第19/23話 錠菓推理
「それでは、ラウンド6のロールタイムを開始します」
その後、贔島が、テーブルに衝立を設置した。
(さて……さっそく、《運動予測》を行使して、サイコロの出目を予測するか)
その後、競一は、考えたとおりに行動した。結果、【深】は【③245】、【中】は【⑤322】、【浅】は【⑤314】だった。
(【中】が、【半ゾロ】で、最も強いな……よし、それでロールを行おう)
その後、競一は、出した結論のとおりに、トリガーを、ぱちん、と弾いた。サイコロが、ごろんごろん、という音を立てながら、ケースの中を転がり回り始めた。
しばらくして、それらのうち二個が止まった。出目は、【⑥5】だった。
(ぐ……揃っていないな……)競一は軽く歯を噛んだ。(残りのサイコロの出目に、【5】か【6】が、一つでも含まれていれば、【半ゾロ】なんだが……)
そんなことを考えているうちに、残りの二個も、止まった。
それらの出目は【66】だった。役は【⑥566】だ。
(よっしゃ!)競一は右手で拳を握った。(【準ゾロ】だ。しかも、ゾロ目値は【6】で、非ゾロ目値は【5】……かなり強い!)
彼は、その後、マシンをサークルに置いた。それの上に、カバーを被せようとする。
しかし、そこで、唐突に、なんとなく、甘い物が欲しくなった。リストバンドのケースに付いている蓋を、ぱか、と開ける。右掌めがけて、左手首を振った。しゃっ、という音が鳴った。
ラムネが、六個、飛び出してきた。それらのうち四個が、右掌に載った。しかし、残りのうち一個は、右掌に載った後、その上を転がって、端から落ちた。もう一個は、右掌に掠りすらしなかった。
(おっとっと……)
競一は、右掌に乗っているラムネ四個を、すべて、口に入れた。それらを、ぽりぽり、と噛み砕きながら、テーブルの上、自陣に視線を巡らす。しかし、ぱっと見たところでは、零したラムネ二個は、見つからなかった。
(……ま、いいか。二個くらい……)
そんなことを考えている間に、衝立の向こう側から、ぱちん、ごろんごろん、という音が聞こえてきた。赫雄がサイコロを振ったに違いなかった。
その後、競一は、マシンにカバーを被せた。しかし、ロールタイムは終わらなかった。
それから、さらに十数秒後、ぱちん、ごろんごろん、という音が、衝立の向こう側から聞こえてきた。
(赫雄のやつ、【リロール白】を使ったのか。ということは、やつの、最初に出来た役は、あまり強くなかった、ということか? まさか、【全ゾロ】【準ゾロ】の状態から、【リロール白】は使わないだろうし……)
数十秒後、森之谷が、「それでは、ベットタイムを開始します」と言った。贔島が、テーブルから衝立を取り外した。
「お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは6CPです」
赫雄が、チップを六枚、自陣のサークルに置いた。競一も、所持チップの山から、一枚ずつ、右手で摘まんでは、左掌の上に載せていった。その合計数は、三枚になり、四枚になり、五枚になった。
そして、六枚目を取った時のことだった。所持チップの山から、何か小さな物体が、ころんころん、と転がり落ちてきた。
その物体は、ころころ、とテーブルの左端に向かって転がり出した。競一と赫雄は、それに視線を遣った。
(なんだ、ラムネかよ……)
さきほどのロールタイムにおいて、手から零してしまった物のうちの一つだ。どうやら、所持チップの山の中に、紛れ込んでいたらしい。
競一は、一秒もしないうちに、視線を、ラムネから外して、テーブルの上、自陣のサークルに向けた。赫雄も、すでに、ラムネを見てはおらず、じっ、と競一の様子を窺っていた。しばらくしてから、ころんころん、という、ラムネが床に着地し、転がったであろう音が聞こえてきた。
その後、競一は、左手に持ったチップ六枚を、サークルに置いた。森之谷が、「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」と言った。
競一は、ごくり、と唾を飲み込んだ。「【レイズ】、50CP」と言う。
その後、彼は、所持チップの山、全体を、押すようにして移動させ始めた。数秒後、自陣のサークルで、停止させる。さすがに、円に入りきらず、かなりの枚数が、外にはみ出していた。
(セット1ラウンド6で赫雄がとった作戦と、同じだ。もし、やつが【コール】して、ショーダウンで負ければ、お互いの所持チップ額は、おれが100CP、やつが1CPとなる。そうなったら、やつは、九十九回ものペナルティロールを受ける羽目になる……そんなの、死ぬに決まっている。
赫雄は、それを恐れて、【フォールド】するんじゃないか? もし、やつが【フォールド】すれば、お互いの所持チップ額は、おれが56CP、やつが45CP……やつは、十一回ものペナルティロールを受ける羽目になるが──十一回なら、なんとか耐えらえるだろう、と判断するんじゃないか?)
森之谷が、「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」と言った。
(もし、おれがショーダウンで負けたら、お互いの所持チップ額は、おれが0CP、赫雄が101CP……おれは、百一回ものペナルティロールを受ける羽目になるが……その可能性は高くない。なにせ、こちらの役は、【⑥566】で、かなり強いんだ。おれがショーダウンで負けるとしたら、それは、赫雄の役が【全ゾロ】である場合……単純に考えて、低い確率だ。
もちろん、あくまで、低いだけであって、ないわけではない……でも、そんなリスクを考えていたら、どうしようもない。おれの役がかなり強いことは、確かなんだ。ここは、勝負すべきだ)
そこまで考えたあたりで、赫雄が、「【フォールド】」と言った。
競一は思わず「やった!」と叫んで、両手でガッツポーズをした。直後、両腕に激痛が走り、「ぐおお……」と呻いた。
「轟橋さまの【フォールド】により、品辺さまの勝利です。それでは、お二人とも、役を開示してください」
そう森之谷が言ったので、競一は、ロールマシンからカバーを取り去った。敵陣に視線を遣る。
赫雄の役は、【④666】だった。
(【準ゾロ】で、ゾロ目最大値は【6】、非ゾロ目値は【④】……僅差で、おれの役より弱い。【コール】して、ショーダウンを行っていたところで、赫雄は、負けていた……やつにとって、【フォールド】こそが最善手だったというわけだ。クソ……どうせなら、【コール】してくれればよかったのに……。
それにしても……ゾロ目になっているのは、全部、白いサイコロだ。赫雄は、さきほどのロールタイムで、【リロール白】を使った。その結果、白いサイコロ三個の目が、すべて揃った、というわけか……なんて運なんだ。いや、けっきょく、おれの役より弱いんだから、大して運がいいわけでもないのか?)
そこまで考えたところで、ふと、テーブルの上、自陣に置かれているタイマー二個の近くに転がっている、小さな物体が目に入った。ほどなくして、それが、さきほどのロールタイムで零したラムネである、とわかった。
(まあ、ラムネ一個くらい、わざわざ回収する必要もないや。さっきのベットタイム、アンティ分のチップを提出する場面で、ラムネが一個、所持チップの山から転がり落ちて、テーブルの端に向かっていったけれど、その時も、大して、気にしなかったし。そう言えば、あの時、赫雄のやつも、一瞬だけ、視線を、転がっていっているラムネに遣ったけど、すぐに外したな……)
そこで、ふと、小さな違和感を抱いた。
(待てよ……それって、おかしくないか? どうして赫雄は、視線を、すぐに、ラムネから外したんだ?
その時、ラムネは、まだ、テーブルの端へと転がっている途中だった……つまり、ラムネが、テーブルから落ちて、それの姿が見えなくなったため、視線を外した、というわけじゃない。
おれが、すぐに、視線を、その物体から外したのは、それの正体が、ロールタイムで零したラムネである、と、わかったからだ。しかし、赫雄は、とうぜん、そんなことは知らないだろう。なら、普通は、その物体が何なのか、気になって、それの姿が見えなくなるまで、目で追ってしまうんじゃないか?)
「本ラウンドは最終ラウンドのため、チップ獲得の手順は省略いたします」森之谷が言う。「最終的な所持チップ額は、品辺さまが56CP、轟橋さまが45CPです。よって、このセットは、品辺さまの勝利です」
(おれは、ラムネを食べる時、別に、音が鳴らないように注意してはいない。しゃっしゃっ、という、リストバンドのケースを振る時の音や、ぽりぽり、という、ラムネを噛み砕く時の音から、赫雄にも、おれが、ラムネを──いや、ラムネ、とまでは、想像が及ばなかったとしても、そういう、錠剤状の物を食べている、ということには、考えが至ったに違いない。
だから、赫雄にも、テーブルの端に向かって転がっている物の正体が、おれのラムネだろう、と、即座に見当がついたんじゃないか? そのため、やつは、すぐに視線を外したんじゃないか?
……いや。可能性は、ないわけじゃないが、かなり低いな。あの時、ラムネは、所持チップの山の中から飛び出してきた。おれは、ロールタイムにて、ラムネをテーブルに落としていたから、その、飛び出してきた物の正体は、さきほど零したラムネだろう、と、すぐにわかったが……そんなこと、赫雄は、知らない。おれの所持チップの山から飛び出してきた物の正体はラムネである、だなんて、すぐにわかるはずがない)
「それでは、轟橋さま。ペナルティの準備をお願いします」そう言って、森之谷は、赫雄に視線を向けた。すでに、彼の背後には、贔島と礎山が立っていた。「ペナルティロールは、十一回です」
(赫雄は、実は、優れた動体視力を有していて、それにより、転がっている物の正体はラムネである、と、すぐにわかったから、視線を外した、とか? ……いや、あのラムネは、小星型十二面体のような見た目をしている。もし、転がっている物体が、そんな形をしている、とわかったら、困惑して、余計に、目で追うはずだ。
おれは、赫雄の前では、ラムネを食べていない。だから、やつは、ラムネが小星型十二面体のような姿をしている、なんてことは、知らないはずだ)
赫雄は、擬態語が擬音語と化して聞こえてくるのではないか、と思えるほどに、しぶしぶ、という顔をして、がた、と椅子から腰を上げた。
(ちょっと待て……赫雄にも、おれと同じ理由で、転がっている物の正体がラムネである、と、すぐにわかったのだとしたら、どうだ? つまり──おれが、さきほどのロールタイムで、テーブルの上にラムネを零した場面を、何らかの方法で見ていたんだとしたら、どうだ?
しかし……なら、どんな方法で見ていたんだ? どこかに、隠しカメラでも設置されているのか?
……いやいや、カメラの類いを使うなら、赫雄は、それの撮影している映像を受け取る機械を操作する必要がある。いくらなんでも、そんな物をギャンブル中に所持することは、森之谷たちは、認めないだろう)
「ペナルティを受ける前に」と赫雄が言った。「持ち物を出させてくれ」
「承知しました」森之谷は頷いた。
(そうか──【ハンド】なんだ。赫雄は、物体を透視するような【ハンド】を有しているに違いない。それを、さきほどのロールタイム中に行使して、衝立を透視している時に、おれがラムネを零す場面を目撃したんだろう。
じゃあ、どうして、赫雄は、ロールタイム中に、そのような【ハンド】を行使したのか? ……いいや、考えるまでもないな。おれが作った役の内容を確認するために、決まっているじゃないか)
競一は、思わず、赫雄を、ぎろり、と睨みつけた。しかし、赫雄は、競一の視線には、気づかなかった。頭の中は、これから受けるペナルティのことで、一杯なのだろう。
(ということは……おれの役の内容は、赫雄には筒抜け、ってわけか。ふざけやがって……。それじゃあ、ベットタイムでは、毎回、最善手をとれるじゃないか。自分の役が、おれの役より強ければ、【レイズ】しまくればいい。自分の役が、おれの役より弱ければ、決して【レイズ】せず、おれの【レイズ】に対しては、【フォールド】すればいい。
……待てよ……そう言えば、赫雄が、最善手をとらずに、損を被ったことがあったな。
セット2ラウンド4だ。あの時、おれの役は、赫雄の役より、弱かった。にもかかわらず、おれの【レイズ】に対して、やつは【フォールド】した。
赫雄が、【ハンド】を行使すれば、おれの役が──ええと──)記憶を探った。(【④354】であること、すなわち、やつの役、【①255】より弱いことは、すぐにわかったはずだ。なのに、なぜ、やつは【フォールド】したのか?
まさか、その時だけ、【ハンド】を行使しなかった、というわけじゃないだろうし……あるいは、何か、ロールマシンの近くに、邪魔な物が置かれていたせいで、【ハンド】を行使しても、おれの役の内容を確認することができなかった、とか?)
自分たち専用の席に移動した赫雄は、ポケットから物を出しては、テーブルの上に置いていった。それらは、小さな紙の包みや、本物らしい弾丸、単四電池などだった。
竹彦はと言うと、そんな赫雄の動作を、相変わらず虚ろな目で、じっ、と見つめていた。自分の息子が、今から死ぬかもしれないような目に遭う、というのに、彼と話をしようともしなかった。
(……ちょっと待てよ……たしか、あの時、マシンの左斜め前あたりには、カバーが、ケースに凭れかかるようにして、置かれていたな。別に、意図的に、そう置いたわけじゃないけど。……で、ケース内部の空間は、中央にある透明な仕切りで、二つに分けられており、左側には、黒いサイコロ一個が、右側には、白いサイコロ三個が、入っている……。
もしかして……赫雄の【ハンド】では、あのカバーは透視できないんじゃないか? だから、あの時、白いサイコロの出目は、わかっても、黒いサイコロの出目は、わからなかったんじゃないか?
そう仮定すると、セット2ラウンド4の、ロールタイムが終了した時点において、赫雄は、おれの役について、【354】という情報しか得ていなかったことになる……いっぽう、赫雄の役は、【①255】。もし、おれの役が、【⑤354】だった場合、ショーダウンで負けるのは、やつのほうだ……だから、やつは、おれの【レイズ】に対して、【コール】または【レイズ】ができなかったんじゃないか?)
しばらくして、赫雄は、「終わったぞ」と言った。彼の後ろに立つ贔島が、「それでは、ご同行、願います」と告げた。
(まとめると、こういうことだ……赫雄は、物体を透視するような【ハンド】を有しており、ロールタイムでは、それを行使して、おれの役の内容を確認している。しかし、カバーを透視することはできない。
よし……そういうことなら、こちらにも、作戦の立てようがある……!)
その後、競一は、ひたすらに作戦を練った。その間に、赫雄たち三人は、ビッグロールマシンに到着した。
赫雄は、ケースの中に入らされると、両手を後ろに回され、手首に手錠をかけられた。そして、床に寝させられ、足首に手錠をかけられた。それから、贔島と礎山だけが、外に出て、出入り口の扉を施錠した。
(赫雄がペナルティを受けている様子になんて、興味はない……それよりも、今のうち──やつに見られないうちに、作戦を実行するための、準備をしておかないと……)
そう考えると、競一は、椅子から腰を上げ、「森之谷さん」と言って、彼に近づいた。「お願いがあるのですが」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます