第07/23話 勝負開始

 森之谷によるギャンブルの説明が、すべて終わった後、競一たちは、ホールの裏手にいくつかある個室のうち、一つに連れていかれた。普段、これらの部屋は、従業員の控え室や、備品の置き場として使われるらしい。今日は、ボディチェックを行う場所として、用いられた。

 競一は、事前に、持ち物のうちほとんどを、朋華に渡した。ただ、リストバンドと、蓬莱玉三個は、所持を続けた。

 これらに関して、不要に疑われることを避けるため、自ら進んで、贔島たちに見せた。リストバンドについては、ケースの中にラムネが入っており、ギャンブル中、頭の回転を早くしたい、などの理由で食べたくなるだろうから、着けておきたい、と説明した。蓬莱玉については、森之谷たちを信用していないわけではないが、どんなアクシデントが起こるかわからない、護身用に持っておきたい、と説明した。

 贔島たちは、最初、リストバンドと蓬莱玉の所持について、難色を示した。しかし、最終的には、許可してくれた。競一が、「これらの所持が認められないなら、今すぐ家に帰ってもいい」と仄めかしたこと──もちろんハッタリだが──が功を奏した。

 その後、競一は、贔島たちに、リストバンドと蓬莱玉を渡し、検査させた。彼女らは、それを、見ていて呆れそうになるくらい、丹念に調査した。最終的には、今日は、本来は休暇である、という従業員まで呼び、彼の【ハンド】を利用した。

 問題ない、と判断された頃には、ボディチェックが始まってから、小一時間が経過していた。競一は、さっそく、リストバンドを装着し、蓬莱玉を三個、ポケットに入れた。

 その後、彼らはホールに戻り、さきほどの、席が三つ置かれている所に行った。赫雄は、すでに、自分たち専用のテーブルについていた。どうやら、長い間、待っていたようで、うんざりしたような顔をしていた。

「それでは、ギャンブルを開始します。お二人とも、席についてください」

 森之谷が、そう言ったので、競一は、視線を、彼の指示したテーブルに向けた。それは、競一が最初にホールに来た時、シートで覆い隠されていた物だ。今は、シートは取り除かれており、姿を現していた。

 その後、競一は再度、視線を森之谷に移した。どっちに座ればいいんですか、と訊こうとする。

 しかし、彼が、そう言うよりも前に、がた、と腰を上げた赫雄が、向かって右に位置している椅子に、どかどか、と近づいていくと、どかっ、と座ってしまった。ズボンのポケットに手を突っ込み、脚を大袈裟に開いた。

(……)

 別に、大した不満も、どちらの席がいいという拘りもない。競一は、向かって左に位置している椅子に、すたすた、と近づくと、すとっ、と腰を下ろした。朋華と竹彦は、それぞれの席についたままだ。

 テーブルの中央には、短辺と平行に、線が引かれていた。それの上には、いくつか、突起が設けられている。森之谷によると、線より手前のエリアが、競一の陣地、奥のエリアが、赫雄の陣地、とのことだった。

 そして、競一の陣地の上、彼から見て右下隅には、たくさんのチップが置かれていた。チップは、それぞれ、五百円玉くらいの大きさをしていて、表面に「1CP」と書かれていた。

 森之谷によると、現在、チップは、競一の陣地にも赫雄の陣地にも、五十枚ずつ置かれている、とのことだった。一枚につき、1CP、という単位が設定されていた。

「では、まず、ボーナスCPの入手者を決めます」

 森之谷は、ボーナスCP、と言ったが、大した物ではない。現在、競一は50CPを、赫雄も50CPを持っている。このままでは、セットが終了した時点において、お互いの所持CPが同額となり、引き分ける可能性がある。そのため、各セットが始まる前に、ボーナスとして、1CPをどちらかに渡す、という説明だった。セット1では、模擬戦を兼ねたゲームにより、ボーナスCPを得られるプレイヤーを決めるが、セット2以降は、前セットにて敗北したプレイヤーが、ボーナスCPを得られる。

「それでは、ロールを行ってください。本ゲームでは、単純に、役の強さにより、勝敗を決めます」

(たしか、「ロールを行う」とは、「サイコロを振る」という意味だったな……)

 競一は、テーブルの上、自身の体の前に視線を遣った。そこには、ロールマシンが置かれていた。

 大まかに言えば、ビッグロールマシンを小さくしたような見た目の機械だ。やや円錐台の形をした、黒い台座の上に、円柱に半球をくっつけたような、透明なケースが設けられていた。

 ケースの内部、中央には、透明な壁が立てられており、空間が二つに仕切られている。向かって左側の空間は、床が薄い緑色で、黒いサイコロが一個、入っていた。向かって右側の空間は、床が濃い緑色で、白いサイコロが三個、入っていた。黒いサイコロの目は、【①】【②】【③】【④】【⑤】【⑥】で、白いサイコロの目は、【1】【2】【3】【4】【5】【6】だ。

 台座の側面の手前には、細長い横溝が設けられており、そこには、ツマミが取りつけられていた。溝の左端には「BLACK」、中央には「BOTH」、右端には「WHITE」と書かれている。今は、ツマミは、中央に位置していた。

 まず、競一は、右手の人差し指を、台座の側面、向かって右に付いているトリガーの上に載せた。それを、ぐいい、と底まで押し込む。連動して、ケース内部にある左右の床が、深く沈み込んだ。

 次に、彼は、指をトリガーから離した。トリガーは、すぐさま、元の位置に戻って、ぱちん、という音を立てた。それと同時に、左右の床も、すぐさま、元の高さに戻った。

 サイコロ四個が、宙に跳ね上げられた。それらは、ケースに衝突したり、床に衝突したり、それからまたケースに衝突したりして、ごろんごろん、という音を立てながら、ロールマシン内部を転がり回った。

 数秒後、サイコロがすべて、止まった。出目は、【①566】だった。

(【半ゾロ】で、ゾロ目最大値は【6】か……)競一は、ふう、と息を吐いた。(まあまあ、強い役だな)

 このギャンブルには、四つの役が設定されていた。【①234】のように、ゾロ目が存在しない、【無ゾロ】。【①223】のように、ゾロ目が二つ存在する、【半ゾロ】。【①222】のように、ゾロ目が三つ存在する、【準ゾロ】。【①111】のように、すべてがゾロ目である、【全ゾロ】。ゾロ目を出しているサイコロの個数が多いほど強い、という説明だった。

(おれは、【半ゾロ】だったわけだが……さて、赫雄のほうは?)

 競一が、そう考えたところで、テーブルの上、敵陣のほうから、ぱちん、ごろんごろん、という音が聞こえてきた。そちらに、視線を遣る。

 赫雄の目の前には、競一と同じ見た目をしたロールマシンが置かれていた。それのケース内部では、サイコロが四個、転がり回っていた。

 数秒後、それのうち三個が、止まった。出目は、【①66】だった。

(赫雄の役は、【半ゾロ】が確定している……!)競一は、ごくり、と唾を飲み込んだ。(問題は、最後のサイコロの出目だ。それが【6】だった場合、やつの役は、【準ゾロ】に昇格する……ひいては、おれの負けだ。

 しかし、【6】以外だった場合、やつの役は、【半ゾロ】で、ゾロ目最大値は【6】となる。おれの役も、【半ゾロ】で、ゾロ目最大値は【6】……同じ強さだ。

 この場合、勝敗は、まず、二番目に大きいゾロ目値で決まる。おれの役は、【①566】だから、ゾロ目値は【6】の一つだけ。よって、「二番目に大きいゾロ目値」は、存在しないため、【0】として扱われる。

 そして、もし、赫雄の最後のサイコロの出目が【1】、すなわち、やつの役が、【①661】なら、ゾロ目値は【6】と【1】の二つがある……二番目に大きいゾロ目値は、【1】だ。ひいては、おれの負けだ。

 だが、もし、赫雄の最後のサイコロの出目が、【1】でも【6】でもなかった場合、つまり、やつの役の二番目に大きいゾロ目値も【0】だった場合、勝敗は、非ゾロ目最大値で決まる。

 おれの役の非ゾロ目最大値は【5】……つまり、赫雄の最後のサイコロの出目が、【2】【3】【4】なら、おれの勝ち、【5】なら、引き分けだ)

 そんなことを考えている間に、そのサイコロは止まった。出目は、【1】だった。

(ぐ……けっきょく、赫雄の役は、【①661】……! おれより強い……)

 競一は、思わず、奥歯を噛み締めそうになった。直前で、それに気がつき、意識的に、顎から力を抜いた。

(落ち着け……ボーナスCPといっても、たかが1CPじゃないか。セット1の開始時点において、おれの所持チップは、50CP、やつの所持チップは、51CP。たった、1CP差だ……大したデメリットじゃない。

 それよりも、避けなければならないのは、この敗北により、精神的に動揺すること、ひいては、後のゲームに悪影響を及ぼすことだ。冷静になれ、冷静に……)

 その後、競一は、赫雄に気取られない程度に、深呼吸をした。そのおかげか、悔しさや焦りなどといった感情は、あまり抱かなかった。

「轟橋さまの勝利です。それでは、轟橋さまに、ボーナスCPを贈呈いたします」

 そう森之谷が言ってから、礎山が、赫雄に、チップを一枚、渡した。赫雄は、それを、半ば放り投げるようにして、自陣の、競一から見て左上隅あたりに積み重ねている、所持チップの山に加えた。

「それでは、セット1を開始します」

 そう森之谷が言った後、贔島が、テーブルに近づいてきた。彼女は、何らかのプラスチックで出来ているらしい、大きな板を持っていた。

 贔島は、それを、中央線の上に設けられている突起に、かち、かちり、と嵌め込んだ。プレイヤーが、お互い、相手の陣地を盗み見れないようにするための、衝立だ。

「それでは、ラウンド1のロールタイムを開始します」

 そう森之谷が言った後、贔島が、競一の陣地の右上隅あたりに、左手を翳した。

 そこには、タイマーが二個、置かれていた。どちらも、シンプルなデザインで、片方には「RT」と書かれたシールが、もう片方には「BT」と書かれたシールが貼られていた。赫雄の陣地にも、同じ数、同じ見た目のタイマーが、競一の陣地にあるタイマーの、中央線を挟んだ隣に、セットされていた。

 贔島は、RTタイマーのスタートボタンを、かちり、と押した。ディスプレイに表示されていた、「10:00」という値が、一秒ごとに、「09:59」「09:58」と減っていった。

(よし……それじゃあ、さっそく、ロールを行って、役を作らないとな。もし、役を作り終える前に、タイムオーバーとなってしまったら、その時点で、このラウンドにおける、おれの負けが確定してしまう……)

 競一は、そう心の中で呟くと、ロールマシンのトリガーを、ぱちん、と弾いた。ケースの中で、四個のサイコロが、ごろんごろん、と転がり回り始めた。

 やがて、三個のサイコロが止まった。それらの出目は、【⑥66】だった。

(よーし……【準ゾロ】は確定……!)競一は、ぐっ、と右手で拳を握った。(最後のサイコロの出目も【6】なら、役は【全ゾロ】に昇格する……!

 しかも、その場合、ゾロ目値は【6】だ……たとえ、赫雄の役も【全ゾロ】だったところで、おれは負けない。少なくとも、引き分けだ)

 競一は、最後のサイコロを、じっ、と見つめた。それの回転は、次第に緩やかになっていっていた。

(あるいは、役が【準ゾロ】になったとしても、せめて、最後のサイコロの出目が、【2】だったらいいんだがな。その場合、出目の合計値は20……「リロールカード」を手に入れられる)

 ルール上は、基本的に、ロールタイムで行えるロールは一度だけ、となっている。もし、何度もロールを行うことができるなら、強い役が出来るまで、ずっとサイコロを振られてしまうからだ。

 しかし、例外が設けられていた。役が出来た後、リロールカードというアイテムを使用すれば、もう一度だけ、ロールを行えるのだ。

 もっとも、四個あるサイコロ、すべてのリロールを行えるわけではない。リロールカードには、【リロール黒】【リロール白】の、二種類があった。【リロール黒】は、黒いサイコロ一個しか、【リロール白】は、白いサイコロ三個しか、リロールできない、という話だ。跳ね上げる床は、台座の下部に付いているツマミで、限定することができた。

(たしか、出目の合計値が10なら【リロール黒】、出目の合計値が20なら【リロール白】が手に入るんだったな……じゃあ、今回、獲得できる可能性があるのは、【リロール白】か)

 そんなことを考えているうちに、最後のサイコロが、止まった。

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