第三章 第一話

  第三章


 おれはあお神社にいた。

 ばらばらにくだけたあお神社にたたずんでいた。

 がらのかけらのうずまきが消滅するとあお神社の周囲はあきらかに『長岡空襲のときの長岡』の景色にひようへんしていた。あお神社の『周囲』というのはかろうじておれと一部の家族づれのたっていた箇所だけは『現在のあお神社のまま』だったからだ。隊列をくんだB29がほのおのいろを反映した紅蓮の夜空をしようしてゆきしようだんじゆうたん爆撃をつづけてゆく。地上では火炎のまきおこる木造住宅群のはざまを防災ずきんをかぶった子供やまつづえをついたしよう軍人をはじめとして巨万の一般市民がちりぢりににげている。おれは右手を自分自身の胸郭にあてた。鼓動がはやまっている。おれは幻覚をみているのだろうか。叔母とおなじく統合失調症を発症したのだろうか。だとすればこの景色は本当のところ『現在の長岡市内』にすぎないはずだ。そこでさきほどおれとあいの前列で初詣をしていた老人がさけんだ。「幸子さん そっちへいってはゆかん」と。老人の視線のさきをみつめると幸子さんとよばれたらしいぼろぼろの国民服をまとった女性がこちらをむいた。女性がこちらをむいたすきにななめ四五度の家屋がしようだんの引火により爆発した。くだんの老人がさけんでいなければ『幸子さんは死んでいた』はずだ。こちらの様子におどろいた表情の幸子さんのほうへとくだんの老人があるいてゆく。ゆらめきながら老人があるいてゆくと幸子さんは「たかさん」とたずねる。たかさんは幸子さんを抱擁してしわがれごえでさけぶ。「幸子さん あんたはこのときに死んじまったんだよ」と。おれは確信した。『現在のあお神社は長岡空襲のときの長岡市内とつながった』のだと。つづいておそれた。『ならばあいはいまどこにいるのか』と。『あいも長岡空襲にまきこまれているのではないか』と。おれの心配はゆうにおわらなかった。じゆうたん爆撃をうけている長岡市内の街路をあいがはしっていた。あいだけではない。あいのてのひらをにぎって一緒にはしっている男性がいる。しようだんの火炎と煙霧でよくみえないがあいと男性はそこはかとなくうれしそうな気配ではしりつづけている。おれはちゆうちよすることなくあいをおった。厳密にはあいと男性をおった。そのときかいわいでひとりのしよう軍人が「レイテ島よりひでえ」とさけんだ。同時に長岡空襲のときの長岡市内はまたがらのくだけるおととともに一部にがらのかけらがまきおこってさらなる時空とつながった。漆黒の真夜中らしいうつそうたる森林のなかを旧日本軍の軍人たちが行進している。みな感にひようされて幽霊然としてあるいている。そこに悲鳴があがるとともに連合国軍のものらしいしやりようから一斉掃射がなされた。日本軍人たちはたおれてゆく。おれは理解した。『やっぱり これはレイテ島だ』と。そこでもあいと男性がうれしそうにはしっていた。おれはあいと男性をおってゆく。

 おれは時空を超越していった。

 世界がばらばらにくだけちってゆくなかでおれはじぐざぐの時空のわれめをつぎつぎとはしりぬけていった。てのひらをつなぎあったあいと男性をおいつづけながら第二次世界大戦中の日本列島から第一次世界大戦中の欧州戦線をくぐりぬけて日露戦争のときの日本にかえってきたかとおもえば古代ローマ帝国でカエサルが暗殺されるときの元老院をくぐりぬけたり古代ギリシャでターレスがにつしよくの計算をしているところをはしりぬけたりした。時空がねじまがっているかげなのかいくらときをへてもおれは年齢をかさねることなく結局二兆個をこえるばらばらの時空をはしっていった。同様に『全人類がタイムスリップした』様子で巨億の人類が巨億の時空を超越して人類史をさまよっていた。両親の離婚のために訣別した父親と再会してはしゃぐ子供。事故死した恋人と再会して抱擁しあう少女。中東の激戦地でいのちをおとした息子と再会して慟哭する父親。はるかなるむかしに大戦の犠牲となった同級生と再会して人生をかたりあう老婆。あてどもなく時空をさまよいつづける巨億の人間――。幾兆年をこえるたびにもおもえたし数十分のランニングにもおもえた。最終的にあいと男性をおいかけるなかおれは量子論的に分岐したあお神社へと到着した。『到着した』というのはそこが目的地だとわかったからだ。もはや時空もきりはなされて無限の暗闇のなかにうかぶ孤島のかたちとなったあお神社にたどりつくとあきらかに現在の世界で四散した叔父と叔母と母親と父親がまっていてくれたのだ。叔父はいう。「なんかさ 過去のおもいでのときにもどって 人生をやりなおせたとおもったら おまえとあいちゃんみたいなふたりぐみがおれをみちびいてくれてさ 四兆個くらいの世界をたびしてここにきたんだ」と。叔母と母親も同様だという。「わたしも」「わたしもおなじだよ」と。父親はいう。「あれはおまえたちじゃなかったのか」と。気付くともうひとりみおぼえのない男性がいる。「どうも 金城教授の助手です」と男性はにたつきながらいった。助手はタブレット型のPCを凝視しながらいう。「簡単にいいますと ビッグ・リップがおこったことにより 宇宙はばらばらになったんですが 宇宙全体がひとつの巨大な脳髄のような機能をはたしていて みなさんの『連想する世界どうし』が再接続されたようなんです それもいっときのそうとうにすぎなくて 余震がつづくと連想もたたれて 世界は世界ではなくなってしまうとおもわれます また ビッグ・リップは量子同士のはくとしてあらわれますので 量子同士 たとえばてのひらをつなぎあっていたら 時空はばらばらになっても ずっと一緒にいられるみたいです」と。おれはいう。「じゃあ なんでおれの場合は 連想するあいのもとにいけなかったんですか」と。助手の憶測では「本来ならば ビッグ・リップで分裂した人生は それぞれに波動関数がしゆうれんして ばらばらのベクトルにむかうはずだけれど きみとあいさんの人生は ビッグ・リップがさきがけて影響をあたえていたんじゃないかな つまり きみはあいさんとまだっていない これからう だけれど あいさんはすでにきみとっている すでにった記憶をもっている というねじれた現象がおこってるとおもいます」ということだった。そのときまたおれ自身らしい男性とあいがてのひらをつないであお神社をよこぎりつぎの時空へとはしりぬけていった。おれたちは決心しててのひらをつなぎふたりの足跡をおっていった。

 あいは虐待されていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る