第18/23話 爆弾炸裂
轟橋赫雄は、ロールタイムが始まってから約一分後に、衝立の向こう側から、ぱちん、ごろんごろん、という、競一がロールを行う音を聞いた。
(それじゃあ、あの作戦を行うか……)
その後、赫雄は、衝立に目を遣った。じいっ、と眼球に力を込める。
しばらくしてから、彼は、(さて……)と心の中で呟くと、視線をマシンに移した。(おれも、役を作るとするか)
赫雄は、マシンを、体の前に移動させた。トリガーを、底まで押し込んでから、手を離して、ぱちん、と弾いた。ごろんごろん、という音を立てながら、サイコロが転がり回り始める。
やがて、それらのうち、三個が止まった。出目は【③56】だった。
(やったぞ……!)赫雄は小さくガッツポーズをした。
数秒後、最後のサイコロも止まった。それの出目は【6】だった。役は【③566】だ。
(お……これで、【リロール白】が手に入るな)
その後、ロールタイムが終了した。森之谷が、「それでは、ベットタイムを開始します」と言う。「お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは6CPです」贔島が、衝立を取り外した。
競一が、所持チップの山から、右手でチップを取っては、左掌の上に置き始めた。赫雄も、同じようにして、チップを取り始めた。
赫雄は、特に手間取ることもなく、アンティ分のチップを取ると、それらをサークルの中に置いた。それから十数秒後、やっと、競一も、チップを六枚、ベットした。彼は、チップを取るのに、いささか、もたついていた。怪我でも痛むのかもしれない。
「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」
そう森之谷が言ってから、十数秒後、赫雄は「【レイズ】、12CP」と言った。所持チップの山から、六枚を取ると、サークルに追加する。
(いわば、さっきのラウンドで、品辺が【レイズ】して、賭けるチップの額を14CPに増やしたのと、同じ意図だ。
今回、賭けるチップの額が12CPの状態で、品辺が負けた場合、お互いの所持チップ額は、品辺が44CP、おれが57CP……おれが、ラウンド6で【フォールド】しても、最終的には、品辺が50CP、おれが51CPとなる。つまり、やつのペナルティロールは、一回で済むわけだ。これなら、やつは、【コール】を選ぶんじゃないか?)
「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」
しかし、競一は、赫雄の期待を裏切って、「【フォールド】」と言った。
(なんだよ……つまんねえの)
「品辺さまの【フォールド】により、轟橋さまの勝利です。それでは、お二人とも、役を開示してください」
そう森之谷が言ったので、赫雄は、マシンからカバーを取り去った。テーブルの上、敵陣に、視線を遣る。
競一の役は、【①345】だった。
(もし、品辺が【コール】をしてくれていれば、おれは、12CPものチップを獲得できたのに……ひいては、このセット2での勝ちが確定したのに)
「それでは、轟橋さま。チップを獲得してください」
赫雄は、テーブルの中央めがけて、両手を伸ばした。ベットされているチップ十八枚を、左右から挟むようにして、掴む。それらを、ずずー、と引き摺るようにして、移動させ始めた。
一瞬後、突然、轟音が鳴り響いて、赫雄の鼓膜を劈いた。同時に、彼の両手に、大きな衝撃が加わった。両腕は、それに耐えきれず、まるで吹っ飛ばされるかのようにして、左右に大きく振られた。
(……?!)
突然の異常事態に、赫雄は呆然とした。しかし、それは、一秒にも満たない間のことだった。すぐさま、両手に激痛が走り始めて、我に返った。
「ぐう……?!」
思わず、大きな声で呻く。両手を、胸部の前あたりに移動させ、それらに視線を遣った。
両手とも、肌の大部分が破けていた。桃色の肉が露となっており、そこから、赤い血が、だらだら、と流れ出していた。指は、曲がったり、捻じれたり、折れたり、失せたりしていた。爪も、何枚か、剥がれていた。
「ぐおお……!」
赫雄は、さらなる呻き声を上げた。そこで、火薬のような臭いが、辺りに漂っていることに気づいた。
赫雄は、顔を上げた。テーブルの表面には、自陣の中央線のやや手前くらいを中心として、大きな穴が開いていた。辺りには、ところどころに、テーブルの破片だの、チップだの、彼から噴き出したらしい血だの、彼の物であろう指だのが落ちていた。
赫雄は、さらに顔を上げると、競一に視線を遣った。彼は、対岸の火事でも眺めているかような、涼しげな顔をしていた。
「てめえ……!」
赫雄は、渾身の力を込めて、眉間に皺を寄せると、そう、唸るように言った。気を抜くと、理解可能な言葉ではなく、理解不能な呻き声が出そうだった。
「てめえの仕業だろ……! アンティをベットする時、チップと一緒に、爆弾か何かを、テーブルに置いたな……! 摩擦に対する感度が高くて、擦ると、すぐに炸裂するようなやつを……! 爆弾の上に、チップを重ねて、見えないようにして……! それで、おれが、チップを獲得するため、それらを、引き摺って移動させようとした時に、爆発したんだ……!」
「おいおいおいおい……」競一は、洋画俳優のごとく大袈裟に両手を左右に広げた。「何じゃ、そりゃ? 言いがかりも甚だしい。おれは、爆弾なんて、テーブルに置いていないぞ。
お前なんじゃないか? やったのは。自作自演、ってやつだ。それで、おれに、『相手プレイヤーに対して暴力を振るった』という濡れ衣を着せて、敗北させよう、ってつもりなんだろ?
それとも、何か?」ふん、と馬鹿にするように嗤った。「おれが、アンティのチップをベットする時に、一緒に爆弾も置いた、っていう証拠でもあるのか? ん?」
「ふざけやがって……!」
赫雄は、喉の底から絞るようにして、そう言った。しかし、反論の台詞は出てこなかった。
沈黙が発生した。最初に、それを打ち破ったのは、森之谷の、「品辺さま、轟橋さま」という声だった。
赫雄は、森之谷に視線を遣った。彼は、やや険しい顔をしていた。
「テーブルが、激しく損傷しました。さすがに、このままでは、勝負を続行できません。いったん、ギャンブルを中断して、テーブルを交換いたします。
それと……『とりあえず、決着がつくまで、ひととおり、ギャンブルを行ってみよう』と考えていたので、今まで、あえて、盤外戦術の類いは、見逃してきましたが……さすがに、テーブルを破壊されるのは、困ります。今回は、お咎めなし、としますが……今後、ギャンブルの中断を引き起こすほどに備品を破壊することは、理由にかかわらず、いっさい、禁止いたします。
ただ、これは、あくまで、ギャンブルの中断を引き起こすほど、という場合です。例えば、備品に小さな不具合が発生した、というような場合は、ご連絡ください。新しい物に交換いたしますので」
品辺競一は、自分たち専用の席について、ギャンブル用の新しいテーブルが運び込まれるのを、待っていた。すでに、破損したテーブルは、ホールの隅に移されていた。
横からは、呻き声だの唸り声だのが、BGMのごとく聞こえてきていた。ちらり、と、そちらに視線を遣る。
赫雄が、自分たち専用の席についていた。上半身を折り曲げ、テーブルに突っ伏している。彼は、両手とも、ズボンのポケットに突っ込んでいた。
このギャンブルにおいて、プレイヤーが手当てを受けることは、禁止されている。そのため、手に負った怪我の止血を行うには、手をポケットに入れるしかないのだ。
同じ席には、竹彦もついていた。赫雄のことを、じっ、と見つめている。しかし、相変わらず目は虚ろで、その顔には、何の表情も浮かんでいなかった。
(成功したな。アンティ分のチップをベットする時、蓬莱玉から取り出した火薬袋も、一緒にテーブルに置く。もちろん、それの上には、チップを重ねて、姿が見えないようにして。その後、わざと負けることにより、赫雄に、賭けられているチップの山を獲得させる、すなわち、引き摺らせることにより、火薬袋を炸裂させて、やつを負傷させる……という作戦。
それにしても、チップをベットする時は、緊張したなあ……なにせ、一緒に置く火薬袋の存在は、赫雄に気づかれてはいけないんだ。さいわいにも、やつには、怪しまれずに済んだが……。
なにより、苦労したのは、誤爆を防ぐことだ。なにせ、蓬莱玉の火薬袋は、ちょっとした衝撃を与えるだけで、炸裂するんだからな。火薬袋をテーブルに置く時や、それの上にチップを重ねる時は、ひどく疲れた……)
そんなことを考えていると、がちゃ、という、ホールの出入り口の扉が開かれる音が聞こえてきた。見ると、贔島と礎山が、ギャンブル用の新しいテーブルを運び込んでくるところだった。
(赫雄は、セット1ラウンド1から、セット2ラウンド4まで、ベットされているチップを入手する時、いつも、それらを引き摺るようにして、移動させていた。おそらくは、セット2ラウンド5でも、同じ動作を行うだろう。そして、その摩擦により、火薬袋が炸裂するだろう。そう考えていたが……やつが、こちらの思いどおりに動いてくれて、本当によかった)
そんなことを心の中で呟いているうちに、ギャンブル用の新しいテーブルが設置された。それのデザインは、元の物と、まったく同じだった。
「それでは、ギャンブルを再開します。お二人とも、席についてください」
その後、競一と赫雄は、森之谷に言われたとおりに行動した。
「現在の所持チップ額は、品辺さまが50CP、轟橋さまが51CPです。なお、ラウンド5における、轟橋さまの役について、出目の合計値が20だったため、轟橋さまには、【リロール白】を贈呈します」
そう、森之谷が言ってから、礎山が、赫雄の所に行き、リロールカードを渡した。
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