第22/23話 性的満足

 赫雄は、その後も考え込み続けた。そのうちに、天井から、大きな音が鳴り響いてき始めた。朋華が、競一のロール音を掻き消すため、騒音を出しているに違いなかった。

 そして、数秒後、閃いた。

(そうだ──とりあえず、両方とも、確認すればいいじゃないか。最初に作られた役も、後に作られた役も。そのうえで、ベットタイムでとるべきアクションを選べばいい……)

 そこまで考えたところで、騒音がやんだ。赫雄は、さっそく、衝立を、じーっ、と睨みつけ始めた。《樹脂透視》を、行使する。すぐさま、敵陣が、視野に入った。

 そこには、マシンが二台、置かれていた。片方は、赫雄から見て、競一の体の、左斜め前あたりに、もう片方は、右斜め前あたりにあった。

(しまった……!)赫雄は、ぎゅっ、と眉間に皺を寄せた。(これじゃあ、どっちが、床に落ちたほうか、わからないぞ……ええい、こうなったら、どっちも、役を覗いてやる……!)

 その後、赫雄は、考えたとおりに行動した。結果、片方の役は【②336】、もう片方の役は【②344】だった。

(なら、品辺の役は、【①135】【②336】【②344】のうち、いずれかか……やった……!)赫雄はガッツポーズをした。(やはり、すべて確認して正解だった……おれの役は【④564】だから、やつの役がどれであったところで、おれの勝ちだ……!)

 赫雄は、その後、《樹脂透視》を解除した。何度も【ハンド】を行使したため、軽い疲労感を覚えていた。ふうー、と長めの溜め息を吐く。

 その時点で、RTタイマーのディスプレイは、「00:59」という値を表示していた。それが、「00:10」を下回った頃になって、ようやく、森之谷が「それでは、ベットタイムを開始します」と言った。

 贔島が、テーブルに近づいてきて、衝立を取り除いた。

「それでは、お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは2CPです」

 そう森之谷が言ったので、赫雄は、所持チップの山から二枚を取り出すと、サークルに置いた。競一も、同じようにした。

「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」

 数十秒後、競一は、「【レイズ】」と言った。

(また、【レイズ】か……今度は、何CPに増やすつもりだ? いくらでも付き合ってやるぞ、5CPでも10CPでも──)

「50CP」という競一の声が、赫雄の心中での独り言を、遮った。その後、彼は、所持チップの山を、左右から挟むようにして掴むと、それを、ずずず、と押して移動させ、サークルに追加した。

(な……?!)赫雄は目を見開いた。眼球が飛び出るのではないか、などという思いが、頭を過ぎった。(また、オールインだと……?!)

 その後、赫雄は、競一の顔に視線を遣った。彼は、文字どおりのポーカーフェイスで、その表情からは、何の感情も窺えなかった。赫雄の【フォールド】を願っているのかもしれないし、あるいは、【コール】を望んでいるのかもしれない。

(落ち着け……)赫雄は深呼吸をした。競一に悟られることは承知のうえで、だ。(今回は、品辺のサイコロの出目を、しっかり確認したじゃないか。やつの役は、【①135】【②336】【②344】のいずれかだ。そして、おれの役は、【④564】……おれが勝つことは、決まっている。

 ならば……!)

 赫雄は「【コール】」と言うと、所持チップの山から一枚を除いた50CPを、両手で挟むようにして、掴んだ。ずずず、と押して移動させ、サークルに追加する。

「それでは、ショーダウンを行います。お二人とも、役を開示してください」

 そう森之谷が言ったので、赫雄は、マシンからカバーを取り去った。テーブルの上、敵陣に、視線を遣る。

 競一は、マシンに被せてあるカバーを、赫雄から見て右から左に引っ張り始めた。最初に、サイコロ四個のうち、三個が姿を現した。

 それらの出目は、【①35】だった。

(ということは、競一の役は、【①135】か……)

 赫雄が、そう心の中で呟いてから、〇・一秒も経たないうちに、カバーが、マシンから完全に取り払われた。

 最後のサイコロの出目は、【5】だった。役は【①355】だ。

「な……?!」赫雄は、あんぐり、と口を開けた。

「品辺さまの勝利です」森之谷が言う。「これにより、轟橋さまは、ラウンド3におけるアンティを支払うことができなくなりました。よって、轟橋さまの敗北、ひいては、品辺さまの勝利が確定したため、チップ獲得の手順は省略いたします。最終的な所持チップ額は、品辺さまが100CP、轟橋さまが1CPで──」

「なぜだっ!」

 赫雄は、森之谷の台詞を遮って、喚いた。風邪でも引いたかのように、頭部の体温が上昇するのが、自分でも感じられた。唾が辺りに飛んだが、気にしていられなかった。

「品辺、お前の役は、【①135】【②336】【②344】のいずれかであるはずだ! なのに、どうして、【①355】なんて役が出来ているんだ?! 答えやがれっ!」

「かまわんよ」競一は即答した。「冥土の土産に、答えてやろう。いや、口で言うより、見せたほうが早いかな」

「見せる、だと……?」

 赫雄は競一を、じろり、と睨みつけた。彼は、体を屈めると、ごそごそ、とテーブルの下を探り始めた。

 やがて、競一は、マシンを一台、取り上げると、それをテーブルの上、自陣に置いた。

 そして、競一は、マシンをもう一台、取り上げると、それもテーブルの上、自陣に置いた。ショーダウンに使用された物と合わせると、全部で、三台だ。

「あ……」

 頭に上っていた血の気が、さーっ、という音を立てて引いていった。顎から、すべての力が抜け、だらん、と、顔の輪郭にぶら下がった。

「そういうことだ」競一の声が聞こえてきたが、視線を遣る気にはなれなかった。「おれは、マシンを三台、手に入れていたんだ。もちろん、このうち二台は、無効な物で、ショーダウンには使えないがな。

 お前が言った役のうち、【①135】は、最初に、無効なマシンAで作った物。【②336】も、マシンAで作った物だ。といっても、これは、床に落としたマシンAを拾って、テーブルの上に置いた時、たまたま出来た物だがな。で、【②344】は、無効なマシンBで作った物。

 そして、【①355】こそが、有効なマシンCで作った物だ。それは、テーブルの下に隠しておいた。

 まず、朋華が騒音を出している間、マシンCについて、足下に置いたまま、役を作った。別に、ロールを行う時、マシンは、必ず、テーブルの上になければならない、というルールがあるわけじゃないからな。

 次に、ロールタイムの残り時間が尽きる直前、マシンCを、テーブルの上、自陣のサークルに置いた。その後は、マシンA・Bを、テーブルの下に隠してから、マシンCにカバーを被せた、というわけだ」

 それから、しばらくの沈黙が発生した。競一としては、もう、言うことはないのだろう。赫雄は、もはや、放心状態に陥っていて、相変わらず、顎を顔の輪郭からぶら下げていた。

 数秒後、森之谷の「それでは、ペナルティを行います」という声で、我に返った。「轟橋さま、ご準備を──」

 赫雄は、がたん、と、両脚の激痛にも構わずに、椅子から立ち上がった。ホールの出入り口めがけて、駆けだす。

 駆けられた時間は、一秒にも満たなかった。いつの間にやら、赫雄の席の後ろにいた贔島が、彼の足を、べしっ、と、前から後ろへ払ったからだ。

 赫雄は、ばたん、と俯せに倒れた。ぼごっ、という、どこかの骨がどうにかなった音が聞こえたが、そんなことを気にしている場合ではなかった。

 ごん、と、顔面を床に打ちつけた。頭を上げると、鼻の穴から、生温かい液体が垂れてきて、唇と顎を伝った。それは、鉄の味がした。

「ひい……! ひい……!」

 それでも、赫雄は、這って逃げようとした。その行動は、芋虫のように遅く、その様子は、芋虫よりも醜かった。

 一秒もしないうちに、大して急いでない様子の礎山に追いつかれた。彼女は、まず、赫雄の両腕を、ぎりり、と捩じり上げるようにして、腰の後ろに回し、手首に手錠をかけた。次に、赫雄の右脛の、真ん丸に腫れている部分を、ぐにいっ、と踵で踏みつけると、彼が体を硬直させている間に、足首に手錠をかけた。

 森之谷が近づいてきて、赫雄の前にしゃがみ込んだ。「轟橋さま。普通は、こんなことはしないのですが、テストに参加していただいた、お礼です。何か、言い残すことがあれば、聴きますが……」

「たしゅけてくだしゃい。たしゅけてくだしゃい」赫雄は目と鼻と口と股から液体を垂れ流しながら言った。「ひにたくない。ひにたくないよお」

「特に、言い残すことはないようで。……あなたの死に様には、期待していますよ。セット2のペナルティでの負傷っぷりは、見事でしたから」

 そこで、赫雄は、森之谷の穿いているスラックスの股間部分が、円錐のごとく膨らんでいることに気がついた。

「ま、ましゃか」激痛のせいで、顔を上げられないため、彼の表情まではわからない。「あんたが、こんなゲームを考えたのって、性癖を満──」

 赫雄の台詞を遮って、森之谷が、「さ、贔島、礎山。轟橋さまをビッグロールマシンに運ぶんだ」と言った。

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