遅刻した時計ウサギ - 30th December

 ワニは、また少し怯えたような目をしながらラビをまじまじと見る。


「うーん、やっぱりそう。キミはどう見てもニンゲンの子供じゃないものね」

「……まぁ、そうだな」


 ちょっぴり不服そうな顔をしたラビはそう返す。

 ロストボーイ、大人にならない子供達……。


「まるでピーターパンの物語だな」

「えっ?」


 ラビの言葉に、ワニが少し驚いた顔をした。


「今、キミ何て言った?」

「えっ? だから大人にならないって……ピーターパンみたいだって」


 ほわぁぁあ、とワニが大きく口を開け、


「キミ、ピーターパンを知ってるの? もしかして彼を連れ戻しに来てくれたのかい?」


 そう嬉しそうに言った。


「連れ戻す? いや……オイラはピーターパンって物語を知っているだけで、その本人はまったく知らねーんだけど」

「……そ、そうなんだ」


 今度は明らかにガッカリした様子で、ワニはうなだれた。


「ピーターパンが、この森のどっかにいるっていうのか?」


「そう! そうなんだよ。この森にいるニンゲンは、ピーターパンと子供達、それとフック船長くらいかなぁ」

「フック船長?」

「そうだよ。船長とは名ばかりで、今やすっかり丘の上の住人だけどね」


 ワニはそう言ってラビに再び目線を合わせる。


「さてはオメー、フック船長の手を食べたワニなんだな?」


 ワニは少しバツの悪そうな顔をした。


「んーっとね、そういう事にやっぱりなっているのかな? あのね、僕、実は」


 巨体に似合わない喋り方で、モジモジとしながらワニは言葉を続ける。

 

「僕……ベジタリアンなんだ。フック船長の手はね、海に落ちた彼を助けようと咥えたら千切れちゃって……」

「ぶっっはああああっっ!!!!」


 聞くなり、ラビは腹を抱え、転げ回って大笑いをした。


「ほっ、本当なんだよぅ。目覚まし時計を返そうとして何度も近づいたんだけど、彼は僕を見るどころか時計の音がするだけで逃げてしまうんだもの」


 ちょっぴり目に涙を浮かべながら、大きなワニがそう言えば。

 ラビはその化け物のように大きな手で器用に目の周りをぬぐいながら立ち上がる。


「うぅ……そんなにおかしい?」

「お前、肉食じゃないのか。こんなに立派な牙をしてるのに」

「うん……お恥ずかしながら」

「何にも、恥ずかしくねーよ?」


 気まずそうなワニのその鼻先を、ラビは小さな方の手で撫でる。


「お前、ワニって名前なのか?」

「……キミ、僕が怖くないのかい?」


 別に触られても気を悪くした風ではなく、ワニはそう問い返す。


「だって、お前は悪い奴でも、オイラを攻撃するつもりもねーんだろ? それならもう怖くは無い。うん、それに大きくてなんだかカッコいいじゃねーか」


 ラビのちぐはぐな目と、ワニの金色の目がゆっくりと合う。


「僕は、チクタクっていうんだ。キミは?」

「オイラはラビ、時計ウサギだ」




 ◆◇◆




 どうして僕から時計の音がしないかって?


 そりゃあもう、何年も何年もこんなイタチごっこを続けているからさ、ああまあ僕は見ての通りのワニなんだけど。うん、そう、話を戻せばネジがイカレちゃったんだよ。まあ、動かそうとすれば動かせるんだけど。


 フック船長? ああ、彼はね、僕から逃げて、逃げながらもピーターパンをずぅっと追いかけている。だから他の海賊達は遂に愛想を尽かしちゃったんだ。


 そうさ、だって海賊が子供にこだわって追いかけ続けたところで、何の稼ぎにもならないだろう? 何十年もそれが続いちゃ、いくらそれが自分達の船長でも呆れちゃうよ。おかしな話さ、結局そのフック船長もピーターパンと毎日闘うために、普通にこの森の中に住処を構えてる。

 そこまでして、どうして彼がピーターパンを倒したいか、そこなんだよね。

 僕も本来ならちゃんとした肉食のワニのはずで、フック船長を食べちゃえばそこで終わり……なのかもしれないんだけど。

 フック船長は言うんだ、『ピーターパン、お前は間違っている』『国へ帰るんだ』ってね。

 僕からしたら、二人共どうかしちゃってるとしか思えないよ。

 ピーターパンはあんなちゃらんぽらんで、誰の話もちゃんと聞きやしない。

 フック船長も、イイ歳した大人がいつまであんなヘンな男の子一人につきまとっているんだから。


 そして何故だか僕は、この目覚まし時計をお腹に入れちゃったその日から、全く歳を取らなくなってしまったんだ。恐ろしいよ、それはそれは。僕のおばあちゃんはもちろん、パパもママも兄弟達も、皆みんな死んでしまった。なのに僕だけずっと長い間生きているんだ。


 そしてね、何がヘンかって。


 その間、ピーターパンとフック船長も、全く変わらずにずっとずっと闘い続けているってことさ——。

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