第一章 第二話

 おれはきらびやかにかがやくTVをけしてあいにいった。「おれたちの家族はばらばらなんだ 宇宙がばらばらになるまえに おれたちのこころはばらばらなんだよ」と。こうしておれは同居している叔父と叔母のみならず母親と父親の人生も物語っていった。母親の実兄である叔父は幼少期から頭脳めいせきで「すえは博士か大臣か」といわれていた。元来優柔不断で自分自身に明瞭な目標はなかったが学業優秀なる叔父は自然と中学受験をして新潟だいがく附属中学校へと進学した。叔父は初恋をした。一年生のときに隣席だった少女に片恋した叔父はなんとか本当のきもちだけでもつたえたいとおもっていた。手紙でもいい。電話でもいい。ひとづてでもいい。結局叔父は片恋の相手とろくすっぽ会話もできずに卒業式をむかえた。いましかない。いまこそ告白するんだ。進学先の相違する片恋の相手に告白する最後の好機だった。告白はできなかった。それぞれの高校に進学したのちも優柔不断な叔父は片思いしつづけた。叔父のきもちなどかりそめにもとどかないなかで初恋の相手は急逝した。アルバイトがえりに強盗目的の暴漢に急襲されて刺殺されたのだ。『叔父の住処の五メートルさきで』ころされたのだった。叔父は憂鬱になった。なんでおれがたすけてあげられなかったのかと五万回以上かんがえたという。青春につまづいた叔父は高校を中途退学してアルコール中毒の肉体労働者になった。家賃が負担になったのできょうだいのとつぎさきであるこのうちで生活をしているのだ。叔父は永遠に初恋をしているわけだ。母親の実妹である叔母は先天的に人格に問題があったらしい。現在ならば広汎性発達しようがいなどと診断されて特別学級で勉学することも可能だったかもしれない。元来人間関係が苦手な叔母は幼稚園時代からえんえんといじめられつづけた。最初はとりとめもないものだった。そもそも人間関係に無頓着だった叔母はともだちにいじめられていることに気付くことさえなかった。教員や家族が心配するなか叔母はぬらりひょんと成長していった。叔母がいやがる気配もないのでやがてともだちもいじめなくなった。そんな人生が中学生時代にひようへんした。いまでいうギフテッドらしく叔母は美術の授業において天賦の才能を発揮した。叔母の絵画はおびただしいコンクールにおいて優勝し叔母の作品は校長室にまでかざられた。そこまではよかった。人間関係にうといがために部活動をしていなかった叔母は美術部の部長にてきがいしんをもやされた。美術部の部長は郷土の名士のまつえいで絵画の世界での栄光を嘱望されていたのだがそこに自分を圧倒する才能があらわれたわけだ。美術部の部長はほかの部員から白眼視されるのも承知しながら運動部の生徒とともに叔母をいじめはじめた。いじめの結果叔母のこころはこわれてしまった。当時でいう妄想型の精神分裂病と診断された叔母はしようがい年金を受給しながらうちの二階にひきこもるようになった。

 あいは憤怒の形相になっていた。

 おれはこのまましゃべりつづけると正義感のつよいあいが激怒しかねないとおもいながらも元来のいいかげんな性格のためにしょうこりもなく母親のはなしをはじめた。あいにはつたえていなかったがおれにはおとうとがいた。母親からすると次男である。次男は元来頭脳がめいせきな人間ではなかったがなぜかひと一倍勉学にはげむ性格だった。次男はまわりから無理だといわれても名門中学の受験に挑戦して失敗する。平平凡凡なる市立中学に進学してからも難関高校をめざして猛勉強をした。困難なる受験をおえた翌日次男は中学校にむかい成否の結果をきいた。不合格だった。帰宅した次男はしばらく自室にこもって家族を心配させたがやがてにこりとして微笑しながら夕食をらい気晴らしに散歩をしてくるといってでかけた。なかなか帰宅しないので焦燥した母親が次男の部屋に侵入すると遺書がおかれていた。『ぼくはとうさんやかあさんに楽をさせてあげるために勉強をがんばりました。でも無理でした。人生はくるしくてせつなくてやるせないです。』と。父親と母親が次男をさがしにでかけたのちのこされたおれは警察からの電話をうけた。はいきよのマンションの屋上からのとびおり自殺だった。以後母親は毎日次男がはいきよの屋上からとびおりるのをたすけようとする悪夢にもんぜつするようになった。毎日。毎日だ。気分屋のあいの表情がしかつめらしくなってきたので最後にてみじかに父親のはなしをした。「45-Forty five-ってってるか これはだいたいそいつのはなしだ おれのおやはいまじゃあ宇宙物理学の権威ってされてるけれど 本当はミュージシャンになりたかったんだ 中学生時代から作詞作曲をはじめて シンガーソングライターになるはずだった が デモテープをおくった大手レコード会社から手紙がきてね 『楽曲はいいけれど音痴といっていい』ってね それでバンドを組もうとおもって メンバーをあつめたんだ ドラムスとベーシストをみつけて 最終的にヴォーカルとして加入させたのが 才能はあるけれど三五歳までデビューできていないおとこだった それでもいいとこまでいったんだよ でも いつだって最後には『ヴォーカルがおじさんじゃん』といわれておしまいだった だからおやはヴォーカルとけんして バンドは解散した そのときヴォーカルは四〇歳だった それからだよ 孤独に活動していたヴォーカルは四五歳でデビューがきまった だからげいめいは45-Forty five-ってされた 名前からもわかるように 45-Forty five-はみんなのわらいものにされるはずだった けれど ふるくさいハード・ロックが中年層にうけてミリオン・ヒットを連発した それで大金がってきた45-Forty five-は一〇歳年下の恋人に強制されて覚醒剤をうたれた そこからは覚醒剤の中毒になって藝能界を引退して 新潟にかえってきたけれど いまじゃあ ホームレスとして禁断症状とたたかってるらしい まえにおやいにいったらしいけど――」

 おれは憂鬱になってはなしをおえた。

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