第10/23話 心的外傷
「それでは、ラウンド3のロールタイムを開始します」
(落ち着け……落ち着くんだ……)
競一は、リストバンドから、ラムネを、いくつか出すと、口に放り込んだ。ぽり、ぽり、と噛み砕く。この音は、とうぜん、赫雄にも聞かれるわけだが、ギャンブルには影響しないだろう。何の手がかりにもならない。
(……うん。落ち着いた……)競一は、リストバンドに付いているケースの蓋を、ぱちり、と閉めた。(過ぎた事を悔やんでも、仕方がない。それよりも、重要なのは、まだ過ぎていない事だ……さっそく、《運動予測》を行使して、トリガーの深さに対応する、サイコロの出目を予測しよう)
その後、競一は、考えたとおりに行動した。結果、【深】は【①561】、【中】は【③114】、【浅】は【④252】だった。
(どの役も、【半ゾロ】だが……最も強いのは、【浅】だ。ここは、【浅】を選ぼう)
競一は、その結論どおりに、ロールマシンのトリガーを、ぱちん、と弾いた。サイコロが、ケースの中を転げ回り、ごろんごろん、という音を立て始めた。
やがて、それらのうち、二個が止まった。出目は【①1】だった。
(うーん……少なくとも、【1】の【半ゾロ】は確定したか。あまり、強くないな……。……いや)競一は、小さく首を横に振った。(贅沢を言うな。【無ゾロ】を免れただけ、マシじゃないか……)
その後、残り二個のサイコロのうち、片方が止まった。出目は【1】だった。
(お……【準ゾロ】か!)競一の顔が輝いた。(こりゃ、それなりに、強い役だぞ……あと、最後の出目も【1】なら、【全ゾロ】だが……さすがに、そう上手くは行かないか?)
そこまで考えた直後、最後のサイコロが止まった。
出目は【1】だった。役は【①111】だ。
(やった!)競一は、赫雄に悟られない程度に歓喜した。(【全ゾロ】だ。ゾロ目最大値は【1】で、【全ゾロ】の中でも、最弱だが……関係ない。すべての役の中で、六番目に強いんだからな……)
それからしばらくして、ロールタイムが終わった。贔島が、テーブルから衝立を取り払った。
「それでは、ベットタイムを開始します。お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは4CPです」
そう森之谷が言ったので、競一と赫雄は、チップを四枚、それぞれの陣地にあるサークルに置いた。
「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」
(さて……どうしようか?)競一は、ベットされているチップ、合計八枚に視線を遣った。(やっぱり、ここは、【レイズ】か? なにせ、こっちは【全ゾロ】なんだ……ショーダウンを行ったとしても、十中八九、勝てる。
……別に、そう深く悩むようなことでもないか……よし、【レイズ】しよう。2CPを追加して、6CPにするんだ。それくらいの額のほうが、赫雄も、【コール】しやすいはずだ)
競一は、そう結論を出した。所持チップの山から、二枚、取ろうとする。
しかし、右手は動かなかった。
物理的に拘束されている、というわけではない。意思に反して、なんとなく、動かす気になれないのだ。
(ぐ……さっきのラウンドで、負けたせいか?)競一は眉間に皺を寄せた。(前回、おれの役は強かった……にもかかわらず、負けた。しかも、赫雄の【コール】に対して【レイズ】したうえで、だ。素直に、おれも【コール】しておけば、最小限の痛手で済んだのに。
そのことが、自分でも気づかないうちに、トラウマの類いにでも、なっていやがるのか? それで、いわゆる深層心理か何かで、【レイズ】を拒んでいるのか?)
競一は、その後も、所持チップの山に、右手を伸ばそうとした。しかし、やはり、右手を動かす気には、どうにも、なれなかった。
そうこうしているうちに、残り時間が、七分を切った。
(駄目だ……どうしても、【レイズ】ができない)競一は、右手を動かすと、右側頭部を、ぽりぽり、と掻いた。こういう場合は、普通に動くのだが。(せっかくの強い役だが……【コール】するしかないか)
そう結論を出すと、彼は、「【コール】」と言った。
(まあ、前向きに考えよう。たしかに、おれの役は強いが、最強というわけじゃない……負ける可能性がある以上、【レイズ】はできない、と考えよう)
「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」
そう森之谷が言ってから、わずか数秒後、赫雄は、両手を軽やかに動かすと、所持チップの山から、一枚、右手で摘まんで、左掌に載せた。
(【レイズ】か……)競一は、気づかれない程度に顔を顰めた。(いくらに引き上げるつもりだ? 今は、4CPだが……5CPか、6CPか?)
しかし、赫雄は、チップを二枚、左掌に載せた後も、その作業を続けた。終わったのは、さらに、四枚、取得してからだった。
「【レイズ】、10CP」
赫雄は、そう言いながら、右手に移したチップ六枚を、サークルに置いた。じゃらり、という小銭のような音が鳴った。
「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」
(う……10CP、だと……?)競一は軽く歯を食い縛った。(赫雄は、役の強さに、自信を持っているのか? おれの役よりも強い、という自信を……。
あるいは、ハッタリか? 役は弱いが、おれを【フォールド】させるため、このラウンドで勝つために、あえて、10CPもの【レイズ】を行ったのか……?)
競一は、視線を、チップサークルから、赫雄の顔に移した。しかし、彼は無表情、まさしくポーカーフェイスだった。
(どうする……? おれの役は、【全ゾロ】で、かなり強い。【コール】して、ショーダウンを行うか?
しかし……)唾を飲み込んだ。ごくり、という音と振動を感じた。(おれの役は、最強、っていうわけじゃない。赫雄の役が、【全ゾロ】で、ゾロ目値が【2】以上なら、負けてしまう……なら、【フォールド】して、チップの損失を、赫雄が【レイズ】した分の10CPでなく、アンティ分の4CPに抑えるか?)
競一は、その後も、【コール】すべきか【フォールド】すべきか、考えを巡らせ続けた。その間も、BTタイマーの表示している値は、開栓された風呂水のように、どんどん減っていった。やがて、残り時間は、一分を切った。
(駄目だ……とても、【コール】する気になれない)彼は、ふ、と短く溜め息を吐いた。自嘲的な笑みが、小さく浮かんできた。(どうやら、ラウンド2での負けは、おれの心に、深い傷を負わせたみたいだ……)
「【フォールド】」
森之谷が、「品辺さまの【フォールド】により、轟橋さまの勝利です」と言った。「それでは、お二人とも、役を開示してください」
競一は、ロールマシンのカバーを取り去った。それから、テーブルの上、敵陣に視線を遣った。
赫雄の役は【①235】だった。
「な……!」
競一は、思わず、そんな声を上げた。赫雄が、にたにた、という擬態語かぴったり当てはまるような顔をして、視線を向けてきていた。
(【①235】だと……?! 【無ゾロ】……その中でも、かなり弱い役じゃないか……!)競一は、思わず、歯を強く噛んだ。ぎぎぎ、という音が聞こえたような気がした。(つまり、見抜かれていた、ってわけか……おれは、ラウンド2での負けが、心の傷となっているせいで、赫雄の【レイズ】に対して【コール】できない、ということを……!
ちくしょう……トラウマに抗って、【コール】さえしていれば、おれの勝ちだったってのに……!)
競一の脳内を、後悔、動揺、憤怒、その他、形容しがたいネガティブな感情が、激しく駆け巡っていた。その間に、赫雄は、サークルに置かれているチップを、引き摺るようにして動かし、所持チップの山に加えていた。
贔島が、テーブルに衝立をセットした。その後、森之谷が言った。「現在の所持チップ額は、品辺さまが43CP、轟橋さまが58CPです」
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