第2話 岩を動かしてみよう

己が生きているか死んでいるかは別として、とりあえずこの生き物を放っておく気にはなれなかった。ひとりで生きていけると確信がもてるか、誰か頼りになる人が見つかるかするまでは面倒を見ようと決める。


「そうなると、餌だな。お前は何を食べるんだ?」

「にゃ」


 これは声のトーンで察するに、「自分で考えな」という感じだ。仕方がないので、近くで魚でも探そうと振り返ると──


「わ!?」


 さっきの凶暴な泡が、洞窟の入り口から跳ねるようにして入ってくる。勝手にここは安全な場所だと思っていたから、慌てた。


 洞窟の中には岩も棒もない。拳では何度も殴らなければならないだろうし、なにか使えそうなものはないか。


「あ」


 私は、明かりについていた水草をちぎり、それを泡に突き刺した。ぶしゅっ、と風船に穴があいたような音がして、そこから小さな気泡がもれていく。しばらくたつと、透明な皮だけになって動かなくなった。


「危なかった」


 意識がはっきりしている時に来たからいいものを、これが油断している時なら目も当てられない。まだ食事や睡眠が不要だと、決まったわけではないのだ。早急に、対策を考えなくてはならない。


「ずっと見張ってる、ってわけにはいかないしな……」


 腕組みをして洞窟の外をにらんでいると、また泡がもぞもぞと動くのが見えた。大したものも落とさないくせに、しょっちゅう来られたら私も飽きる。


 怒りをこめて壁をつかんでいると、不意に何かが外れる感覚があった。


「え?」


 思わず右手を見る。そこには、人の頭ほどもある球体が張り付いていた。そして、壁には丸い穴があいている。


 試しに再度壁に球体をくっつけると、なめらかに馴染んで再び元に戻った。


「これは、まさか……」


 頭の中に、よく遊んでいたゲームの映像が蘇った。思いつくまま、次々に球体を引っ張り出して足元に並べていく。


 思った通り、球体同士がくっついて一列になった。右手で触れないと変化は起こらないらしく、蹴飛ばしても崩れることはない。


「使えるぞ、これは」


 私はそれから、せっせと球体を切り出した。ひたすら並べて、新しい壁を作り出していく。洞窟は分厚く出来ているようで、少々球体を取り出しても穴があくことはなかった。


「……これでよし」


 洞窟の入り口を完全に塞いでしまってから、ようやく私は一息ついた。窒息するのではと一瞬不安になったが、今のところ苦しくはない。猫の様子はどうかと戻ってみたが、こちらも元気に床でゴロゴロと喉をならしていた。


「とりあえず、分かった」


 ゲームには、ブロックゲーというジャンルがある。世界の建物も、大地もひとまとまりの立方体──ブロックでできていて、それを切り出して組み合わせ、自分の好きなものを作っていくというゲームだ。ここでは四角でなく球になるが、基本的な考えは同じだ。


 泡や生物など、一部この法則にあてはまらないものもあるようだが、少なくとも固形物はこの方法で動かしていくことが可能なようだ。


「これは『この場』の力なのか、『私』の力なのか……?」


 考えてみても答えは出ない。とにかく、「そういう風になってしまった」と己を納得させるしかなかった。


「そうと分かれば、まずは作らなきゃならないものがたくさんあるな」

「にゃ」


 猫の応援をうけ、私は黙々と動き始めた。


 まずは生活の基本となるテーブル。椅子を作ってもよかったが、面倒なので床に座ることにして、ちゃぶ台のようなテーブルを作った。


 おしゃれではないが、作るのは楽だった。球体を平べったく伸ばして板にし、それに短い足を四本つけてやれば完成だ。


 次に、球体を少しだけ伸ばして座布団もどきを作る。さっそく、猫がその上に丸まった。


「パソコンやネットは……無理だろうな」


 技術的なこともあるし、私のことがニュースになっていたら嫌だ。おとなしく、他の物を作ることにする。


「キッチンまでは無理でも、料理はできた方がいいよな……」


 自分はともかく、猫にはなんらかの餌が必要になりそうだ。


 食材を切る作業台、それにちょっと煮炊きができるかまど。火の代わりになるものは後から探すとして、ガワだけは整えておこう。


 作業台はちゃぶ台の応用ですぐできた。竈はなんとか記憶をたぐって、作業手順を組み立てていく。


 球体を煉瓦のように組んで、土台を作っていく。腰程度の高さまで積み上がったら、鍋の底が入るくらいの丸い穴を残して、上面をきっちり埋めていく。これで、竈の完成だ。


 ついでに、球体に指をつっこんで鍋もどきを作る。これで、台所としての体裁が整った。


「にゃー」


 猫が暇そうに鳴いている。餌をくれという合図かもしれない。私は入り口の球体を少しだけとりのけ、体を滑らせるようにして外へ出た。穴を塞いでおけば、猫が狙われることもないだろう。


 探すのは三つ。


 食材そのもの、そしてそれを切る固い素材、最後に火のかわりになるもの。


 指を折りながら、洞窟の前の道をゆっくりと進んでいく。時々分かれ道があったが、今回はまっすぐ進んだ。


「……あら」


 残念なことに、道の中央に大きな植物がそびえ立っている。丸くてすべすべした半円形で、薄い緑色をしている。サボテンからトゲを抜いて、やや色を薄くした感じだ。トゲがあれば庖丁代わりになったかもしれないのに、残念だ。


 不思議な植物は道幅いっぱいな上、高さは私の身長の倍はある。越えていくのは不可能だった。


「仕方無い、一度だけ曲がってみるか……」


 少し手前に脇道があったので、右折してみる。するとその先の吹きだまりで、巨大な黒いウニが巣を作っていた。


「いや、ちょっと待て。ここは湖、幻覚かもしれない」


 あまりの光景にまばたきをしたが、それでウニの群れが消えることはなかった。やや灰色の濃い岩の上にへばりつくようにして、気持ちよさそうに水の中で体をそよがせている。


「……トゲが欲しいなとは思ったけど」


 ウニの体には立派なトゲが生えている。一本一本が、私の腕の長さくらいはありそうだ。しかしこれを、どうやって持って帰ろう。


「ん?」


 途方にくれていると、ふとあることに気づいた。岩のところどころに、何か針のようなものが刺さっている。


「なんだ、あれ」


 その疑問はすぐにとけた。ウニのうち、一体がやにわ転がって、岩に体を打ち付け始めたのだ。


「え? 自殺?」


 その方法はやめといた方がいい、痛いから──自殺した者のよしみとしてそう言おうとした時、ウニがのそのそと元の場所に戻っていった。


 どうやら異常はないらしく、ウニは落ち着き払っている。そして傍らにいたウニも、同じように岩に向かっていった。


 岩には、ウニのトゲが刺さったままになっている。


「これ、要らないみたいだな……」


 初見はびっくりしたが、動物が毛づくろいをするようなものなのだろう。ウニも抜けたトゲに興味はなさそうなので、近づいて抜いてみた。


 先は鋭く尖っていて、このまま焼き串にできそうだし、少し余計なところをたたけば庖丁もどきになるかもしれない。


 いいものを手に入れた。ここでついでに食材も得られれば……そう思って振り向くと、ウニたちがさっきよりトゲを逆立てていた。


 ……見られている。瞳はないのに、「余計なことを考えるな」という意思が、ピンポイントで伝わってくる。


 痛い思いをするのは真っ平だったので、後退しウニのたまり場を去った。


「せっかく、食材になりそうなものを見つけたのに……」


 肩を落としながら、さっきのサボテンのところまで引き返す。そこでふと、あることに気付いた。


「そういえば……サボテンのステーキってのがあったな」


 メキシコ料理店で一度、ビジュアルのインパクトに負けて頼んでみたことがある。確かアレは、くせのあるキュウリのような味だったが……この植物は、食べられるのだろうか。


 思いつくままに、サボテンの葉にウニのトゲを突き刺す。点線を作るようにぶつぶつと穴をあけていき、適当なところでねじり切った。


「お、とれた」


 表から見ると気付かなかったが、サボテンの裏には貝がたくさん張り付いていた。ありがたく、それも一緒に持ち帰る。


「……さて、あとは火だなあ……」


 しかし、水の中では炎どころか火の粉すら見つからない。そりゃそうだ。


 しばらく周囲を探しても何もなかったので、一旦洞窟に戻る。


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