遅刻した時計ウサギ - 31th December
話しながら、チクタクはその金色の目からぽろりぽろりと涙を流していた。
「異変に気付いた最初のうちはね、この森にある青林檎も毎日食べたし、爆弾も呑み込んだ。だけども僕はいっこうにくたばらないんだ。それどころか、誰かがやってきても、虫も動物さえも僕の姿を見ると皆逃げてしまう」
そう言うと彼は今度は大粒の涙を流してわんわん泣いた。
「オメーの持っている〝力〟に対して、その心はそれと比例するように臆病にできてんだろうな」
「……だから僕は、この変なループを終わらせたくって、フック船長にどうしても目覚まし時計を返そうと、ずっとついて回ってるわけなんだ」
「そっかぁ……」
また、知られざる物語。
もしくは、正気を失った物語。
お話のピーターパンは、実はこうやってずっと続いていたのだろうか。それとも、これはまた別の世界軸のピーターパンの物語なのか。
話疲れたのか、悲しくなったのか、チクタクは地面に顎をつけて大きなため息をついた。
「誰かとこうやってお話するのも、何年振りだろう? キミが優しいコで本当に良かった」
目を閉じ、囁くようにチクタクはそう言う。
「僕は、いつまでこうやって生きてあの二人を追いかけるんだろう、ふと思ったけどなんだか恐ろしくなってきちゃった」
「二人を放っておいて、チクタクだけ自由に好きなように生きるってのは?」
「うーんとね、それじゃあ何も終わってくれないんだ。だから僕かフック船長がきっとこの長いイタチごっこを終わらせなきゃ……」
困ったように、チクタクは首を横に振る。
「なんでわざわざ決着をつけなきゃいけないんだ? フック船長だって諦めて自分の国へ帰れば良いのによ」
『違うぞラビ、此処まで来たら決着をつけるのが男だ。きっとフック船長は自分の世界からピーターを追い出したいんじゃないのか?』
『でも、ピーターが間違っているとフック船長は言っているんだよ、
どこからか響いてきたその、聴き慣れた声にラビはきょろきょろと辺りを見回す。
『どう思う、ラビ? 因縁にしちゃ、いささかその内容が意地はった子供の喧嘩みたいには思えないかい?』
ずるりずるりと空が嗤う。
嬉しいのに嬉しくない、手を伸ばしたいのに伸ばしたくない。懐かしくて恋しいのに、まだそっちを見ちゃいけない。
なんだか、ヘンだ——。
『ねぇ、ラビ! 聞こえてるんでしょ? ボクが悪かったんだよぅ。時計を壊しちゃったから。でもラビ、危ないんだ、その世界はしっちゃかめっちゃか、破棄を決定づけられてもおかしくない。ねぇ、ラビ、ボクのところに帰ってきてよぅ』
聴き慣れた声、ラビの片割れ。
泣きそうで、愛くるしくて、自分本位かもしれないけれど憎めない、そんな兄弟——。
ハッとして振り返れば、そこにいたのは
「やぁだね」
ラビはんべっと、その
「オイラはもう出逢っちまったんだ、チクタクに。だからオイラは見届ける」
それが時計ウサギ。
無作為無秩序がもたらす荒唐無稽で純粋無垢、騒がしくてはた迷惑な、この何色にも染まる世界を。
遅刻をしたって走り抜ける。
さぁ、何時何分何十秒? オマエの世界は正気かい——?
どっこいしょ、とラビはその場に腰を下ろしてチクタクと向き合った。
後ろをちらりと見れば、どうやら
さっきチクタクは言っていた、「終わらせなきゃ」と。
自分が目覚まし時計を返して終わるのではなく、二人の戦いを、このイタチごっこを終わらせなければと話していた。そこが、何故だか少し気にかかる。
(でもさ、どちらにしろ)
(ピーターかフック船長が居なくならないと、何か都合の悪い事でもあるのか?)
(そもそも、チクタクの話からして、ピーターパンもフック船長も他所から来た連中じゃぁねーのかな?)
『ああ! 確かに、ピーターパンを連れ戻す、って言っていたものね』
兄弟の嬉しそうな声が聞こえる。
(ン? じゃあどうして? よそからきたのなら、ここは一体誰の物語だ?)
一人ぼーっと考える。
チクタクの言い分はわかる、時計を飲み込んだ日から歳をとらずにずっと一匹で過ごしてきた。「はい、ここでもう僕はこの追いかけっこを外れます」じゃあこの先ずっと独りで生きていかなきゃいけないし、目標も何も見つからないのが怖いんじゃないだろうか。それは、わかる。
しかし、しかしだ。
そもそも、
何が違う? 何がおかしくて何が変なんだ?
——きょとん。
いつの間にやら姿をひょっこりあらわした
「そうかぁ、わかったぞ」
ラビは楽しそうに、にっかぁとその牙を剥き出しにして笑った。
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