第15/23話 拳銃発砲

 そう考えると、競一は、マシンをサークルに置いた。カバーを被せようとして、それに視線を遣る。

 カバーは、衝立のすぐ手前、カードボックスとチップサークルのちょうど中間あたりにあった。軽く丸められた状態で、置かれている。

 競一は、それに左手を伸ばした。掴むと、手前に向かって、引っ張る。

 しかし、カバーを引き寄せることはできなかった。まるで、テーブルの表面にある何かに、引っかかっているかのようになっていたのだ。

(ん……?)

 競一は、眉間を少し険しくした。左腕に込める力を強化すると、再度、カバーを引っ張った。

 ようやく、それを引き寄せることに成功した。同時に、べり、という音が鳴った。

 カバーの下からは、拳銃が現れた。

(……?!)

 いわゆる、オートマチックタイプだ。側面を、テーブルの表面にくっつけるようにして、置かれている。銃口は、競一の座っている椅子のほうに向けられていた。

 よく見ると、たくさんの輪ゴムが、トリガーおよびグリップに巻きつけられていた。両者の間には、小さな螺子が挟まっており、それのおかげで、トリガーは引かれていなかった。

(……!)

 そこまで認識したところで、我に返った。ばっ、と上半身を滑らせると、テーブルの下に潜り込ませる。体を、突然かつ複雑に動かしたため、全身に鈍痛が走ったが、気にしていられなかった。

 次の瞬間、ばちん、どおん、という音が鼓膜を劈いた。テーブルが、がったあん、と大きく振動した。

 音が鳴ったのは、一回だけだった。数十秒後、競一は、椅子をどかすと、半ば這うようにして、外に出た。おそるおそる、頭を動かして、テーブルの上に視線を遣る。もちろん、射線より大きく外れた場所から、だ。

 拳銃の銃口からは、煙が立ち上っていた。トリガーは、輪ゴムにより、引かれたままの状態となっている。近くには、螺子が転がっていた。よく見ると、それの表面には、乾いた糊のような物が、わずかに付着していた。

 競一は、半ば呆然として、拳銃を見つめ続けた。(誰だ、こんな物を仕掛けたやつは……)と心の中で呟く。直後、はっ、と我に返って、ぶんぶん、と首を左右に振った。(決まっているじゃないか……赫雄だ。やつが、おれに重傷を負わせようとして──あわよくば、おれを殺害しようとして、設置したんだ。

 このギャンブルは、立会人が、プレイヤーについて、ギャンブルを続行することができない、と判断した場合に、そのプレイヤーの敗北が確定する。逆に言えば、たとえ、ギャンブルの途中であったとしても、相手プレイヤーを殺害することができれば、自分の勝利が決まる)

 競一は、中腰になって、テーブルの上に両手をついた。腰を中途半端に曲げるのは、なかなか辛く、できれば背筋を伸ばしたかった。しかし、ロールタイムの間に、衝立の向こうを覗き込んだら、即座に、反則負けとされてしまう。もちろん、そんな意図は毛頭ないが、誤解されるような行為は、慎んだほうがいいに決まっている。

(当たり前だが、セット1のラウンド6までは、こんな物は、なかった。きっと、赫雄は、おれがペナルティを受けている間に、拳銃を仕掛けたんだろう。

 朋華からは、何も聴いていない……気づかなかったんだろうな。無理もない……あいつの視線は、おれがペナルティロールを食らう様子に、釘付けだったろうからな。

 赫雄は、グリップとトリガーを輪ゴムできつく縛った後、それらの間に、螺子を挟んだんだ。そして、その螺子を、目隠しとして被せるカバーに、くっつけた。カバーをどけたら、螺子が外れて、輪ゴムの力により、トリガーが引かれて、弾丸が発射されるように……)

 競一は、右手を伸ばすと、拳銃を掴んだ。発砲が行われたばかりのそれは、まだ、わずかに温かかった。

 拳銃を、手前に動かそうとする。少しばかり抵抗を感じたが、強い力を込めると、べり、という音を立てて、動いた。それの置かれていたあたりには、乾いた糊のような物が、へばりついていた。

(たぶん、接着剤の類いだろう。それを使って、拳銃をテーブルに貼りつけたり、螺子をカバーにくっつけたりしたんだ。

 輪ゴムや螺子、接着剤は、三階の工事現場から手に入れたに違いない。そう言えば、セット1のラウンド6が終了した途端、赫雄は、トイレに行く、と言って、外に出たな……きっと、その時に調達したんだ。

 拳銃は、もともと持っていたんだろう。おれだって、護身用に、蓬莱玉を持っている。

 しかし、赫雄は、事前にボディチェックを受けているはずだが──いや、そんなもの、なんとでもなるか。おれも、けっきょく、蓬莱玉の所持を、許可されたしな……)

 競一は、拳銃を取ると、テーブルの下に置いた。所持していようか、とも思ったが、暴発が怖かった。十中八九、もう弾は尽きているのだろうが、そのことを実際に確認したわけではないし、確認する方法を知っているわけでもない。

 その後、彼は、弾丸を避けた時にどかした椅子を、元の位置に戻すと、それに腰かけた。衝立の表面、赫雄の顔が位置しているあたりを、ぎろり、と睨みつけた。

(どうする……この件について、赫雄を非難するか? ルール上、相手プレイヤーに暴力を振るうことは、禁止されている……やつを、反則負けにさせられるか?)

 その後、競一は、それについて、考えを巡らせ始めた。そして、ロールタイムの残り時間が二分を切った頃になって、ようやく、結論を出した。

(……無理だな。「拳銃を仕掛けたのは赫雄である」という証拠がない。やつに、「おれを反則負けにするための自作自演じゃないのか?」「自作自演でないという証拠はあるのか?」と反論されたら、どうしようもない。

 なにより……赫雄が拳銃を仕掛ける場面は、とうぜん、森之谷たちも目撃しただろう。しかし、けっきょく、赫雄は拳銃を仕掛けている。ということは、森之谷たちは、その行為を容認した、ということだ。

「立会人が、プレイヤーによる、相手プレイヤーに対する暴力を発見した場合は、そのプレイヤーは、反則負け」というルールだが……「テーブルの上に拳銃を設置する」という行為、それ自体は、「相手プレイヤーに対する暴力」ではないからな。あるいは、森之谷は、「とりあえず、最後までギャンブルをやらせてみよう」「せっかく、テストプレイヤーを確保できたんだから、なるべく途中で終わらせたくない」「ある程度の盤外戦術は許容しよう」と考えているのかもしれない……)

 そんなことを考えているうちに、残り時間は一分を切った。彼は、カバーを取ると、マシンに被せた。

 それから、すぐ、森之谷が、「それでは、ベットタイムを開始します」と言った。贔島が、衝立を取り外した。「お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは2CPです」

 その後、競一と赫雄は、所持チップの山から、二枚を取ると、それぞれの陣地にあるサークルの中に置いた。

「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」

 そう森之谷が言ってから、十秒も経たないうちに、赫雄は行動を開始した。「【レイズ】、5CP」と言うと、所持チップの山から、三枚を取って、自陣のサークルに置いた。

(5CPだと? どうやら、赫雄は、自分の役に自信を持っているらしいな……だが、チップの額を、大幅に釣り上げないところを見ると、とても強い役が出来ている、っていうわけでもなさそうだ)

「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」

(どうする……?)競一は、軽く俯くと、考えを巡らせ始めた。(おれの役は、【⑤661】……強さは、中くらいだ。少なくとも、【フォールド】するのは、惜しいが……。

 ……よし)顔を上げた。(【コール】しよう。さすがに、【レイズ】する気にはなれないが……まだ、ラウンド1で、赫雄が引き上げたチップ額も、5CP。もし、負けたとしても、じゅうぶん、挽回できる……)

 そう結論を出すと、競一は「【コール】」と言った。所持チップの山から、三枚を取ると、サークルに置く。

「それでは、ショーダウンを行います。お二人とも、役を開示してください」 競一は、マシンのカバーを取り去った。テーブルの上、敵陣に視線を遣る。

 赫雄の役は【①113】だった。

(ぐ……! 負けか……)競一は軽く歯を食い縛った。(赫雄の役は、【準ゾロ】で、ゾロ目値は【1】……もし、おれが、ロールを行った時に、《運動予測》で予測したとおりの目を出せていたら、【準ゾロ】で、ゾロ目値は【6】になっていたから、勝っていたってのに……!)

「轟橋さまの勝利です。それでは、轟橋さま。チップを獲得してください」

 そう森之谷が言った後、赫雄は、テーブルの中央めがけて、両手を伸ばした。サークルに置かれているチップ、合計十枚を、左右から挟むようにして、掴む。競一は、その様子を、半ば、ぼんやり、として見つめていた。

 そこで、あることに気づいた。

(テーブルの表面に、傷みたいな物が出来ているぞ……?)

 競一は、両目を瞬かせた後、そこを、じっ、と見つめた。その場所は、赫雄の陣地、中央線のすぐ手前だった。

(やっぱり、傷だ。セット2が始まる前、おれが席についた時は、あんな物、なかったのに……。

 ……あ、そうか。ロールタイムで、赫雄は、机を叩いた。たぶん、その時に出来たんだろう)

 赫雄は、両手で掴んだチップを、ずずーっ、と引き摺るようにして、手元へ移動させていた。

(待てよ……これって、おかしくないか?

 おれは、てっきり、赫雄は、誤って手を滑らせてテーブルにぶつけた、と思っていたが……それにしては、その位置が、不自然では?

 やつが叩いたのは、中央線のすぐ手前……普通、どんなに手が滑ったとしても、そんな場所に衝突させないんじゃないか?)

 その後、競一は、ラウンド1のロールタイムが始まる前に見た、テーブルの上、敵陣の様子を、必死に思い出した。

(……やっぱり、そうだ。ロールタイムがスタートする直前、赫雄のマシンやカバーは、やつの手元あたりに位置していた。なら、役を作った後、マシンをサークルに置いて、カバーを被せる、という手順の間に、手が滑って、テーブルにぶつけるとしたら、それは、やつの手元あたりのはずだ。中央線のすぐ手前なんかを、叩くわけがない。

 つまり、やつは、ロールタイム中、わざわざ右手を伸ばして、中央線のすぐ手前を叩いたんだ。それは、なぜか?)

 赫雄は、引き寄せたチップ十枚を、さらに移動させると、所持チップの山に合体させた。

(もしかして、赫雄は、おれがロールを行うタイミングを見計らって、わざと、テーブルを叩いたんじゃないか? テーブルを振動させて、おれが《運動予測》を行使して予測した出目と、実際の出目を、違わせるために……つまり──やつは、おれの【ハンド】の内容を、見抜いているんじゃないのか?

 トリガーの弾かれる音や、サイコロの転がる音を聞けば、おれがロールを行っている最中であることは、容易に、わかる。わざわざ、中央線のすぐ手前を叩いたのは、その振動が、おれの陣地に、ひいては、おれのマシンに、少しでも伝わりやすいようにするためなんじゃないか?)

 競一が、そこまで考えたところで、森之谷が「現在の所持チップ額は、品辺さまが46CP、轟橋さまが55CPです」と言った。「それでは、ラウンド2のロールタイムを開始します」

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