第04/23話 主催依頼

 六月六日、日曜日、午後一時。

 競一と朋華は、豹泉邸の応接室にいた。

 豹泉邸は、現代的な雰囲気の豪邸だった。敷地は、小学校のように広く、庭は、丁寧に手入れされていて、どこかの観光スポットのような印象を受ける。屋敷は、どこぞの有名デザイナーが設計した、とかで、これでは日常生活が不便なのではないか、と思うくらい、ど派手・ど斬新な見た目をしていた。

 応接室も、そこかしこが、豪勢だった。中央には、高級家具メーカー製の、長方形をしたテーブルが設けられている。それを挟むようにして、ヨーロピアンな見た目のソファーが、二つ、配されていた。競一たちは、それのうち、西側に位置している物に、並んで腰かけていた。朋華の足下には、ボストンバッグが置かれている。

 競一の格好は、磊田邸を訪れた時と同じだった。通っている高校の制服を着ている。朋華の格好は、いつもどおりだった。銀髪をツインテールに纏め、メイド服を着ている。

 しばらくして、部屋の南壁中央にある出入り口のほうから、がちゃ、という音が聞こえてきた。そのため、競一は、そちらに視線を遣った。豹泉が、扉を開けて、応接室に入ってくるところだった。

 豹泉は、四十代の女性だ。鳩尾に届くくらいに長い、薄い紫色の髪を、一本結びにして、右胸へと垂らしていた。髪を結ぶのには、濃い紫色の細帯を使っている。瞳は薄い紫色で、目つきからは、ほんわかとした印象を受けた。身長は、同年代の平均と同じくらいで、胸は、同年代の平均を、大幅に上回っていた。

 彼女は、男性の使用人を連れていた。競一たちを応接室に案内した人物と、同一だ。たしか、卉間(くさま)と名乗っていた。

 卉間は、三十代くらいの男性だった。短い黒髪を、スポーツ刈りにしている。瞳は黒く、目つきからは、無骨な印象を受けた。身長は、かなり高い。

 彼は、白いワイシャツを着て、黒いスラックスを羽織っていた。さらには、黒いジャケットを羽織り、濃い紫色のネクタイを締めていた。

 服の上からでも、卉間の肉体が筋骨隆々としていることは、容易にわかった。身に纏っている雰囲気も、どこか、ぴりぴりとしている。ボディガードとしての役目でも背負っているのかもしれない。

 競一たちは、ソファーから立ち上がった。競一は、「豹泉さん。本日は、お時間を取っていただき、誠にありがとうございます」と言うと、ぺこり、と頭を下げた。朋華も、同じタイミングで、同じ動作をした。

「別に、お礼を言ってもらう必要はないわ」

 豹泉は、うふふ、と顔を綻ばせた。競一たちの目の前にあるソファーに、腰かける。卉間は、競一から見て、ソファーの右斜め後ろあたりに立った。

「わたしだって、嬉しいもの。なにせ、あの、品辺家の花火を、手に入れられるんですものね。それも、お爺さま、秘蔵のやつを」

 豹泉は、薄い紫色の長袖ブラウスを着て、濃い紫色のロングスカートを穿いていた。首だの指だの耳だのに、見るからに高級そうなアクセサリーを着けている。

「はい。さっそくですが、お渡しします」

 競一は、そう言うと、朋華に指示を出した。ボストンバッグを、テーブルの上に置かせて、チャックを開けさせる。その中には、花火玉が、五個、入っていた。

「事前に連絡したとおりの品です。どうぞ、お納めください」

「ありがとう」豹泉は、にっこり、と笑った。「それで……これらと引き換えに、わたしに、頼み事があるのよね?」

「はい」競一は、こくり、と頷いた。「豹泉さん、最近、ファイアエンターテイナーという連続放火魔が、世間を騒がせているのは、ご存知ですよね?」

 その後、競一は、ファイアエンターテイナーの正体が、轟橋赫雄という人物であること、赫雄の父親による工作のせいで、警察が彼を逮捕できないでいること、彼は、犯行の一部始終を撮影し、動画データとして保存していることなどを話した。一度だけ、情報源について問われたが、適当に誤魔化しておいた。

「なるほどね……」

 豹泉は、うんうん、と頷いた。彼女は、競一の話を、とても興味深そうに聴いていた。

「それで? わたしに、何をしてほしいのかしら? ……まさか、警察に働きかけて、赫雄を逮捕させてほしい、とか?」

「いえ」競一は首を横に振った。「いや、まあ、もちろん、それをしていただければ、とても助かるのですが……していただけないでしょう。赫雄の父親は、政治家として、とても有能である、と聴きました。そんな人物に反抗するとなると、豹泉さんたちに、多大な迷惑がかかってしまいます」

 豹泉は、ふふ、と微笑んだ。「理解してくれていて、助かるわ」

「頼み事は、三つあります。第一に、おれと赫雄とのギャンブル対決を、セッティングしてほしいのです」

「ギャンブル対決……?」

 豹泉は首を傾げた。話の繋がりがわからない、というような顔をしている。

「はい。おれは、赫雄と、ギャンブル対決を行おうと思っているのです。彼には、犯行の一部始終を撮影した動画を賭けさせ、おれは、彼が欲しがるほどの額の金を賭けます。

 そこで、豹泉さんには、赫雄とのコンタクトや、勝負内容の決定、敗者からの取り立てなど、ギャンブル対決の全般を、取り仕切ってほしいのです。こればかりは、おれ個人の力では、どうにもなりませんし、豹泉さんほどのお力があれば、じゅうぶんでしょう」

「なるほど……」豹泉は顎に手を当てた。「それで、赫雄とのギャンブル対決に勝つことで、彼の賭けた動画データを入手しよう、っていうわけね」

「そのとおりです」

「……うん、それ、引き受けてもいいわよ」豹泉は顎から手を離した。「ちょうど、わたしのグループが運営している、ある組織に属する構成員のうちの一人に、新規に考案したギャンブルのテストプレイヤーが欲しい、っていう子がいるの。その子に頼めば、ギャンブル対決全般を、取り仕切ってもらえるでしょう。

 ただ、二つ、条件があるわ」

「何でしょう?」

「まず、立会人がイカサマをして、わざとあなたを勝たせる、というようなことは、十中八九、できないわ。あくまで、テストなんだから。そんな不正行為をしたら、テストの意味がなくなっちゃう」

「承知しました」可能であれば、それについても、頼もうとしていたが、無理であるなら、仕方ない。「文句はありません」

「次に、もし、ギャンブルに勝ったとしても、無傷、というわけにはいかないかもしれないわ。その子の勤めている店は、非合法なカジノ。過激な内容のギャンブルイベントを開催することも、ある。

 だから、勝負の途中で、何らかの怪我を負うかもしれない……ううん、最悪の場合、死んじゃうかもしれないわ」

「構いません」競一は即答した。「それについては、すでに覚悟を決めています」

「なら、よかった」豹泉は、ふふ、と微笑んだ。「それで、あと、二つの頼み事、って?」

「第二に、ギャンブルの当日、会場に呼んでおいてほしい人物がいます。人間の記憶を消去するような【ハンド】を有する人物です。

 直接、対決する以上、赫雄や、彼が連れてきた人物に、わたしの見た目や名前などといった情報を覚えられることは、避けられないでしょう。しかし、そのままでは、おれが勝った場合、赫雄たちに、逆怨みをされて、危害を加えられる可能性があります。そのために、ギャンブルが終わった後、赫雄たちの記憶から、おれに関する情報を、消去してほしいのです」

「なるほど……たしかに、そのとおりね」豹泉は、首を縦に、ゆっくり振った。「わかったわ。手配しておく。それで、三つ目の頼み事は?」

「率直に言うと、お金をください」競一は率直に言った。「赫雄とのギャンブル対決において賭ける金を、調達したいのです。豹泉さんに渡した花火玉のうち、第一の頼み事と引き換える分と、第二の頼み事と引き換える分、以外の、残った分に見合う額で、かまいませんので」

「なるほどねー……」

 豹泉は、その後、腕を組むと、軽く俯いて、何事か考え込み始めた。

(まさか、拒否されるんじゃあ……)競一は、そんな不安を抱いた。

「……よし」豹泉が、そう言って、顔を上げたのは、一分ほどが経過した頃のことだった。「お金の支払いについて、わたしから、二つ、提案があるわ」

「何でしょう?」

「一つ目は、普通に、わたしがあなたにお金を支払う、という案。そうね……」豹泉は一秒ほど沈黙した。「花火玉、五個のうち、二個を、一個につき百万円で、買い取るわ。つまり、あなたに支払うお金は、二百万円」

「二百万円、ですか……」

「で、訊きたいのだけれど。赫雄とのギャンブル対決における賭け金を調達する当ては、あるのかしら? もちろん、この二百万円は、足しにするのでしょうけど……」

「当てと言いますか……」競一は、右側頭部を、ぽりぽり、と軽く掻いた。「いくらあれば、赫雄に、ギャンブル対決を承諾させられるか、わかりませんからね。とりあえず、家にある売れそうな物は、すべて売って、集められるだけ、集めようと思っています。先日、ざっと計算したところ、これで、八百万円ほどには、なりそうなのですが……」

「甘いわね。轟橋家は、もともとが資産家だし、赫雄の父親も、消防大臣という、高い地位に就いているのよ? お金なんて、腐るほど──さすがに腐りはしないかしら──とにかく、たくさんあるわ。

 もちろん、それでも、赫雄にとって、一千万円は、大金でしょうけど……彼には、犯行の決定的な証拠を賭けさせるのでしょう? いわば、人生が破滅する可能性があるのよ。それにくらべたら、一千万円は、安いわ」

「うすうす、勘づいていてはいましたが……やはり、そうですか」競一は、腕を組むと、うーん、と軽く唸った。「しかし、正直、他に金を調達する当てが……爺さんの花火玉も、今回、豹泉さんにお渡しした物で、最後ですし……」

「そこで、二つ目の提案。わたしからお金を、貰う、というのではなく、借りる、というのはどうかしら?」

「借金……ですか?」

「ええ。といっても、花火玉を担保とするわけじゃないわ。担保にするのは、あなたの──品辺家の資産。家とか、土地とか、さっき言っていた、売るつもりの物とか、ね。花火玉は、手数料として、頂くわ。

 これなら……そうね、厳密な額は、部下たちに査定させないとわからないけれど、あなたたちの資産が、以前、わたしが、あなたのお母さんと会った時と、ほとんど変わりない、と仮定すれば……」豹泉は、数十秒間、沈黙した。「だいたい、九千万円くらいを貸せると思うわ」

「きゅ……九千万円ですか?」

「ええ。それだけあれば、赫雄も、ギャンブル対決を承諾するでしょうね。

 で……どうするの?」豹泉は、競一の目を、じっ、と見据えてきた。「二百万円を貰うか、それとも、九千万円を借りるか?」

「ちょ……ちょっと、待ってください」

 競一は、そう言うと、腕を組んで、考え込み始めた。

(他に、大金を確保する手段の心当たりは、ない……この機会を逃したら、九千万円なんて、二度と、手に入らないだろう。

 しかし、借金か……もし、赫雄とのギャンブル対決に負けたら、返済不能になる。ひいては、品辺家の資産、すべてを、差し押さえられてしまう……。

 ……いや)

 競一は、顔を上げた。腕を解き、左右の掌を、それぞれの腿の上に載せた。

(どっちにしろ、負けるわけには、いかないじゃないか……もし、敗北したら、十中八九、もう、彼を、警察に逮捕させることはできなくなってしまうだろう。ひいては、家に放火されてしまう。

 どうせ、負けたら家を失う、というのであれば──家を担保にして、お金を借りたほうが、いい)

 競一は、豹泉の目を、じっ、と見つめた。「借ります」

「わかったわ」豹泉は、にっこり、と微笑んだ。「それじゃあ、まずは、あなたの資産を査定しないとね。その手続きについて、今から、説明するわ」

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