第二章 第一話

  第二章


 新潟だいがく附属中学校では卒業式がもよおされていた。

 難関中学らしく静粛に儀式はとりおこなわれた。

 卒業式が完遂され教室へときびすをかえすと生徒たちはうきあしだちはじめた。なかんずく男子生徒たちは『だれがだれに制服の扣鈕ボタンをもらわれるか』という話題で白熱していた。バスケット部の部長をつとめた筋骨隆隆の生徒が部員の男子にいわれる。「さとっておまえのこと好きなんだろう きっと さとのねらいはおまえだよ」と。中学生活をひそやかにおくってきた中学時代の叔父は『さと』という言葉をきいてしどろもどろになる。きょうこそ告白しなくちゃ。きっとさとさんはあいつに告白するんだ。だからそのまえにおれがさとさんに告白しなくちゃ。やがて最後のホームルームもしゆうえんし卒業生たちは行列をくんで帰宅することになる。無表情な太陽のきらめく晴天のもとで在校生たちが両側にならび卒業生たちは男女二列になって行進してゆく。くだんの部員が部長にいう。「ほら さとがおまえのことちらっとみたぞ」と。そのとき叔父は『あれ いまおれのことみたのかな そんなわけないか』とおもった。巨大なる校舎から出発し校門をぬけてゆく。男子生徒たちは赤面してこうべをうなだれてゆく。『男子生徒のだれひとりとして扣鈕ボタンをくださいなどといわれなかった』からだ。くだんの部長が部員にいう。「やっぱりさ さとってぶすだから おれみたいなイケメンにおじけづいたんじゃねえの ふられるにきまってるからさ」と。叔父は『さとさんはぶすじゃない 学級でいちばんの美人だ 性格もいいし こうだし おまえなんかにほれるわけがないんだ』とさけびたいおもいをかくしながらくだんの部長をにらんだ。いずれにせよ校門をでてばらばらになると話題のさとさんはなかむつまじい女子生徒たちにかこまれてとおざかってゆく。きょうこそ告白しなくちゃとはおもっていたがなにもできない。中学生の叔父はさとさんをおいかけるどころか校門のまえにちよりつしてしまった。中学生の叔父に一升瓶をかかえた奇妙な中年男性が背後からかたりかける。「おまえは さとさんをまもるんだ 一生まもるんだ おまえはそのために生まれてきたんだ」と。中年男性をかえりみた中学生の叔父はきょとんとする。「あの子をおっていきな いましかないんだよ」と現在の叔父はいう。しばらくまっすぐにさとさんの背中をながめた中学生の叔父はいまいちど中年の自分をふりかえる。中年の叔父はにこりとしていう。「本当にいましかないんだよ」と。こうべをうなだれてちゆうちよしていた中学生の叔父はやがてはしりだした。中学生の叔父はおもはゆそうにさとさんに「あのう きょうは一緒にかえっていいですか」といった。ふたりはぎこちなくならんで帰路につく。中年の叔父は一升瓶をあおった。いわく「神様 人生が一度っきりなんて残酷だよ 『二回あればたいていのねがいはかなうんだ』」と。

 叔父は時空のねじれを横断する。

 一升瓶をもった叔父は支離滅裂につながった時空をまたいでゆき少年だった自分の人生をかんしていった。元来頭脳めいせきだったさとさんは長岡高校へと進学し過去の自分は大手高校に入学した。住処がちかかったので幾度かデートをすることになる。かいわいの公園でふたりブランコにのって沈黙しているとさとさんがこうべをしなだれていった。「わたしのうちって貧乏だから 無理して附属にいれてもらったけれど 今度は恩返ししたいんだ」と。「じゃあ ぼくも協力するよ」と少年の叔父がいいふたりでアルバイトをすることになる。さとさんは当時のジャスコの店内にあったハンバーガー・ショップでアルバイトすることになる。叔父もジャスコ店内の楽器店の面接をうけた。こぢんまりした事務所で店長はたずねる。「世界でいちばん売れたアルバムのタイトルは」と。少年の叔父は「『スリラー』ですか」とこたえた。店長は「『狂気』だよ 発売当初はビルボード・チャートが存在しなかったから正確な数字はわからないけどね」という。少年の叔父は不合格を覚悟したがじきに店長から合格の電話をもらった。こうやってさとさんとふたりでがんばった。某月の給料日に店長は「これ あげるよ」といって少年の叔父さんにTシャツをくれた。『炎~あなたがここにいてほしい』のジャケットが印刷されている。「ださいなあ」とおもったが店長のげきりんにふれないようにTシャツをきて帰路についた。奇妙な星空のたそがれどきにジャスコの入口でまっているとさとさんがはしってきて一緒に帰宅することになった。うすぐらい歩道でさとさんはいった。「そのTシャツかっこいいね ふたつのロボットのこころがつながっているみたい」と。少年の叔父がてれわらいしていると唐突にさとさんがてんとうした。おどろいてぼうぜんしつしていると暴漢がさとさんを急襲したらしいことがわかった。少年の叔父は肉体をけいれんさせる。男子の恋人とあるいていたのだから陵辱が目的ではないだろう。金銭を強奪しようとしているんだ。暴漢の片手にはきらびやかなナイフがにぎられている。少年の叔父は携帯電話をもっていないために一一〇番もできない。やがて徹底的に抵抗するさとさんの胸郭へと暴漢がナイフをふりおろそうとした。そのとき少年の叔父はナイフのやいばをにぎりしめていた。いたみが爆発したのかすぐにてのひらをはなす。少年の叔父は暴漢のききてをにぎりしめようとしたのだ。暴漢はかえりみてこころここにあらずの少年の叔父をころそうとしはじめた。同時にさとさんが携帯電話で一一〇番をする。ゆうりんりんの少年の叔父が反撃しているうちにサイレンもならさずに警察しやりようが到着した。怒髪天をついた暴漢はなおも少年の叔父と格闘する。まもなくふたりの警官がいろめきたった暴漢をとりおさえて警察署までつれていってくれた。少年の叔父はれいなほうの片手でさとさんをささえる。少年の叔父はいう。「おれは死んでもきみをまもるからね」と。かいわいでながめていた中年の叔父がひとりごちる。「神様 ありがとうよ ちょっと あんたのことすきになったよ」と。

 叔母も時空を超越していた。

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