第12/23話 全額提出

「それでは、ラウンド6のロールタイムを開始します」

(さてさて、最終ラウンドだ)競一は、ごくり、と唾を飲み込んだ。(今のところ、所持チップ額では、おれが勝っているが……まったく油断できない。なにせ、今回のアンティは、6CP……つまり、アンティのみでショーダウンを行っても、おれが負けた場合、お互いの所持チップ額は、おれが47CP、轟橋が54CPとなる。ひいては、このセット1においても、おれが負けてしまう)

 そんな考えを巡らせている間に、ぱちん、という、トリガーを弾く音と、ごろんごろん、という、サイコロが転がり回る音が、衝立の向こうから聞こえてきた。赫雄がロールを行ったに違いなかった。

(おれも、役を作るか……と、その前に、《運動予測》を行使して、出目を予測しないと)

 その後、競一は、考えたとおりに行動した。結果、【深】は【③456】、【中】は【①144】、【浅】は【②255】となった。

(選ぶべきは、【半ゾロ】である【中】か【浅】だな。で、【中】なら、もし、予測と同じ役が出来た場合、目の合計値は10となる。

 この場合、普通なら、【リロール黒】が手に入るんだが……今は、最終ラウンド。リロールカードは、次のセットには持ち越せない、というルールだ。【リロール黒】は、貰えないだろう。

 なら……ここは、目の合計値は無視して、役が強いほうの【浅】を選ぶべきだな)

 そう結論を出すと、競一は、ロールマシンのトリガーを、【浅】で、ぱちん、と弾いた。ケースの中を、ごろんごろん、という音を立てながら、サイコロが転がり回り始めた。

(これを含めれば、今までに、このマシンを用いてのロールを、七度、行ったことになる……だが、まだ、《運動予測》の精度は、高いとは言えない。

 最初は、ただ、サイコロの出目を予測すればいいんだから、すぐに精度は高くなるだろう、と考えていたが……思ったより、運動の内容が、複雑なんだよな。それに、力加減とかタイミングとかいった要素が、少し変わっただけでも、結果は、大きく変わってしまう。

《運動予測》で得た予測の出目を、それこそ、ほぼ百パーセント、結果の出目と合致させるほどに、精度を高めるとしたら、少なくとも、三、四十回のロールが必要だろう……そうなる前に、決着がつく可能性が高いな)

 やがて、転がり回っていたサイコロのうち、三個が止まった。それらの出目は【⑥66】だった。

(おっ……もう、【準ゾロ】が、確定したか……!)競一は、にやり、という笑みを浮かべた。(最後のサイコロの出目が、【6】なら、【全ゾロ】……しかも、相手の役が何であったとしても、絶対に負けない、最強の役だ。

【1】から【5】までの間なら、役は【準ゾロ】だが……それでも、ゾロ目値は【6】で、かなり強い)

 そこまで考えたところで、最後のサイコロが止まった。

 出目は【5】だった。役は【⑥665】だ。

(【準ゾロ】だが、ゾロ目値は【6】で、非ゾロ目値は【5】……かなり、強いぞ……!)競一は、ぐっ、とガッツポーズをした。(これなら、ショーダウンを行っても、十中八九、勝てるだろう……赫雄の【レイズ】にも、付き合うことができる……!

 それにしても、最終ラウンドで、こんな役が出来るとは……)ふ、と小さく笑った。(おれって、実は、勝負強いのかもしれないな)

 そんなことを考えてから、しばらくした後、競一は、ロールマシンにカバーを被せた。しかし、ロールタイムは終わらなかった。代わりに、衝立の向こう側から、ぱちん、ごろんごろん、という音が聞こえてきた。

(赫雄が【リロール黒】を使ったのか……まあ、それもそうか。リロールカードは、次のセットには持ち越せないんだ……今は、ラウンド6。とうぜん、黒いサイコロの出目が悪ければ、大して迷うこともなく、【リロール黒】を用いるだろう。

 そして、やつが【リロール黒】を使った、という事実から、いろいろ、推理できることがある。

 第一に、赫雄が最初にロールを行った時に出来た役は、【全ゾロ】ではなかった、ということだ。もし、【全ゾロ】だったなら、【リロール黒】を使う意味がない。つまり、やつは、役が【準ゾロ】以下である状態から、【リロール黒】を用いたんだ。

 第二に、【リロール黒】を使ったことで、赫雄の役が【全ゾロ】に昇格した可能性は低い、ということだ。そうなるには、最初にロールを行った時、白いサイコロがすべてゾロ目である必要がある……【111】【222】みたいにな。その時点で、すでに、確率が低い。

 そこから、黒いサイコロをリロールして、【全ゾロ】に昇格する確率は、六分の一……さらに低い。そもそも、もし、最初の黒いサイコロの出目が、【⑤】【⑥】みたいに高いなら、【リロール黒】自体、使わないだろう。仮に、リロールを行ったとして、出目が【①】【②】みたいに低くなってしまったら、最悪だ。すなわち、やつの役は、【準ゾロ】以下である可能性が非常に高い)

 森之谷が「それでは、ベットタイムを開始します」と言った。贔島が、テーブルから、衝立を取り外した。

(そして、これが肝心なんだが……おれの役は【⑥665】。【準ゾロ】で、ゾロ目値は【6】、非ゾロ目値は【5】だ。赫雄の役が【準ゾロ】以下であれば、負けることはない。悪くとも、引き分けで済む。

 つまり、仮にショーダウンを行ったとしても、勝つ確率が、とても高い……!)

「お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは6CPです」

 そう森之谷が言ったので、競一は、所持チップの山から六枚を取った。左掌に載せると、それを、テーブルの中央、自陣にあるサークルに向かって、伸ばす。赫雄も、同じように、左手をサークルめがけて伸ばしていた。

 ところが、競一が左手を伸ばしている途中、チップが一枚、手から滑り落ちた。チップは、こと、という音を立てて、縦向きに、テーブルに着地すると、そのまま、それの右端に向かって、ころころ、と転がっていき始めた。

 彼は、即座に、チップに対して、《運動予測》を行使した。結果、それは、テーブルの端の二センチほど手前で横転・停止する、とわかった。

(ったく……)

 そう心の中で呟くと、競一は、左手を、チップに向かって、ゆっくりと動かし始めた。

 直後、ががががが、という轟音が、天井から鳴り響いてきた。思わず、びくっ、と肩を震わせる。

(びっくりした……工事の音か……)

 工事による副産物は、音だけではなかった。テーブルが、わずかに振動した。

 その振動は、よく目を凝らして観察しなければ気づけないほど、微小だった。しかし、《運動予測》を行使した時点では、このような事象、想定していなかった。結果、転がっている最中であるチップは、そのまま、テーブルの端を越えてしまった。

「あ……」

 思わず、そんな声を上げた。左手の動きを速め、急いでチップの後を追ったが、当然ながら、間に合わなかった。チップは、床に落ちると、からんからん、という音を立てた。

(面倒だな、もう……)

 競一は、顔を顰めると、チップを取るため、腰を上げようとした。しかし、それよりも先に、礎山が来て、それを拾うと、テーブルの上、彼の陣地に置いてくれた。

「ありがとうございます」

 競一は、そう礼を言うと、チップを右手で取り、左手に追加した。その後、合計六枚のチップを、自陣のサークルに置いた。赫雄は、すでに、アンティのベットを終えていた。

「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」

 そう森之谷が言った直後、赫雄は、所持チップの山に両手を伸ばした。

(【レイズ】する気か……? いくらに増やす気だ? 8CP? 10CP?)

 赫雄は、両手で、所持チップの山を、左右から挟むようにして、掴んだ。そして、それらを、ずずーっ、と、自陣のサークルに向かって、動かしていった。

 彼は、数秒と経たないうちに、所持チップの山を、すでにベットされている六枚に、追加した。いや。すでにベットされていた六枚のほうが、後からベットされたチップの山に追加された、と表現したほうが、正しいだろうか。

「【レイズ】、48CP」

(お……オールイン、だと……?!)競一は、口を半開き、目を全開きにした。(こいつ、正気かよ……?!)

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