第21/23話 複数所持

「それでは、ラウンド2のロールタイムを開始します」そう森之谷が言った後、贔島が、テーブルに衝立を設置した。

(今回は、品辺の役を、見間違えないように、慎重に確認しよう……)

 そして、ロールタイムが始まってから、十数秒後、さっそく、衝立の向こう側より、ぱちん、ごろんごろん、という音が聞こえてきた。

(さて、役は……?)

 赫雄は、衝立を、じろり、と睨んだ。《樹脂透視》を行使し、それを透視する。テーブルの上、敵陣が、視野に入った。

 マシンに入っているサイコロの出目は、【①135】だった。

(よし……【①135】だな。今度こそ、見間違えてはいないぞ……)

 赫雄は、《樹脂透視》を解除した。マシンを、テーブルの上、体の前あたりに移動させる。

 その後、トリガーを、ぱちん、と弾いた。サイコロが、ごろんごろん、という音を立てながら、ケースの中を、転がり回り始めた。

 やがて、それらのうち、三個が止まった。出目は【④56】だった。

(【④56】か……)赫雄は、ごくり、と唾を飲み込んだ。(最後のサイコロが、問題だな……もし、それの出目が【4】【5】【6】のいずれかの場合、おれの役は、品辺の役より強くなるが……【1】【2】【3】のいずれかの場合、弱くなってしまう)

 そこまで考えたところで、最後のサイコロが止まった。

 それの出目は【4】だった。役は【④564】だ。

(やった……!)赫雄はガッツポーズをした。(これなら、たとえ、ショーダウンを行ったとしても、勝てる……!)

 その後、彼は、マシンをサークルに置くと、それにカバーを被せた。

 しかし、森之谷は、ロールタイムの終了を宣言しなかった。

(何だ……? 品辺のやつ、また、作戦でも練っていやがるのか? まったく、何を考えているのやら……)

 それから赫雄は、ひたすら、ロールタイムが終わるのを待った。そのうちに、残り時間は八分を切った。思わず、ふあ、と欠伸をし始める。

 がしゃあん、という大きな音に鼓膜を劈かれ、欠伸が途切れた。それの聞こえてきたほうに、視線を遣る。

 床の上、テーブルの敵陣の横あたりに、ロールマシンが落ちていた。ひっくり返って、逆さまになっている。四個のサイコロは、ケースの天頂部に集まっていた。

(品辺のやつ、マシンを落としやがったのか……まったく、何をしているのやら……)

 赫雄は、軽く呆れると、欠伸を再開しようとした。しかし、すぐに、事の重大さに気がついて、取り止めた。

(床に落ちたマシンは、ひっくり返っていた……とうぜん、サイコロの出目も、品辺がロールを行った時とは、変わっている。

 やつは、すでに、役を作り終えている……事故にしろ何にしろ、ロールを行った後で、サイコロの出目を変えたなら、そのプレイヤーは、ルールに違反したと見なされ、そのラウンドでの敗北が確定する)

 まず、赫雄は、ばっ、と森之谷に視線を遣った。しかし、彼は、特に何も言わなかった。

 次に、赫雄は、贔島や礎山など、他の従業員たちの様子も観察した。しかし、彼らもまた、特に何も言わなかった。

(どういうことだ……?)

 赫雄は、しばらくの間、腕を組んで、考えを巡らした。そのうちに、残り時間が四分を切った。床に落ちたマシンは、礎山が拾って、テーブルの上、競一の陣地に戻していた。

(……駄目だ、わからない。……そうだ、品辺の陣地を覗いてみよう。何か、情報が得られるかもしれない)

 そう考えると、赫雄は、衝立を、じろり、と睨みつけた。《樹脂透視》を、行使する。すぐさま、テーブルの上、敵陣が、視野に入った。

 あっ、という声を上げそうになった。そこには、マシンが二台、置かれていたのだ。

(そうか……そういうことか……)赫雄は、首をゆっくり縦に振った。(品辺は、マシンを二台、所持しているんだ。

 森之谷は、「備品が故障したなら、新しい物に交換する」というようなことを言っていた……たぶん、品辺は、適当な理由をつけて、すでに使っているマシン以外に、もう一つ、マシンを入手したんだろう。

 おれは、そんな場面、目撃していない……だから、品辺がマシンを入手したのは、おれが、セット2でペナルティを受けている間だ)

 赫雄は、《樹脂透視》を解除した。衝立が姿を現し、敵陣が見えなくなった。

(しかし、まさか、森之谷たちは、品辺にだけ、マシン二台を使って、役を二つ作成する、というようなことを認めてはいないだろう。二台のマシンのうち、どちらかは、無効……たとえ、品辺が、それを使って、ロールを行い、役を作ったとしても、ショーダウンには用いられないはずだ。

 おれが、このロールタイムの最初のほうで、品辺がロールを行った後、やつの陣地を覗いた時は、テーブルの上には、マシンは、一台しか置かれていなかった……だが、今は、二台、置かれている。

 つまり、品辺は、おれの【ハンド】の内容に──どう推理したのかは知らないが──気がついているんだ。そして、ロールタイムの最初のほうでは、無効なマシンを使って、ロールを行った。その後、おれに、わざと、そのマシンで作られた役を確認させた。

 で、その後──いつのタイミングで、おれが、品辺の役を確認するかわからないから、残り時間が尽きそうになる頃──、有効なマシンを取り出す。そして、それでロールを行い、役を作る。こうすることによって、おれが把握している役とは異なる役でショーダウンを行う、って寸法だ。

 いや、しかし、セット3ラウンド1のロールタイムでは、二回目にロールを行った時の音が、聞こえなかったような……いや)

 赫雄は、辺りを、ぐるり、と見回した。しかし、ホール内のどこにも、朋華の姿は見当たらなかった。

(ロールタイムの途中、工事の音が、天井から鳴り響いてきたじゃないか……あの時だ。品辺は、あの時に、ロールを行うことで、それの音が、工事の騒音に掻き消されるようにしたんだ。

 音を出したのは、おそらく、朋華ちゃんだろう。きっと、ホールを出て、三階の工事現場に行き、そこから、何らかの電動工具を盗み出したんだ。その後は、二階の空きフロアに移動してから、工具を、適当に動作させて、騒音を出した、というわけだ。

 きっと、セット2の最後、おれがペナルティを受けている間に、品辺が、朋華ちゃんに、そんな指示を出したんだろう)

 赫雄は、RTタイマーに視線を遣った。それのディスプレイが表示している値は、「03:00」を下回っていた。

(そうと決まれば、もう一度、品辺の陣地を覗こう。やつが作成する有効な役を、確認するんだ。

 ただ、通常どおりにロールを行うと、その音が、おれに聞こえてしまうから、何か、対策を講じるはずだ……今も、この場に朋華ちゃんがいないことから考えて、きっと、さきほどのラウンドと同じように、騒音を出すつもりだろう。

 たぶん、指示された作業を終えた後、ホールに戻ってきた彼女に対して、品辺が、ハンドサインでも使って、再び、指示を出したんだろうな。「もう一度、ロールタイム中に、騒音を出すように」みたいな内容の物を。

 よし……《樹脂透視》を行使するのは、その後だ)

 そう考えると、赫雄は、競一がロールを行うのを、すなわち、天井から騒音が鳴り響いてくるのを、待ち始めた。

 数十秒後、ふと、疑問が湧いた。

(待てよ……実は、これは──「品辺は、最初に無効な役を作り、次に有効な役を作る」という考えは、もしかして、やつの思う壺なんじゃないか?

 おれが、この考えに至ったのは、品辺が、ロールを行った後、マシンを床に落としたからだ。あれがきっかけで、おれは、【ハンド】の内容が、やつにばれていることや、やつがマシンを二台持っていることに、気がついた。

 いわば、品辺にとって、マシンを床に落としたのは、文字どおり、致命的なミスだった、というわけだ。しかし、なぜ、やつは、そんなことをしたのか? 普通は、そんな、致命的なミスを犯さないよう、マシンを、慎重に扱うんじゃないのか?

 つまり……品辺が、マシンを床に落としたのは、わざとなんじゃないか? 

 すなわち、裏の裏を掻く、ってやつだ。品辺は、実際には、最初に、有効な役を作り、その後に、無効な役を作るんじゃないか? そして、おれに、「最初に作られた役は無効、後に作られた役が有効」と勘違いさせる、そんな作戦なんじゃないのか?)

 赫雄は、思わず、衝立の、競一の顔があるあたりに視線を遣った。しかし、当然のことながら、彼の顔は見えなかった。

(いや……これは、深読みのし過ぎか? 品辺は、単に、「無効な役を作った後、マシンを床に落とすことは、致命的なミスである」ということに気がつかないまま、マシンを取り扱ったんじゃないか? それで、誤って、落としてしまったんじゃないか?

 あるいは、裏の裏の裏を掻かれる、という可能性もある。おれに、「最初に作られた役は有効、後に作られた役は無効」と思わせておいて、実は逆である、という可能性が……)

 赫雄は、腕を組んだ。眉間に皺を寄せ、考え込む。

(駄目だ……まさしく、堂々巡り、ってやつだ。はたして、最初に作られた役と、後に作られた役、どっちが有効なのか?)

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