第11/23話 再度挑戦

「それでは、ラウンド4のロールタイムを開始します」

(クソ……落ち着け、冷静になれ、感情を鎮めろ……!)

 競一は、呼吸を、意識的に深くして、五回、行った。赫雄に、すううう、はあああ、という音を聞かれること、ひいては、動揺を悟られることを承知したうえで、だ。

 その後、競一は、衝立の表面、彼の目から見て赫雄の顔が位置しているあたりを、ぎろり、と睨みつけた。

(もう、役の強さで勝っていながら、【フォールド】したせいで負ける、なんて経験は、御免だ……このラウンドからは、出来た役が強ければ、積極的に【レイズ】してやる……!)

 そう決意した後、競一は《運動予測》を行使し、トリガーを弾く深さに対応する、サイコロの出目を予測した。結果、【深】は【⑥513】、【中】は【②354】、【浅】は【③153】となった。

(よし……それじゃ、今回は、唯一の【半ゾロ】である、【浅】を選ぼうか)

 そして、競一は、出した結論のとおりに、トリガーを、ぱちん、と弾いた。サイコロが、ごろんごろん、という音を立てながら、ケースの内部を転げ回り始めた。

 やがて、それらのうち、三個が止まった。出目は【④56】だった。

(【④56】……これじゃ、【全ゾロ】【準ゾロ】はありえない。よくて【半ゾロ】だな。最後のサイコロの出目が、もし、【4】【5】【6】のいずれかなら、【半ゾロ】になる。それも、【半ゾロ】の中でも、強いほうの役。

 だが……もし、【1】【2】【3】のいずれかなら、【無ゾロ】になってしまう。唯一の救いは、どれが出たとしても、非ゾロ目値は、大きい順に【6】【5】【4】で、仮に、赫雄の役も【無ゾロ】なら、勝てる可能性が高い、ということかな)

 そこまで考えたところで、最後のサイコロが止まった。

 出目は【5】だった。役は【④556】だ。

(やった……!)競一は小さくガッツポーズをした。(【半ゾロ】だ。しかも、ゾロ目最大値は【5】、非ゾロ目値は【6】と【④】……【半ゾロ】の中でも、けっこう強い役だ。

 さらに、もう一つ、嬉しいことがある……出目の合計値が、20であることだ。つまり、【リロール白】が手に入る)

 その後、しばらくして、ロールタイムが終わった。贔島が、テーブルから、衝立を取り外した。

「それでは、ベットタイムを開始します。お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは4CPです」

 そう森之谷が言ったので、競一と赫雄は、それぞれ、所持チップの山から、四枚、手に取ると、自陣のサークルに置いた。

「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」

 そう森之谷が言った後、競一は、腕を組んだ。考えを巡らせ始める。

(さて……【コール】と【レイズ】の、どちらを選ぶべきか?

 おれの役の強さは、中くらいだ……強いわけじゃない。ここは、負けた場合のことを考えて、賭けるチップの額は4CPのまま、【コール】するべきか?

 だが、言い換えれば、おれの役は、弱くはない。なら、【レイズ】するべきか? もしかしたら、赫雄が、【フォールド】を選ぶかもしれないし、【コール】を選ばれても、ショーダウンに勝てるかもしれない。だが、仮に、【レイズ】を選ばれたらなあ……)

 その後も、競一は、腕を組んだまま、脳味噌をフル回転させ続けた。その間にも、残り時間は、どんどん減っていった。

 それが七分を切った頃になって、ようやく、彼は「【レイズ】、5CP」と言った。所持チップの山から、一枚、取ると、自陣のサークルに追加する。

(5CPが、おれが【レイズ】で増やす額として、適している。

 もし、5CPの状態で、おれが負けた場合、お互いの所持チップ額は、おれが38CP、赫雄が63CPとなる。今はラウンド4で、ラウンド5・6でのアンティは6CP。仮に、おれが、ラウンド5・6の両方において、【レイズ】をしたとする。その場合、やつが、両方において、【フォールド】を選んだとしても、最終的な所持チップ額は、おれが50CP、赫雄が51CP……僅差で、やつが勝つ。

 おれは、このセット1で、負けることになるが……ペナルティロールは、一度で済む。何度も食らうならともかく、一度だけなら、受けた後でも、ギャンブルを続行できる確率は高い、と考えていいだろう)

 森之谷が、「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」と言った。赫雄は、じっ、と、チップサークルを見つめ続けていた。

(ただ、もし、赫雄が、ラウンド5・6において、おれの【レイズ】に対し、【コール】を選んだなら、おれが、アンティよりも多い額のチップを失う可能性、ひいては、おれの受けるペナルティロールの回数が増える可能性がある。だが……たぶん、やつは、【コール】を選ばない。十中八九、【フォールド】を選ぶだろう。

 赫雄は、ラウンド5・6において、賭けるチップの額が、アンティ分だけなら、両方のラウンドで負けたとしても、このセット1自体においては、1CP差で、ぎりぎり勝てるんだ。おれの【レイズ】に対して、【コール】をする、ということは、ショーダウンで負けるかもしれない、ということ……すなわち、アンティよりも多い額のチップを取られるかもしれない、ということだ。そうなったら、最終的に、このセット1で、負けてしまう可能性がある。

 なら、ラウンド5・6における、おれの【レイズ】に対して、【コール】は選ばないだろう。【フォールド】を選ぶはずだ……どちらのラウンドでも、【フォールド】を選べば、このセット1において、確実に勝てるのだから)

 そこまで考えた時、赫雄は、「【フォールド】」と言った。競一は、思わず、ふうう、という息を吐いた。

「轟橋さまの【フォールド】により、品辺さまの勝利です。それでは、お二人とも、役を開示してください」

 そう森之谷が言ったので、競一は、マシンのカバーを取り去った。テーブルの上、敵陣に視線を遣る。

 赫雄の役は、【④412】だった。

(【半ゾロ】で、ゾロ目最大値は【4】……ということは、仮に、ショーダウンが行われていたとしても、おれの勝ちだったな。つまり、赫雄にとって、【フォールド】こそが最善手だった、というわけだ……)競一は、わずかに顔を顰めた。(クソ、どうせ、おれの役のほうが強いなら、【コール】してくれれば、よかったのに……まあ、結果論だが)

 その後、彼は、森之谷の言うとおりに、ベットされているチップ、九枚を獲得した。

「現在の所持チップ額は、品辺さまが47CP、轟橋さまが54CPです。なお、さきほどのラウンドにおける、品辺さまの役について、出目の合計値が20だったため、品辺さまには【リロール白】を贈呈します」

 そう森之谷が言った後、礎山が、競一の所に近づいてきた。右手に持ったカードを、差し出してくる。それは、トランプくらいの大きさで、表面に「REROLL WHITE」と書かれていた。

 彼は、カードを受け取った。それの裏面には、森之谷たちが勤めているカジノ、昌盛のロゴが描かれていた。

 競一は、テーブルの上、自陣の左上隅あたりに視線を遣った。そこには、何かしらの投票箱のような見た目をした、カードボックスが置かれていた。ロールタイムにおいて、役を作った後、リロールアイテムを使用する時は、その前に、この箱にカードを投入する、というルールだった。

 その後、贔島が、テーブルに衝立を設置した。森之谷が、「それでは、ラウンド5のロールタイムを開始します」と言った。

(よし……それじゃあ、《運動予測》を行使して、出目を予測するか)

 競一は、さっそく、考えたとおりに行動した。結果、【深】は【②222】、【中】は【①246】、【浅】は【①156】だった。

(最も強い役は、【深】の【②222】だな……それなら、【深】でロールを行おう)

 そして、競一は、出した結論のとおりに、ロールマシンのトリガーを、ぱちん、と弾いた。ごろんごろん、という音を立てながら、ケースの中を、サイコロが四個、転がり回り始めた。

 しばらくして、それらのうち三個が、止まった。出目は【123】だった。

(【123】かよ……)競一は顔を顰めた。(これじゃあ、【全ゾロ】【準ゾロ】はありえない……よくて【半ゾロ】だ。しかも、最良の場合でも、役は【③123】……けっこう、弱い。せっかく、予測した役は、【全ゾロ】だったのにな……)

 そこまで考えたところで、最後のサイコロも、止まった。

 出目は【⑥】だった。役は【⑥123】だ。

(けっきょく、【無ゾロ】かよ……非ゾロ目最大値は【六】とはいえ、弱いことに変わりはない)

 競一は、がっくり、と肩を落とした。首を左右に傾け、ぽき、ぽき、という音を立てた。

(まあ、いっそのこと、これくらい悪い出目のほうが、【リロール白】を使おう、という気になれるな。リロールカードは、次のセットには持ち越せない、というルールだ……つまり、どうせ、このラウンド5と、次のラウンド6しか、用いる機会がない)

 そう考えると、競一は、カードを、ボックスに投じた。これで、【リロール白】を使うことができる。大して慎重に入れたわけでもなかったが、特に、音は立たなかった。内部の底に、衝撃を吸収するような物でも敷いてあるのかもしれない。

 競一は、まず、マシンの台座に付いているツマミの位置を、「BOTH」から「WHITE」に変えた。次に、《運動予測》を行使して、白いサイコロ三個の出目を予測した。結果、【深】は【113】、【中】は【125】、【浅】は【345】だった。

(すでに、黒いサイコロ一個の出目、【六】は確定している。ここから、確実に、役を強化するには、白いサイコロ三個について、できるだけ多く、【6】を出せばいい。

 そして、予測した目の真反対に位置する目は、まず、出ない、と考えられる……つまり、【深】だと、【6】は最多でも一個、【中】だと、【6】は最多でも二個しか出ない。いっぽう、【浅】なら、【6】は最多で三個も出る可能性がある。

 うん……ここは、【浅】でトリガーを弾こう)

 競一は、出した結論のとおりに、トリガーを、ぱちん、と弾いた。白いサイコロ三個が、ケースの内部を、ごろんごろん、と転がり回り始めた。

 しばらくして、それらのうち、二個が止まった。出目は【12】だった。

(今のところ、役は【⑥12】か……)競一は眉間の皺を深くした。(最後のサイコロの出目が、問題だな。【1】【2】【6】のいずれかだと、役は【半ゾロ】になるが、【3】【4】【5】のいずれかだと、【無ゾロ】になってしまう……)

 そこまで考えたところで、最後のサイコロが止まった。

 出目は【2】だった。役は【⑥122】だ。

(なんとか、【半ゾロ】になったな……)競一は、ふ、と、赫雄に聞こえない程度に、安堵の息を吐いた。(でも、ゾロ目値は【2】か……大して強くないな。まあ、最初に出来た、【無ゾロ】の役よりはマシだが)マシンの台座に付いているツマミの位置を、「WHITE」から「BOTH」に変えた。

 それから、しばらくして、ロールタイムが終わり、贔島が衝立を取り外した。森之谷が、「それでは、お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは6CPです」と言った。

 その後、競一と赫雄は、所持チップの山から、六枚を取ると、それぞれの陣地にあるサークルの中に、置いた。

「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」

 そう森之谷が告げてから、十数秒後、赫雄は「【コール】」と言った。

「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」

 贔島が、競一の陣地にあるBTタイマーをスタートさせた。しかし、彼は、アクションの選択について、大して迷いを抱いていなかった。

(こんな弱い役じゃ、【レイズ】なんて、とても、できやしない。赫雄が【コール】した、ということは、やつも、自分の役の強さに自信がない、とも考えられる……だが、それは、おれから【レイズ】を引き出すための、演技かもしれない。【レイズ】を選ぶのは、危険だ)

 そう結論を出すと、競一は「【コール】」と言った。

「それでは、ショーダウンを行います。お二人とも、役を開示してください」

 そう森之谷が言ったので、競一は、ロールマシンのカバーを取り去った。テーブルの上、敵陣に視線を遣る。

 赫雄の役は、【①225】だった。

(おれと同じく、ゾロ目値が【2】の【半ゾロ】だが、非ゾロ目最大値は【5】! おれの役の非ゾロ目最大値は【⑥】だから、おれの勝ちだ……!)競一は、にやり、という笑みを浮かべた。(【リロール白】を使って、正解だった……)

 その後、彼は、森之谷の言うとおりに、ベットされているチップ、十二枚を獲得した。

「現在の所持チップ額は、品辺さまが53CP、轟橋さまが48CPです。なお、さきほどのラウンドにおける、轟橋さまの役について、出目の合計値が10だったため、轟橋さまには、【リロール黒】を贈呈します」

 そう森之谷が言った後、礎山が、赫雄に近づいて、リロールカードを渡した。その間に、贔島が、テーブルに衝立を設置した。

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