラプラさせているので、私は手を貸してやった。


「フシュウウウ……」


 猫はわずかに背中を丸くして、袋から距離をとる。お前が手を出したのが悪いんだよ、と言ってもしばらく唸っていた。


 袋をとりあげ、まずは海ぶどうもどきをテーブルの上に置く。そして、茎から根こそぎ実を切り取った。すると、やや太くはあるが糸に似た物体ができあがる。


 それを、ナイフの先端で穴をあけたトゲに通す。大ぶりで雑だが、針と糸の完成だ。


 糸で鱗の口を大体閉じ、わずかに残した隙間から、水を流し入れる。ある程度膨らんだところで、一気に口を絞った。


「ウォーターマットレス、完成」


 鱗には大小があったため、マットレスのサイズにも差が出た。ダブルベッドとシングルベッドくらいの差だろうか。小さい方を猫にやることにしよう。床で寝るのが好きだから、そもそも使わないかもしれないが。


「あ」


 ここまでやってから、かけ布団を忘れていたことに気付いた。洞窟の中は寒くないからいいが、日本人としてはやはり欲しい。また探しに出るとしよう。


「さて、残った実はどうしようかな……」


 願わくば、この実は塩っぽい味であってほしい。スパイス風味でもいい。そうなれば味付けの幅が広がって、だいぶ食事が楽しくなるだろう。


 口に入れる。噛む。


 次の瞬間、実を吐き出していた。


 まずい。まずすぎる。酸味が強すぎて、他の味を感じるどころではなかった。


「し、失敗した……」


 この湖のものは、なんでもかんでも食べられる気になっていたが、そうでないものもあるようだ。


「当たり前か」


 実を入れられるボウルを作り、それにまとめて外れ品をぶちこむ。そして今度は竈に鍋を置く。調味料が手に入らなかったので、今日も焼くだけのシンプルな調理法だ。


 貝が焼けるまでの間、穴のあいた貝笛で遊んでみる。昔、リコーダーで吹いたことのある曲をやってみた。つたないが、メロディーになっている。十数年ぶりだというのに、けっこう覚えているものだ。


 二曲ほど演奏したところで、貝をひっくり返す。あらかた火が通ったところで、鍋をテープルに持っていった。


「皿も作るか」


 岩を加工して平皿を作り、貝を並べる。無事にご飯の用意ができたので振り返ってみると──猫がボウルの中をひっかき回していた。


「妙に静かだと思ったら!!」


 大人しくしていると思い込んでいた私がいけなかった。果汁まみれになった猫の手足を、外の水でザバザバ洗う。


「フギャー!!」


 抵抗された。親の心子知らず。


「ほら、貝あるぞ」


 ようやく洗い終わって、猫に食事をさせる。新しい貝は猫がガツガツ食べているから、そうまずくはないのだろう。


「……いただきます」


 おそるおそる食べてみる。


「あ、これホタテだ。ホタテ味」


 湖になぜ海の生物に似た貝が居るかはおいておいて、非常に美味しいのでありがたくいただく。しかしそうなると……


「醤油、欲しいなあ」


 欲を言うなら、バターも欲しい。軽く焦げ目を作ったところで、鍋肌に醤油を垂らしてじゅっと……


「ダメだ、食べたくて仕方なくなってきた」


 食材はあるのに、調味料が少ないのは地味につらい。ヨーロッパ人が海をグルグル回っていた気持ちがよく分かる。


「寝てしまおう」


 とりあえず成果はあったのだ。いいところだけを思い出して寝れば、明日には気分がすっきりしているはずだ。


「おやすミッ」


 驚きで声が裏返った。猫が、マットレスの上で寝ていたのだ。堂々と、大きい方の上で。


「いや、こっちで……」


 動かそうとしても、大の字になって寝ている姿を見ると手が止まってしまう。


「……また負けた」


 猫は偉大なり。崇めよ猫。


 私は悔し涙でマットレスを濡らしつつ、小さい方のベッドで眠りについたのだった。

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