第一章 第三話

 おれがこうべをしなだれてためいきをつくととなりでたつっていたあいがつぶやいた。「わたしの家族みたい」と。おれがにっちもさっちもゆかずにだまっているとあいは唐突にすがすがしい笑顔になってこちらをむいた。いわく「そっか きみの家族は おとうさんとおかあさんと叔父さんと叔母さんなわけだよね」と。おれが「そうだな」というとあいは「おとうさんは科学者でしょ おかあさんはさっきったでしょ そんで 叔父さんて頭髪がうすくないかな」という。おれが「そうだよ なんで」というと「そんで ピンク・フロイドのTシャツを着てるでしょ」という。おれが「さあ そんなのももってたかもしんない」というと「そんで 叔母さんは黒いセーターを着てビンテージのジーパンはいてるでしょ」という。おれが「そりゃあ 日によっちゃあ そんな服装のときもあるかもね」というと母親につれられて二階から叔父と叔母がおりてきた。母親は台所へ麦茶をとりにゆく。同時に障子張りの引戸をあけて叔父と叔母が居間へとってきた。おれはおどろく。頭髪がうすくて高身長で肥満体の叔父はいつもどおり一升瓶をかかえてよろめきながらあるいてくる。肥満体の叔父はからだにはりついたTシャツをきている。『炎~あなたがここにいてほしい』のジャケットが印刷されている。ふたりのロボットのてのひらがつなぎあわされているイラストだ。同様にひきこもりで頭髪をのばしっぱなしにしている叔母はひだりのほおに傷跡のあるうすぐらいがんぼうで漆黒のセーターとぼろぼろのジーンズをまとっている。あいが「ねえ そうでしょ」という。叔父と叔母がむかいがわにすわってお雑煮をらいはじめる。母親は麦茶をもってきてとなりがわに正座する。あいが興奮をかくしてちいさくさけぶ。「やっぱりだ」と。あいはつづけてする。「みなさん あのときはありがとうございました 本当にありがとうございました」と。アルコール中毒の叔父は「いやあ なんてこたないよ」と適当にこたえる。統合失調症で妄想と現実の区別がつかない叔母は「なんでってるの」とおそれる。唯一正気である母親は「さっきから あのとき あのときっていうけれど いつのはなしなんですか わたしたちって あなたとったことありましたっけ」という。あいは「だから 二年前のおおみそに ベランダにいたとき 正樹とおとうさんとおかあさんと叔父さんと叔母さんが うちにきてくれたじゃないですか ほら マンション新町の704号室です」とこうようしていう。母親が「ごめんなさい ぜんぜんおぼえてなくて」というのでおれは「だから おれが告白する口実がほしくてつくったはなしなんじゃないの よくわからんけど」という。「ごちそうさん」「ごちそうさまでした神様」といいお雑煮を完食した叔父と叔母が順番に二階へとあがってゆく。またそれぞれの自室に籠城するのだ。

 おれたちももうそろそろだった。

 茶褐色のジャンパーをまとったおれはあいのてのひらをにぎって「もうそろそろ いこうか」といった。あいが「じゃあ 叔父さんと叔母さんにも挨拶してくる」というのでおれは「いいって また今度で大丈夫」という。おれとあいが玄関で外出の用意をしていると母親の携帯電話に着信があった。「おとうさん どうしたの」ときこえたのでおやから連絡があったのだろう。ゆるがせにできない用事らしかったがおれたちは関係ないとおもい「いってきます」といって出発した。返事はなかった。おれの実家からあお神社まではバスで二〇分くらいである。おれたちは無駄話をしながらバスをまった。ふたりでバスにのって窓外をながめているとりの道路をはしってゆき神社の鳥居がみえてくる。周囲の駐車場の様子からしてすでに混雑しているようだ。おれとあいは階段をのぼってゆき鳥居のまえで一礼して境内にってゆく。やはり初詣の行列には数十人の家族連れがならんでいた。不意に奇妙なものがみえた気持ちがして神社の屋根を仰視すると一瞬だがてのひらをついないですわっているおれとあいのすがたがあらわれて消滅した。こうべをふって行列にならぶとおれたちはつないでいたてのひらをはなして御賽銭の用意をした。前列の家族の老人が「長岡空襲をおもいだすなあ」とひとりごとをいった。あいが「ねがいごとはかなうかな」というのでおれは「ねがいごとだって 結局は量子論的に分岐する宇宙じゃあ 無意味だよ 叔父さんも叔母さんもかあさんも量子論的にえらばれた人生をあゆんでるんだ」という。あいが「おとうさんみたいなこというんだね」というとおれたちの順番になった。おれとあいは御賽銭をなげて二礼二拍手しねがいごとをして一礼した。ぬかりなくあいが「なにをねがったの」ときく。おれは「家族のこころがこれ以上ばらばらになりませんように ってねがった」という。あいは「わたしは 永遠に正樹と一緒にいられますように ってねがった」という。「ねがいがかなうといいな」といっておれたちがふたたびてのひらをつなごうとしたときだった。おれには『あいのすがたがくいちがってばらばらになった』ようにみえた。おれがとつあいを抱擁して『まもろう』とおもったそのときにがらにひびがるおとがなってあいのすがたはちりぢりになった。つづいて三六〇度そこかしこでがらがひびわれるここちよいごうおんがどよめく。視界はばらばらになりがらのかけらとなっておれのまわりをうずまいてゆく。高周波数のごうおんがきえてゆくと巨万のひとびとの悲鳴がきこえてくる。今度はさんざめく悲鳴のかなたからプロペラ機のしようする重低音と地鳴りがひびいてきた。聴覚を刺激するさくれつおんを『爆撃』のおとだと認識する。やがてがらの破片がうずまいていた視界にれん色の真夜中の長岡市内の風景がひろがった。昨年高校の歴史の授業でくばられたプリントに印刷されていた風景だ。おれは理解した。理解しがたい現状を理解した。これは『長岡空襲』だと。

 おれは理解せざるをえなかった。

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