第20/23話 全身重傷

 轟橋赫雄は、肩を揺さぶられて、目を覚ました。

 その後、最初に感じたのは、激痛だった。思わず、「ぐああ……!」と呻く。

「な、何だ……?!」

 赫雄は、どうやら、床に、仰向けで寝転がっているようだった。ただし、両手は、腰の後ろに回されていた。

 視界の左右には、それぞれ、女性の顔が映り込んでいた。どちらも、なんとなく見覚えがあった。赫雄の顔を覗き込んでいるようだが、心配している、というよりは、様子を確認している、という印象を受けるような表情をしていた。

 そこでようやく、赫雄は、自分が、森之谷たちが立会人を務めているギャンブルに参加しており、競一と対決していること、セット2で敗北し、十一回ものペナルティロールを受けたことを思い出した。

「意識を取り戻されたようですね」視界の左側に映り込んでいる贔島が言った。「ギャンブルを続行します」

 その後、贔島は、赫雄の体を転がすと、俯せにして、彼の手足に掛けられている手錠を、がちゃり、がちゃり、と外した。赫雄は、贔島が、彼の体を乱暴に扱うたび、「ううう……!」というような呻き声を上げた。

「立てますか?」上から、礎山の声が聞こえてくる。「難しいようでしたら、お手伝いしますが……」

「た……頼む……」

 赫雄が、そう返事をすると、贔島たちは、彼の体を転がして、仰向けにした。その後、贔島は、赫雄の左側にしゃがんで、彼の左腕を、礎山は、右側にしゃがんで、右腕を、首の後ろに回した。

 それから、贔島たちは、立ち上がった。ケース内部を移動すると、出入り口をくぐって、ビッグロールマシンから出る。

 いずれも、赫雄の体の状態に配慮しない、荒っぽい動作だった。彼は、いちいち、「ぐうう……!」だの「ぬうう……!」だの、呻き声を上げなければならなかった。

(まあ、よく考えてみりゃ、それも当然か……。別に、看護師が患者を扱う、っていうわけじゃないんだ。やつらからしてみりゃ、プレイヤーなんて、ギャンブルの席につかせさえすればいい……)

 数分後、三人は、赫雄たち専用の席に到着した。贔島と礎山は、彼を、半ば放るようにして、乱暴に椅子に座らせると、即座に、その場を離れた。

「セット3を開始する前に、インターバルを挟みます」森之谷の声が聞こえてきた。「現在時刻は、午後六時十分。セット3は、午後六時三十分から、開始します」

「ぜえ、はあ、ぜえ、はあ……」

 赫雄は、フルマラソンでも行った後であるかのような、荒い呼吸を繰り返していた。体のあちこちからは、激痛、鈍痛、疼痛、その他形容しがたい痛みが、絶え間なく襲いかかってきていた。

(ずっと、じっとしていたいが……そういうわけにもいかねえ。おれは、今、どんな怪我を負っているのか、確認しておかねえと……)

 そう考えると、赫雄は、自分の体の状態を調べ始めた。

 体のあちこちに、赤い擦り傷や、青い痣が出来ていた。特に、重傷を負っていたのは、左腕と、右脚だった。左腕は、肘関節が、右脚は、膝関節が、漫画表現のごとく、真ん丸に腫れ上がっていた。それらは、少し動かそうとするだけで、激痛が走った。あるいは、まったく動かしていない状態でも、激痛が鳴り響いていた。

「ぐうう……」

 その後、赫雄は、椅子の背凭れに、文字どおり背を凭れさせると、両脚を前方に投げ出すような姿勢をとった。ひたすら、体力の回復に努めようとする。可能であれば、床に寝転がりたかったが、起きる時に苦労するであろうことは、目に見えていた。

 あっという間に、二十分が過ぎた。森之谷が、「それでは、午後六時三十分になりましたので、セット3を開始します」と言った。

「ううう……!」

 赫雄は、そんな呻き声を上げながらも、なんとか、自力で椅子から立ち上がった。その後は、右脚を引き摺るようにして、ギャンブル用のテーブルへと移動し、自席についた。贔島たちの手を借りようか、とも思ったが、あんな乱暴に扱われるのは嫌だ、という思いのほうが、強かった。

 競一は、すでに、自分の椅子に座っていた。森之谷が、言う。

「セット2では、轟橋さまが敗北されましたので、ボーナスの1CPは、轟橋さまに贈呈されます。すでに、チップの山に、追加してあります」贔島が、テーブルに衝立を設置した。「それでは、ラウンド1のロールタイムを開始します」

 そう森之谷が言ってから、十数秒後、衝立の向こう側より、ぱちん、ごろんごろん、という音が聞こえてきた。

(品辺のやつ、さっそくロールを行ったのか……それじゃ、やつがマシンにカバーを被せる前に、役を確認しないとな)

 赫雄は、そう考えると、衝立を、じーっ、と睨みつけ始めた。同時に、彼の有する【ハンド】、《樹脂透視》(レジンクレアヴォヤンス)を行使する。あっという間に、衝立が透き通り、テーブルの上、敵陣が、視野に入った。

《樹脂透視》は、その名のとおり、透視能力だ。特に、赫雄は、プラスチックだのポリエステルだのといった、いわゆる合成樹脂の透視を得意としていた。それらに関しては、透視の深さや、透視する物体の区別などを、自在に調整することができた。

 しかし、合成樹脂でない物体に関しては、まったく透視できなかった。例えば、金属や、動物の皮膚、天然樹脂などだ。

 衝立は、プラスチック製であるため、透視できた。しかし、カバーは、何らかの天然樹脂で出来ているらしく、透視できなかった。

(まあ、大した問題じゃない。品辺が、ロールを行った後、マシンにカバーを被せる前に、《樹脂透視》を行使して、やつの役を覗き見ればいいだけの話だからな。セット2ラウンド4では、カバーが、おれから見て、やつのマシンの右斜め手前に置かれていたせいで、黒いサイコロの出目を確認できなかったが……それ以外のラウンドでは、すべてのサイコロの出目を確認できている)

 さっそく、赫雄は、敵陣に置かれているマシンに視線を遣った。それのケースの中に入っているサイコロ四個の出目を、確認する。

(よし……【④466】だな)

 赫雄は、こく、と小さく頷くと、《樹脂透視》の行使を終えた。ウォーキングと同程度に疲れるため、常に行使し続ける、というわけにはいかない。まあ、ウォーキングと同程度の疲れで済むので、行使したくなった時は、その都度、行使すればいいだけの話だ。

 その後、赫雄は、ロールマシンのトリガーを、ぱちん、と弾いた。サイコロが、ごろんごろん、という音を立てながら、転がり回り始めた。

 やがて、それらのうち、三個が止まった。出目は【⑥66】だった。

(やった……!)赫雄は小さくガッツポーズをした。(これで、【準ゾロ】は確定……このラウンド、ショーダウンを行ったとしても、おれは、勝てる……!)

 しばらくして、最後のサイコロも止まった。もう、どうでもいいが、いちおう、出目を確認しておく。

【4】だった。役は【⑥664】だ。

 その後、赫雄は、マシンをサークルに置いた。それの上に、カバーを被せる。

 しかし、森之谷は、ロールタイムの終了を宣言しなかった。

(なに……?)赫雄は眉を顰めた。(品辺のやつ、役を作り終えたというのに、まだ、マシンにカバーを被せていないのか……?

 ……もしかしたら、何か、作戦でも練っていやがるのかもしれねえな。で、考えを巡らすために、ロールタイムの残り時間を使っているんだ。

 ま、あまり、意味があるとは思えないがな……品辺は、おれの【ハンド】の内容にすら、気づいていないだろうし)にやり、と笑った。

 さらに時は経ち、ロールタイムは、残り一分を切った。その直後、唐突に、ががががが、という轟音が、天井から鳴り響き始めた。

(何だ……?)赫雄は、思わず、天井を見上げた。そしてすぐに、(ああ、三階でやっているっていう、工事の音か……エントランスにポスターが貼ってあったな……)と、心の中で独り言ちた。

 騒音は十秒ほどで終わった。それから十数秒後、やっと、競一が、マシンにカバーを被せたらしく、森之谷が、「それでは、ベットタイムを開始します」と言った。「お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは2CPです」贔島が、衝立を取り外した。

 赫雄は、所持チップの山から二枚を取ると、自陣のサークルに置いた。競一も、同じようにした。

「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」

(まあ、品辺が【コール】しようが【レイズ】しようが、おれは【レイズ】するがな……なにせ、ショーダウンを行ったところで、絶対に勝つんだから。

 さて、おれが増やすチップの額だが……とりあえず、5CPでいいか。それくらいなら、品辺が【コール】してくれる可能性が高い)

 競一は、彼のBTタイマーのディスプレイに表示されている値が「09:30」を下回った頃になって、「【レイズ】」と言った。

(【レイズ】か……いくらにするつもりだ? まあ、どうせ、大した額じゃないだろうがな。せいぜい、4CPか5CPが関の山──)

 心の中での独り言は、そこで途切れた。競一が、「50CP」と言ったからだ。

(ご、50CP、だと……?! オールインじゃねえか!)

 競一は、特に、発言を訂正することもなかった。所持チップの山、全体を、両手で、左右から挟むようにして、掴む。その後、それらを、押すようにして移動させると、サークルの中──といっても、かなりの枚数、円からはみ出しているが──に置いた。

(落ち着け……)赫雄は、競一に悟られぬよう気をつけながら、深呼吸した。(品辺が、オールインしようがしまいが、おれのとるべきアクションは、変わらないじゃないか。なにせ、こっちは、やつの役が【④466】であることを知っているんだからな。

 むしろ、これは僥倖だ。通常、おれが【レイズ】して、オールインしても、品辺は【フォールド】するだろうが……今回は、向こうのほうから、【レイズ】して、オールインしてくれたんだ)

「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」

(これで、お互いの所持チップ額は、品辺が0CP、おれが101CP……おれの、このセット3での勝ちが、確定する……!

 それだけじゃない……品辺は、ペナルティロールを、百一回も受ける羽目になる。そうなったら、死ぬだろう。少なくとも、ギャンブルを続行できないような状態に陥るに違いない。このギャンブル、そのものにおいても、おれの勝ちだ……!)

 赫雄は、最初、腹の底から込み上げてくる笑いを抑え、ポーカーフェイスを維持しようとした。しかし、すぐさま、もう、競一が【レイズ】して、オールインしているため、ポーカーフェイスは必要ない、と気づいた。くくくく、と笑いながら、「【コール】」と言う。

「おれも、オールインだ」

 その後、赫雄は、所持チップの山から、一枚を除いた。残り五十枚を、両手で、左右から挟むようにして、掴む。そして、それらを、押すようにして、サークルに移動させた。

「それでは、ショーダウンを行います。お二人とも、役を開示してください」

 そう森之谷が言ったので、赫雄は、マシンからカバーを取り去った。敵陣に視線を遣る。

(まあ、すでに、品辺の役は【④466】だと、わかっているんだがな……)競一のマシンのケース内部に入っている、サイコロ四個を見る。それらの出目は【④666】だった。(そうそう、【④666】──えっ?)

 赫雄は、目を、ぱちぱち、と瞬かせた。競一の役を、凝視する。

 何度見ても、【④666】だった。

「引き分けです。それでは、お二人とも、チップを回収してください」

 そう森之谷が言ったが、赫雄は、とてもそんな気にはなれなかった。瞬きもせずに、競一のマシンに入っているサイコロ四個を、凝視し続ける。

(【④666】だと……? 馬鹿な……やつの役は、【④466】だったはずじゃあ……)

 競一は、テーブルの中央めがけて、両手を伸ばした。自分の賭けたチップを、回収し始める。

(……見間違い、か?

 このギャンブルの、最初のほうのラウンドでは、おれは、品辺の役を、誤って記憶しないよう、やつのマシンに入っているサイコロの出目を、しっかり確認していた。しかし、ラウンドが進むにつれて、やつの役を覗く、という行為に、悪い意味で慣れていたことは、否定できない。

 それに、【④466】と【④666】は、出目が、一つしか違わない……【4】と【6】の目における点の配置も、似ている。見間違いの可能性は、高い……)

「……轟橋さま?」

 そう森之谷に言われて、赫雄は我に返った。「ああ……」と言って、サークルにチップしたベットを、手元に移動させ始めた。

(いや、しかし、助かったな……)赫雄は、さきほどのベットタイムのことを思い出して、ぞっ、とした。(引き分けだったから、よかったものの……もし、おれの見間違いの結果、やつの役が、おれの役より強かったなら、おれは負けていた……ひいては、九十九回のペナルティロールを受ける羽目になっていた)

 やがて、赫雄は、賭けていたチップを、すべて回収し終えた。すでに、競一も、チップの回収を済ませていた。

 森之谷が言う。「現在の所持チップ額は、品辺さまが50CP、轟橋さまが51CPです」

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