第13/23話 最適行動

「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」

 そう森之谷が言う前から、競一は、軽く俯いた状態で、考えを巡らせていた。(おれの役は、とても強い……赫雄の役が【全ゾロ】でさえなければ、ショーダウンを行ったとしても、少なくとも、負けはしない。そして、やつの役が【全ゾロ】である可能性は、かなり低い。

 しかし……48CPだぞ……?!)ごくり、と唾を飲み込んだ。(もし、ショーダウンを経て負けたら、お互いの所持チップ額は、おれが5CP、赫雄が96CP……おれは、ペナルティロールを、九十一回も受ける羽目になる。

 そうなったら、十中八九、死ぬ……仮に、死ななかったとしても、ギャンブルを続行することは、不可能だろう。ひいては、このギャンブル自体における、敗北が確定する。

 ……そうか……そういうことか……)

 競一は、顔を上げると、赫雄を、じろり、と睨みつけた。彼は、いつもどおり、にたにた、とした、小馬鹿にするような視線を向けてきていた。

(赫雄は、おれを【フォールド】させようとしているんだ。

 もし、ここで、おれが【フォールド】したら、お互いの所持チップ額は、おれが47CP、轟橋が54CP……おれは、このセット1で負けるが、受けるペナルティロールは、七回で済む。

 赫雄は、おれに、「ペナルティロールを食らうとはいえ、七回なら、耐えられるのではないか?」「ギャンブルを続行できるのではないか?」と思わせようとしているんだ。そして、九十一回のペナルティロールを受ける可能性がある【コール】ではなく、確実に七回のペナルティロールで済む【フォールド】を選ばせようとしているんだ……)

 競一は、視線を、赫雄から外した。再び、軽く俯いて、考えを巡らせ始める。そのうちに、残り時間が五分を切った。

(【フォールド】するか……?)彼は軽く歯噛みした。(おれの役は、とても強いが、最も強くはない。赫雄の役が【全ゾロ】なら、負けてしまうんだ。

 それに……赫雄が、【レイズ】したうえ、オールインを行った、ということは、やつは、自分の役に対して、かなりの自信を持っているんじゃないか? 【全ゾロ】、という可能性も、ありうる……それは、かなり低いが、ない、っていうわけじゃないんだ。

 しかし……)歯を噛む力を強めた。(【フォールド】したら、七回のペナルティロールか……耐えらえれるとは、思うが……耐えられない確率だって、低いわけじゃ……)

 その後も、競一は、熟考し続けた。しかし、彼は、もはや、どのアクションを選ぶべきか、ということよりも、七回のペナルティロールに耐えられるかどうか、ということについて、思いを巡らせていた。

 最終的に、競一は、残り時間が二十秒を切った頃になって、ようやく、「【フォールド】」と言った。

「品辺さまの【フォールド】により、轟橋さまの勝利です。それでは、お二人とも、役を開示してください」

 競一は、マシンのカバーを取り去った。テーブルの上、敵陣に視線を遣る。

 赫雄の役は【②222】だった。

(【全ゾロ】……!)競一は、ごくり、と唾を飲み込んだ。(ショーダウンを行っていたとしても、おれの負けだった……【フォールド】して、大正解だった)思わず、ふうううう、と、長い息を吐いた。(しかし……【全ゾロ】だと? 赫雄は、このラウンドのロールタイムで、【リロール黒】を使った……ということは、最初にロールを行った時に出来た役は、【①222】【③222】【④222】【⑤222】【⑥222】の、いずれかだったはず。

 いや……単純に考えて、【①222】だった確率は低い。【③222】【④222】【⑤222】【⑥222】のいずれかだった確率が高い。

 つまり、赫雄は、黒いサイコロの出目が【①】になる可能性、すなわち、役が弱体化する可能性を承知のうえで、【リロール黒】を使い、【②】を引き当てた、ってわけか……まったく、運がいいと言うか、度胸があると言うか……)

「本ラウンドは最終ラウンドのため、チップ獲得の手順は省略いたします。最終的な所持チップ額は、品辺さまが47CP、轟橋さまが54CPです。よって、このセットは、轟橋さまの勝利です」森之谷は、そう言うと、競一に視線を向けてきた。「それでは、品辺さま。ペナルティの準備をお願いします。ペナルティロールは、七回です」

 いつの間にやら、競一の背後には、贔島と礎山が立っていた。ペナルティを受けるプレイヤーが、嫌がり、暴れ出したとしても、容易に拘束できるように、ということだろう。

「わかったよ……」

 競一は、そう言って、椅子から腰を上げた。思わず、敬語が外れた。

 赫雄が、「なあ、森之谷」と、彼に話しかけた。「もう、このセットは終わったことだし、トイレに行ってもいいか?」

「そうですね、かまいませんよ。場所はわかりますか?」

「ああ。ガキじゃあるまいし、一人で行けるよ」

 そう言うと、赫雄は、椅子から立ち上がって、ホールの出入り口に向かって、すたすた、と歩いていった。

「ご主人さま……」

 そんな朋華の声が聞こえたので、そちらに視線を遣った。彼女は、椅子から腰を上げていた。顔には、心配や不安、懸念、恐怖といった感情が、ありありと浮かんでいた。

 競一は森之谷のほうを見た。「ちょっと、時間をくれませんか? なにしろ、これが、おれの人生、最期かもしれませんので」

 森之谷は、にっこり笑った。「そうですね。承知しました。ただし、五分でお願いします。それと、贔島と礎山は、お供させます」

「ありがとうございます」

 競一は、朋華に近づいた。彼女は、「ご主人さま、降参しましょう」と言った。「品辺家の資産なんかより、ご主人さまの命を優先すべきです」

「残念だが、それはできないな。……いや、させてもらえない、と言うべきか」

 朋華は、わずかに目を瞠った。「どういうことですか?」

「森之谷さんが、ギャンブルを始める前に、言っていただろう。『立会人による、プレイヤーがギャンブルを続行できるかどうか、の判断以外に、プレイヤーの勝敗が確定することはありません』って。つまり、おれが、自分の敗北を、意図的に確定させることもできない、ということだ」

 朋華は、競一の背後に視線を向けた。森之谷の様子を確認したのだろう。彼は、いつもどおり、にこにことしているに違いない。

「まあ……よく考えてみれば、そうだよな。もし、プレイヤーによる降参が認められるなら、あるセットにおいて敗北したプレイヤーは、ペナルティロールの回数が、とても多い場合、ペナルティを受ける前に、降参するだろう。豹泉さんによれば、このギャンブルは、観客を招いて、見世物にする予定だそうじゃないか。降参されては、プレイヤーがペナルティロールを受け、ぼろぼろになる様を、観客に提供できなくなってしまう」

 朋華は、黙り込むと、視線をやや下に向けた。現状を打開する策について、考えを巡らせているに違いなかった。

「だから、おれは、ペナルティロールを受けるしかない、ってわけだ。……まあ、そんなに心配するな」競一は、右手を、ぽん、と彼女の頭に置くと、左右に動かして、軽く撫でた。「七回だけなんだ。たぶん、死なずに済むさ」

 それから十数秒後、背後に立つ礎山が、「品辺さま」と言った。「そろそろ、ペナルティの準備をお願いします」

「ああ……」競一は、右手を、朋華の頭から離した。「わかりまし……あ、ちょっと待って。リストバンドとか、ポケットに入れている物とか、いろいろ、出させてください」

 そう言って、彼は、左手首に嵌めていたリストバンドと、ズボンのポケットに入れていた三個の蓬莱玉を、朋華に渡した。その後、くるり、と体を半回転させると、贔島と礎山のほうを向いた。

「OKです」

「では、ご同行、願います」

 贔島は、そう言うと、くるり、と踵を返して、舞台に向かって歩きだした。競一も、その後に続いた。背後には、礎山がいた。彼が逃げ出さないよう、見張っているに違いなかった。

 やがて、三人は、舞台の端に設けられているステップを上がった。中央に置かれているビッグロールマシンへと、向かう。

 到着すると、競一は、両手を腰の後ろに回され、手錠を掛けられた。それから、ケースの中に入らされ、床に寝させられた後、両足にも、手錠を掛けられた。十数秒後、扉が、ばたん、と閉められる音と、がちゃり、と施錠される音が聞こえた。

「それでは、ペナルティを開始します」礎山のアナウンスが聞こえてきた。

 競一は、舌を噛んでしまわないよう、丸めた。床が、ずずず、と沈み込み始めた。

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