第08/23話 端緒上々

 出目は、【6】だった。役は、【⑥666】だ。

「……!」

 思わず、歓声を上げそうになった。慌てて、喉に渾身の力を込め、ぐっ、と堪える。

(危ない、危ない……このギャンブルでは、ロールタイムで作った役を、その後にあるベットタイムにおいて、ポーカーみたいに戦わせるんだ。【コール】だの、【レイズ】だの、【フォールド】だの……。

 ここで、おれが歓声を上げたら、おれの役が強い、ということが、赫雄にばれてしまう……ひいては、せっかく、おれが【レイズ】して、チップの額を釣り上げようとしても、すぐさま、やつに【フォールド】されて、逃げられてしまう)

 競一は、その後、マシンを持ち上げた。森之谷からは、ロールが済んだら、マシンは、テーブルの上、プレイヤーの右斜め前あたりに位置している、マシンサークルの上に置くように、と言われていた。

 彼は、マシンを、ひっくり返したり落としたりしないよう、じゅうぶん注意しながら、サークルに向かって移動させていった。もし、役を作った後、サイコロの出目が変わるような事態があれば、理由にかかわらず、反則として扱われ、そのラウンドでの負けが確定する、というルールだった。

 数秒後、競一は、マシンを、サークル内に置いた。(よし……それじゃあ、マシンに、カバーを被せないとな)と、心の中で呟く。

 彼は、テーブルの上、自陣の左下隅に視線を遣った。そこには、「カバー」と呼ばれる布が置いてあった。ロールタイムが終わったら、衝立が取り払われる。その時、ケース内にあるサイコロの出目が、相手プレイヤーから見えないようにするための物だ。

 プレイヤーは、役を作った後、マシンをサークルに置いて、カバーを被せる。その手順を行うことにより、森之谷たちは、「プレイヤーが自分のロールタイムを終えた」と見なすのだ。言い換えれば、ロールタイムにおいて、役を作ったとしても、もし、マシンをサークルに置かないまま、あるいは、マシンにカバーを被せないまま、制限時間が尽きてしまうと、「プレイヤーが自分のロールタイムを終えた」とは見なされず、タイムオーバーとして扱われてしまう。

 競一は、カバーを取ると、マシンに被せた。しかし、森之谷は、ロールタイムの終了を宣言しなかった。

(赫雄が、まだ、サイコロを振っていないんだろうな……両プレイヤーが役を作らないと、ロールタイムは終わらないから)

 数秒後、ぱちん、という、トリガーを弾く音と、ごろんごろん、という、サイコロが転がり回る音が、衝立の向こう側から聞こえてきた。赫雄が、ロールを行ったに違いなかった。

 数十秒後、贔島が来て、衝立を取り外した。赫雄の姿と陣地が、視野に入る。彼の陣地にあるマシンサークルは、競一の陣地にあるマシンサークルの、中央線を挟んですぐ隣に位置していた。

「それでは、ベットタイムを開始します。お二人とも、アンティをベットしてください。アンティは2CPです」

 アンティとは、最初にベットするチップのことだ。額は、ラウンド1・2では2CP、ラウンド3・4では4CP、ラウンド5・6では6CPと設定されていた。

 競一は、所持チップの山から、二枚を取ると、それを、テーブルの上、自陣に記されているチップサークルの中に置いた。サークルは、中央線の手前、真ん中あたりに位置していた。

 競一の陣地にあるチップサークルの、中央線を挟んだ向かい、相手の陣地にも、チップサークルが記されていた。赫雄も、そこに、チップを二枚、置いた。

「それでは、品辺さま。アクションを決定してください」

 アクションとは、ポーカーにおける【コール】【レイズ】【フォールド】のことだ。

(森之谷の説明したとおりだな……ボーナスゲームでは、負けてしまったが、その代わり、ベットタイムにおいて、アクションを先に決定する権利を得られた)

 ラウンド1では、所持しているチップの少ないプレイヤーが、ラウンド2以降では、前ラウンドで負けたプレイヤーが、アクションを先に決定する権利を得る。そういう話だった。

 森之谷の台詞が終わった後、贔島が、競一の陣地に置かれているBTタイマーのスタートボタンを、かちり、と押した。それのディスプレイには、最初、「10:00」と表示されていたが、一秒ごとに、「09:59」「09:58」と、減っていった。

 ベットタイムにおいて、プレイヤーがアクションの選択を考えるのに費やせる時間は、合計で十分、と定められていた。タイムオーバーの場合は、即座に、そのラウンドにおける負けが確定する、というルールだった。

(さて……はたして、【コール】【レイズ】の、どちらを選ぶべきか?

【コール】なら、現在、サークルに置いている額のチップで、ショーダウンを行うことになる……)

 ショーダウンとは、プレイヤーたちが、おのおのの作った役を戦わせる手順のことだ。その場合、役の強さにより、勝敗が決定する。

(【レイズ】なら、チップの額を増やすことを、赫雄に提案することができる。例えば、今は、アンティのみ──2CPだが、これを、10CPに引き上げたい、といったように。

 問題は……赫雄が、その提案を受け入れるかどうか、だな。やつのアクションが【コール】なら、受け入れられ、チップの額が10CPに増えた状態で、ショーダウンが行われる。あるいは、【レイズ】なら、チップのさらなる増額を、おれに対して提案してくる。

 だが……厄介なのは、【フォールド】の場合だ。赫雄が、そのアクションを選んだら、やつは、その時点で、ショーダウンを経ることなく、負ける。しかし、代わりに、おれの提案したチップの増額を、拒否することができる。やつは、最初にベットされた、アンティ分のチップ、2CPを失うわけだが……どうせ、ショーダウンを行っていたとしても、負けていたんだ。おれの【レイズ】を受け入れたうえで負け、10CPを失うよりも、はるかにマシ、というわけだ)

 競一は、腕を組み、眉間に皺を寄せて、考え込み始めた。ちらり、と、二つのサークルに置かれている、四枚のチップに、視線を遣る。

(おれの役は、最強だ……できる限り、【レイズ】で、チップを増額させたい。なにしろ、赫雄の役が何であれ、絶対に負けないんだからな。たとえ、オールインを行うことになっても、まったく問題ない)

 オールインとは、所持しているチップすべてを、ベットすることだ。【レイズ】により増やせるチップの額は、決められていない。極端な話、2CPから、いきなり50CPに引き上げることも、可能だ。

(だが……いくら、おれは負けない、とはいえ、それは悪手だな。そんなことをしたら、赫雄は、「品辺は、自分の役の強さに、かなりの自信を持っている」「品辺の役は、かなり強い」と判断して、【フォールド】するだろう……せっかく、最強の役を作ったというのに、2CPしか得られない。

 なら……あえて、【コール】するか? 赫雄に、「【コール】をしたということは、品辺は、自分の役の強さに、あまり自信を持っていない」と思わせるんだ。それで、やつのほうに、【レイズ】をさせる。

 しかし……その場合、上手い具合に、赫雄が、【レイズ】してくれればいいんだが、【コール】をされる可能性もある。そうなったら、賭けるチップの額は2CPのままで、ショーダウンが行われる……まあ、どうせ、おれの勝ちだろうが、けっきょく、2CPしか得られない)

 競一は、その後も、考え込み続けた。轟橋が、「おいおい、下手な考え休むに似たり、って知ってるか?」などと挑発してきたが、反応していられなかった。

 そして、残り時間が六分を切った頃、結論を出した。

(よし……【レイズ】しよう。

 おれは、演技の類いは、ド素人だ……しかし、【コール】する、ということは、いわば、赫雄に対して、自分の役に自信を持っていないかのような演技を披露する、ということだ。あっさり、見抜かれてしまうかもしれない。

 ならば、演技の類いをする必要のない、【レイズ】をしよう。なあに、どうせ、おれが勝つんだ。「赫雄が【コール】をしてくれたら儲けもの」「【レイズ】をしてくれたら大儲け」程度に考えておこう)

 その後、競一は「【レイズ】、4CP」と言った。所持チップの山から、二枚を取ると、すでにサークルに置かれている二枚の横あたりに、移動させる。

(一気に、チップを増額させると、赫雄は【フォールド】するだろうからな……少しずつ、引き上げていこう。最初は、とりあえず、アンティの倍、4CPだ。これくらいなら、やつが【コール】あるいは【レイズ】してくれる可能性が高い)

 しかし、低いほうの可能性が現実化した。赫雄は、森之谷が「それでは、轟橋さま。アクションを決定してください」と言ってから、十秒も経たないうちに、「【フォールド】」と言ったのだ。

(ぐ……【フォールド】か……)競一は、わずかに顔を顰めた。(まあ、いい……チップを増額させられなかったのは残念だが、勝ったことには、変わりないんだからな)

 その後、森之谷は、「轟橋さまの【フォールド】により、品辺さまの勝利です。それでは、お二人とも、役を開示してください」と言った。各ラウンドにおいて、プレイヤーの作った役は、必ず、開示される決まりとなっていた。

 競一は、自分のロールマシンからカバーをどかした後、敵陣に視線を向けた。赫雄は、すでに、カバーを取り払っていた。

 彼の役は【一345】だった。

(かなり弱いな……なるほど、これじゃあ、【コール】や【レイズ】なんて、できやしないな。

 しかし……どうせなら、強くあってほしかったな。赫雄の役を、おれの役で返り討ちにして、やつに、精神的な動揺を与えたかった。

 なんというか……せっかく、最強の役を作れたというのに、無駄遣いしてしまった気分だ。せめて、このラウンドが、セットの後半だったなら、よかったんだが……ラウンド5・6なら、アンティだけで、6CPだし)

「それでは、品辺さま。チップを獲得してください」

 そう森之谷が言ったので、競一は、サークルに置かれているチップ、合計六枚を、入手した。

 その後、贔島が、衝立をセットした。森之谷が言う。「現在の所持チップ額は、品辺さまが52CP、轟橋さまが49CPです」

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